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なでしこリーグ1部昇格に向け好スタートの日体大。切り札は、2人の元日本代表。

松原渓スポーツジャーナリスト
今シーズン、日体大で1部昇格を目指す荒川恵理子(左)と伊藤香菜子(C)松原渓

【開幕戦特有の緊張感】

3月25(土)、26日(日)に、各地でなでしこリーグ1部と2部の開幕戦が行われた。

25日に武蔵野陸上競技場で行われた2部開幕戦では、スフィーダ世田谷FC (以下:スフィーダ)が、日体大FIELDS横浜(日体大)を迎え、日体大が3-0で勝利した。

試合が動いたのは、0-0で前半を折り返した52分。

日体大は、中央ゴール前へのスルーパスに抜け出したMF平田ひかりが先制ゴールを決めると、3分後にはFW植村祥子が1点目と似た形から決めて2-0。

さらに68分、右サイドからのクロスを平田が折り返したボールをゴール正面で荒川恵里子が流し込んで3点目。

日体大は16分間で3ゴールを決め、一気に試合の主導権を握った。

日体大は、昨シーズン2部の得点女王に輝いたFWの植村や、元日テレ・ベレーザ(以下:ベレーザ)のMF嶋田千秋をはじめ、年代別の代表候補選手を多く抱えている。しかし、昨シーズンは2部で6位に終わった。

そんな中、今シーズンは即効性のある補強を敢行。

ちふれASエルフェン埼玉(以下:埼玉)からFW荒川恵理子とMF伊藤香菜子の2人を獲得した。2人は代表チームや1部での豊富なプレー経験を持ち、埼玉では3シーズンで2度の1部昇格を牽引した。そのベテラン2人の力が加わり、1部昇格に向けた日体大の並々ならぬ意気込みが感じられる。

チームを率いる矢野晴之介監督は、チームのサッカースタイルを「ボールを動かすことで相手を動かし、スペースを意図的に作って突破していくサッカー」と表現する。 

しかしーー。

この開幕戦では、立ち上がりからボールがスムーズに動かず、個々の消極的な判断も目についた。カウンターから迎えたシュートチャンスも3度あったが、その都度、決定力を欠いた。

矢野監督は、前半に見られたチームの硬さの理由を次のように分析する。

「開幕を迎えるまでの練習試合では手ごたえを感じていましたが、今日は開幕戦で緊張していたせいか、みんな、何が何だか分からなくなっていました」(矢野監督)

一方、スフィーダはチャンスを作りながらも肝心のゴールが遠く、試合の流れはシーソーのように行ったり来たりした。

プレー中の視野は、緊張や相手の気迫など、心理的なプレッシャーによっていとも簡単に狭くなる。目に見えない敵が日体大の選手たちから伸び伸びとプレーする力を奪っていた。

そんな中、試合を落ち着かせたのは、新加入の2人だった。

【「違い」を作り出した2人のベテラン】

確かな技術と判断、勝負どころを見極める目、落ち着いた振る舞い。

37歳の荒川と、33歳の伊藤がピッチに作り出した「違い」は明らかに、経験の厚みがもたらしたものだった。

伊藤は中盤の底でパスを受け渡す潤滑油となり、機を見て攻撃にも参加した。荒川は、味方のためにスペースを作る動きで1点目をお膳立てし、ダメ押しの3点目を決めた。

「前半から、落ち着いて淡々とやれるところはさすがだと思いました」(矢野監督)

その落ち着きは、10代から20代前半の大学生が主体となっている日体大にとって、これまでにはなかったものだろう。

2人が加入してからまだ2ヵ月あまりしか経っていない。しかし、2人とチームメイトとの間には、たしかな信頼関係が感じられた。

伊藤は試合後、ピッチで感じたことをこのような言葉で表現した。

「開幕戦までに取り組んできた、練習試合や紅白戦のような(スムーズな)ボールの回し方ができていませんでした。みんな、少し(チャレンジすることを)怖がっていたし、気持ちが入っているからこそ、いつもと違うな、と感じました」(伊藤)

