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埼玉ダービーを沸かせた2つのフリーキック。浦和のボランチ、筏井りさが見せた熟練の技

松原渓スポーツジャーナリスト
今シーズン、ボランチとしての真価を発揮している(対埼玉戦、2017年5月7日)(写真:アフロスポーツ)

【スタジアムを沸かせた2ゴール】

 2-1の1点リードで迎えた前半44分。

 浦和レッドダイヤモンズレディース(以下:浦和)のMF筏井(いかだい)りさは、この試合で2度目の直接フリーキックのチャンスを迎えた。蹴るポイントは、前半18分に決めた1点目とほぼ同じ、ペナルティエリアの右手前。ゴールまで約20mの位置だ。

 1点目は、ニアサイドのゴール右上に突き刺さるような直線的なキックで決めたが、今度は、ファーサイドの左上隅を狙った。蹴った瞬間、ボールはゴールを越えると思われる高さに飛んだが、ゴールの直前で落ちるようなカーブを描いてバーの内側に当たり、跳ねたボールがゴールラインを割った。

 ゴールが決まったことを確認すると、筏井は静かにこぶしを突き上げた。

「りー・りー・いかだいりー!」

 リズミカルな手拍子とともに、サポーターの歓声が夜空に吸い込まれていく。

「1本目(のキック)はニアが空いていたので、距離も考えて、蹴り上げないように抑えました。2本目は(相手)キーパーがポジションを修正してきたので逆(ファーサイド)を狙いましたが、反応が良いキーパーだと触れる位置なので、ボールのスピードが上がるように体重を乗せて、ボールが早目に上がるような回転をかけました」(筏井)

中盤で激しい競り合いをみせる筏井(対埼玉戦、2017年5月7日(C)アフロスポーツ)
中盤で激しい競り合いをみせる筏井(対埼玉戦、2017年5月7日(C)アフロスポーツ)

 今シーズン、筏井は自身の4ゴールのうち、3ゴールを直接フリーキックで決めた。

 相手GKのポジショニングを見極め、狙ったポイントに蹴り分ける技術は、リーグ屈指の精度を誇っている。

 9月10日(日)に行われたなでしこリーグ第14節、ちふれASエルフェン埼玉(以下:埼玉)と浦和の「埼玉ダービー」は、筏井の2ゴールなどで、3-2の接戦を制した浦和が勝利。浦和はリーグ再開後の4試合を3勝1敗とし、3位の座をキープした。

【9日間で3試合】

 前節から中6日でこの試合に臨んだ埼玉に対し、浦和は雷雨の影響で延期になったリーグ第11節が9月6日(水)に代替開催されため、9日間で3試合を行うことになり、この試合は前節から中3日しか空いていないこともあって、後半には疲労の影響が色濃く現れていた。

 それを見越して、浦和の石原孝尚監督は、直近の3試合で先発していなかった左サイドバックのDF北川ひかるとトップのFW菅澤優衣香を先発に抜擢。北川のアグレッシブな守備と、前線でボールを収められる菅澤の良さを活かし、守備では埼玉陣内の高い位置からプレッシャーをかけ、攻撃では菅澤にロングボールを集める狙いを徹底。前半から勝負に出た。

 浦和は18分に菅澤が倒されて得たフリーキックを筏井が決めて先制したが、27分には埼玉にPKを与えて同点に追いつかれた。

 しかし、その2分後に浦和は相手陣内中央で筏井のパスを受けたMF猶本光が、30mはあろうかという位置から鮮やかなミドルシュートを決め、再び勝ち越し。さらに、44分には筏井が2本目のフリーキックを決めて3-1と差を広げた。

 連戦の疲労から浦和の運動量が落ちた後半は埼玉のカウンター攻撃が威力を増し、終盤の82分に右サイドを破られて1点差に迫られたものの、浦和はGK池田咲紀子のファインセーブもあり、1点のリードを守り抜いた。

 石原監督は試合後、

「選手たちがミスを引きずらず、去年だったらそのまま負けていたようなゲームで同点に追いついたり、逆転できる自信がついてきた」

 とメンタル面の成長を評価しつつ、

「相手が負けている状況で前に出てくることは分かっていたので、守備的になるというよりは、攻撃で試合を落ち着かせながら追加点を決める形が理想的でしたが、入れ替わる形で失点してしまった」

 と、攻撃面を課題に挙げた。

 特に、相手陣内のペナルティエリア付近では崩しのアイデアが乏しく、フィニッシュの精度も低かった。試合を通じて、ボールを持つ時間は長かったが、効果的な攻撃につながらなかった。

 だからこそ、セットプレーから奪った筏井の2ゴールは大きかった。狙った試合運びができない中で、3ゴールを奪って勝ちきれたことは自信になったはずだ。

【パスの出し手として】

 この試合で筏井はセットプレーのキッカーとしてその持ち味を大いに発揮したが、試合状況や味方の特長に応じて、多彩なパスで攻撃のリズムを作れる強みも持っている。

 2点目の猶本のゴールをアシストしただけではなく、スルーパスでチャンスを作った場面が何度かあった。

 浦和には、経験豊富なFWが揃っている。

 7シーズンにわたってエースナンバーの背番号10を背負ってきたFW吉良知夏はテクニックとシュートセンスに優れ、今シーズン新加入してきた菅澤は、高さを活かした空中戦とポストプレーに絶対的な強さを見せる。そして、今シーズン途中に復帰を果たしたFW安藤梢は、世界の代表クラスが揃う女子ブンデスリーガ1部(ドイツ)で8年間のプレー経験を持つ大ベテランである。

