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スナク英財務相、ロンドン金融街復活の独自戦略模索へ(下)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
英テレビ局スカイニュースのインタビューで最近の英国経済について話すスナク財務相

一方、ドイツもロンドン金融街(シティ)から引っ越しする銀行関係者の子弟のためにインターナショナルスクールを開設することを約束。また、ロンドンに銀行を勧誘する事務所を開設し、全力を上げた。しかし、英紙デイリー・テレグラフの金融関連の著名コラムニスト、マシュー・リン氏は7月5日付コラムで、「こうした試みはすべて失敗に終わった。アムステルダム(オランダ)は英国のEU(欧州連合)離脱直後、1日平均の株式売買高でロンドンを抜きトップとなったが、それから半年も経たないうちにロンドンはそのトップの地位を取り戻した。これは特に、スイスがEUの単一市場ルールを拒否したため、EUが禁じていたスイス株式の売買をロンドンがEU離脱で可能にしたことが大きい。これはいい前例となる」という。

なぜかといえば、第1にフランクフルトとパリは規制や規則に過度に厳格だからだ。「売買規制を強化し、法制化すれば、金融関係者は他の都市に移転するしか方法がない」、また、第2に、EUには「飴」がなく「鞭」だけだからだ。「もし、パリやフランクフルト、アムステルダムがシティの本当の意味で脅威になったとすれば、それは安い税金と雇用ルールの緩和(いわゆる、事実上のモナコ方式)だったが、実際にはそうならなかった。失敗したのはEUが進出したい企業はインセンチブ(奨励策)求めるということを忘れていたことだ。締め付けて脅せばみんな言うことを聞くという誤ったドグマ(教義)に厳格に従ったことだ。実際、EUはブレグジット(英EU離脱)でシティから多くの企業を勝ち取ることはできなかった」という。

後者のグリーン(環境保護)ファイナンスについては、リシ・スナク財務相は9月から少なくとも150億ポンド(約2.3兆円)のグリーンプロジェクトに必要な資金調達のため、グリーン債を発行する計画を明らかにした。これは民間セクターのグリーンプロジェクトの資金調達のための金融市場が広がることを意味する。プロジェクトには脱炭素の環境に配慮したクリーンカーや再生可能エネルギー、環境汚染防止などに使われる。

投資資金は「グリーン」や「サステナブル」というラベルが付いた資産に向かって流れ込んでいる。サステナビリティ(資金使途を環境・社会の持続可能性に貢献する事業)投資を推進する国際機関であるグローバル・サステナブル・インベストメント・アライアンスの最新の調査リポートによると、全世界のサステナビリティ債(資金使途を環境・社会の持続可能性に貢献する事業に限定した債券)への投資額は2020年で35.3兆ドル(約3850兆円)と、2018年の30.7兆ドル(約3350兆円)や2016年の22.8兆ドル(約2490兆円)からそれぞれ15%増、55%増と、右肩上がりの急カーブで増加している。特に追跡可能な投資資産の全体との比較(2020年)では米国が33.2%、欧州が41.6%、日本が24.3%と多く、カナダの割合は61.8%と、最大となっている。サステナビリティ関連資産は2020年で、欧州が12兆ドル(約1310兆円)、米国は17兆ドル(約1850兆円)、日本は2.9兆ドル(約320兆円)、カナダは2.4兆ドル(約260兆円)、豪州とニュージランドが計0.9兆ドル(約100兆円)となっている。

また、英非営利団体のクライメート・ボンド・イニチアチブの最新調査(5月27日付)によると、今年1-3月期の全世界のグリーン債発行額は約1069億ドル(約11.7兆円)で、このうち、フランスとドイツが中心の欧州は前年比2倍増の約536億ドル(約5.8兆円、前年同期は234億ドル)、次いで、アジア・太平洋地域が約271億ドル(約3兆円、同約92億ドル)と、いずれも急増している。

英紙インデペンデントのコラムニストのハミシュ・マクレー氏は金融系オンランサイト「ディス・イズ・マネー」(7月3日)で、「グリーンファイナンス市場は今後の成長市場となる。シティはパリに遅れている。フランスは400億ドル(約4.4兆円)のグリーン債をすでに発行し先行している。英国のグリーン債発行額は150億ポンド(約2.3兆円)と、昨年の3000億ポンド(約46兆円)の財政赤字に比べほんの一滴と思うかもしれないが、投資家はグリーン債を購入したがっているので、価値は高い。これが皮切りとなり、グリーン債市場が広がり、シティを目覚めさせ、金融サービスが一段と支えられることになる」と指摘した。

また、同氏は、今秋、シティに将来の方向性を占う二つの大きな出来事が起こるという。1つ目は、シティにパンデミック前と同様に金融関連スタッフが戻る可能性があること。2つ目は今秋、スナク財務相が発表したロードマップが実際に動き出すことだ。特に2つ目について、同氏は、「過去の歴史に照らしても市場の自由化はシティにマッチする。1960年代以降、また、1986年のビッグバン改革により、ユーロドル市場が発展し、市場の自由化はシティの金融サービスの復活に寄与したからだ」と強調する。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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