荒川は「公式戦と練習試合はやっぱり、違うんですよね」と、若い選手たちを慮(おもんぱか)るように話し、「勝てたことが次につながります」と、勝利を前向きに捉えた。

【変わるものと、変わらないもの】

荒川と伊藤は年齢こそ離れているものの、いくつかの共通点がある。

二人ともベレーザの下部組織であるメニーナ出身で、10年以上、共にベレーザや代表チームでプレーしたこと。国内リーグ(1部・2部)での出場試合数が200試合を超えること。今もなお、なでしこリーグで戦う多くの若手選手に良い影響を与え続けていることーー。

日本女子代表のエースでもあった荒川は、かつては高い身体能力を活かした野生味あふれるプレーが印象的な選手だったが、歳を重ねる中で、懐の深いボールキープやスペースを作る動きなど、プレーの幅を広げ、今も貪欲にゴールを狙い続ける姿が印象的だ。

「ボンバー」の愛称の由来ともなったアフロヘアーは今も変わらず、移籍先のどのチームでもサポーターから愛される存在だ。

伊藤は、筆者が最初に出会った「天才」である。

小学生の時に都大会の決勝戦で対戦したことがあり、彼女が所属していた高島平SCに敗れたその試合を、今でも鮮明に覚えている。当時小学5年生だった伊藤は、左足から繰り出される柔らかいパスで、歳上のチームメートたちを活かしていた。

繊細なボールコントロールで相手をかわし、最後は必殺の左足でゴールを決める。センスを感じさせるプレーは、ベテランと言われる歳になった今も変わらず、ピッチを華やかにする。

【2部から1部に上がる難しさ】

日体大は、全日本大学女子サッカー選手権大会(通称:インカレ)で数多くのタイトルを獲得してきた大学女子サッカー界の強豪校であり、丸山桂里奈、川澄奈穂美、有吉佐織といった代表選手たちを輩出してきた名門校だ。

現在の部員数は90名近くにもなるという。「11」しかない枠をめぐるメンバー争いの熾烈さは想像を絶するが、競争の中で育まれる一体感もある。

その一方で、2部から1部に上がる難しさは、昇格争いのギリギリの戦いを経験して初めて分かることがある。昨年6位のチームが、一気に優勝を目指すことは容易なことではない。

埼玉で2度の1部昇格を見届けてきた2人は、その点を強調する。

「『1部に絶対に昇格しよう』、『行ける』という気持ちを持つことは大事ですし、戦う気持ちはそれぞれの選手が持っています。今は、その中で、2部から1部に上がる上での本当の厳しさをどう伝えていけば良いかを考えています」(荒川)

「目指している方向性が良くても、昨年の成績が6位だったので、その理由は考えなければいけないと思います。昨年1位のノジマ(ノジマステラ神奈川相模原)と、2位のエルフェン(埼玉)との差をシビアに捉えて、それぞれが他人事ではなく自分に矢印を向けて、チームをよくしていこうと思えるか。どのチームも必死に一部を目指している中で、(昇格することは)簡単ではないし、今日(開幕戦)も先に1点取られていたらどうなっていたか分かりません。そういう瀬戸際の試合で勝っていくために、0-0からどう1点を取るかとか、1-1に追いつかれた時にどうするかという、ちょっとしたことを埋めていくことが大事だと思います」(伊藤)

【スタートライン】

90名の部員を誇る日体大で、ベンチ入りできなかった多くの選手たちによる応援にはその分、熱がこもっていた。

「メンバー外になった選手がたくさん応援に来てくれて、運営もやってくれているんですよ。次の試合はホーム戦なので、(観客を) 1,000人動員するための方法を考えたり、試合に出られなくてもなんとか関わろうとしてくれている。それがすごく、ありがたいですね」(荒川)

リーグ戦は、あと17試合。昇格を目指す手強いライバルが多い中で、チームの真価が問われるのはこれからだ。

総力戦で開幕戦を乗り切ったが、この試合で荒川と伊藤の本来の持ち味が発揮されたとは言えない。

相手との駆け引きの中で、選手同士が活かし、活かされることで真価を発揮する日体大のサッカーにおいて、2人の持ち味が引き出される時が、本当のスタートラインと言える。

サッカーを楽しむ日々の姿勢からも、日体大の選手たちは荒川と伊藤から多くのことを学べるはずだ。日本の女子サッカー界を牽引してきた2人のベテランが若手選手たちと融合した日体大の今シーズンの戦いぶりを、興味深く見守りたい。

試合結果詳細

なでしこリーグ2部日程

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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