 控えにも、アンダー世代の日本代表で活躍したFW白木星やFW清家貴子など、勢いのある若手が揃っている。そんな中で、筏井はチームメート一人ひとりの良さを活かすことを心がけているという。

安藤をはじめ、強力なFW陣が顔をそろえる(対仙台戦、2017年6月17日(C)松尾/アフロスポーツ)
安藤をはじめ、強力なFW陣が顔をそろえる(対仙台戦、2017年6月17日(C)松尾/アフロスポーツ)

「(FW陣は)みんなタイプが違うので、選手によって、スピードを活かす速いパスを出したり、ゴールに直結するようなボールを入れることもあります。2列目から飛び出した時にどういう質のボールを入れてあげるか、ということには特にこだわっています」(筏井)

 FWが相手の最終ラインの裏に飛び出す際に、オフサイドにならないようにタイミングを合わせることは、パスの出し手の技量が問われる部分でもある。

 筏井は、安藤とプレーする中で新たな課題も見つけている。

 

「味方の動きを見てから、追いつくタイミングでパスを出すことはできるのですが、読みがいいディフェンダーが相手だと、判断が遅れることがあります。アンチ(安藤梢)さんはそのタイミングを要求してくれるので勉強になっています」(筏井)

【チームの好調を支えるダブルボランチのコンビネーション】

 また、今シーズンの浦和が上位をキープしている理由の一つに、ダブルボランチの筏井と猶本のコンビネーションの良さがある。

 この試合で、猶本はチーム最多の7本のシュートを放った。猶本が上がったスペースは、筏井がこまめに埋めていた。逆もまた然りである。

「(猶本)光は推進力があってドリブルも上手いので、どんどん前に出て仕掛けてほしいと思っています」(筏井)

 筏井は誇らしげに、6歳年下の相方を称賛した。

良いコンビネーションを見せる筏井と猶本のダブルボランチ(対埼玉戦、2017年5月7日(C)アフロスポーツ)
良いコンビネーションを見せる筏井と猶本のダブルボランチ(対埼玉戦、2017年5月7日(C)アフロスポーツ)

 石原監督が今シーズン、筏井と猶本を先発に起用し続けてきたのも、試合を重ねるごとに練度を増す2人のコンビネーションに手応えを感じているからだという。

「試合の中でコミュニケーションをとりながら、自分たちでコンビネーションを高めてくれています。猶本が自由に動けているし、筏井も前に上がれる回数が増えた。筏井が『大人なプレー』で周囲とのバランスを取ってくれているのも大きいですね」(石原監督)

 筏井と猶本には、共通点がある。在籍年度はかぶっていないが、同じ筑波大学出身であること。また、安藤やDF熊谷紗希(リヨン)も通った研究室で、サッカーの理論やトレーニング方法を学んだことだ。そして、学んだことを自らのプレーに活かすべく、日々の練習で実践を重ねた。

 卒論のテーマにも、2人の興味深い共通点が見える。

 筏井は「メッシのボールが体に吸い付くようなドリブル」を研究し、猶本は、メッシやネイマールなど、「世界一流選手のドリブル動作技能の達成度評価」というテーマで卒論を書いたという。

 筏井は、2015年シーズンまで所属していたジェフユナイテッド市原・千葉レディースで、トップ下やサイドハーフのポジションでプレーしていた。大学で研究を重ねたドリブルや、正確なキックで、ゴールに直結するプレーをしていたのが印象的だった。

 一方、昨シーズンから在籍する浦和ではボランチにポジションが下がったこともあるが、「あえて」パスの出し手に徹しているようにも見える。

 以前より守備的なポジションでプレーするようになった中で、彼女が手放したものがあるのではないかーー。

 気になっていた質問を投げかけると、こんな答えが返ってきた。

「ジェフ(千葉)では、斬り込んでミドルシュートを打ったり、ターンして前を向くなど、アタッカーっぽいプレーをすることが好きだったのですが、(浦和)レッズではより守備的で、ボールをさばくスタイルになりましたね。ただ、それがこのチーム(浦和)で私に与えられた役割ですし、レッズには守備やボールをさばくプレーが上手な選手が多いんです。その中で学ぶことがあるし、以前の経験から『(攻撃の選手に)こういうプレーをさせたい』と、伝えられることもあると思っています。もちろん、私自身もゴールを奪う貪欲さは忘れないようにしたいです」(筏井)

 そのチームのサッカースタイルや、周囲の要求に合わせてプレーを柔軟に変化させられる能力も、彼女の持ち味である。

 勝利を告げる笛が鳴った瞬間、筏井と猶本は真っ先にハイタッチを交わした。この試合で猶本が見せた攻撃的な姿勢は、以前の筏井自身が理想としていたプレーだったのかもしれないと、ふと思った。

 リーグ戦は残り4試合。

 なでしこリーグカップで準優勝と好成績を収めた浦和が、リーグ終盤戦で上位進出なるか、注目だ。

 浦和は次節、9月16日(土)に、ホームの浦和駒場スタジアムでノジマステラ神奈川相模原と対戦する。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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