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英中銀、8月会合で1委員がQE減額提案―ベイリー総裁も2023年から保有国債の減額開始示唆(下)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
BOEのアンドリュー・ベイリー総裁=BOEサイトより

 イングランド銀行(BOE)は2018年6月に採用したフォワードガイダンス(金融政策の指針)で保有国債の減額開始の閾値(政策金利)を2%から1.5%に引き下げている。当時、BOEは、「QE(量的金融緩和)の資産買い入れ減額は政策金利がおよそ1.5%に達するまで開始しない。以前は2%だった。減額は徐々に予見可能なペースで行う」とした上で、「もし減額で金融環境に悪影響が現れた場合、物価目標を達成するため、政策金利を変更するが、物価目標の達成には不十分と判断した場合には減額規模を修正(抑制)、または、元に戻す可能性がある」としている。

 当時、BOEは景気悪化時に政策金利を1.5%ポイント下げてゼロ金利になっても問題がないと考え、閾値を1.5%に設定している。もしQE減額の開始で景気が悪化すればゼロ金利とし、それでも不十分ならQE減額も撤回するという考え方だ。しかし、現在の事実上、ゼロ金利の状況では1.5%の閾値は現実性に乏しいのが実情。

 市場でも閾値が1.5%では、現在の政策金利(0.1%)が1.5%に達するのは相当先の話となるため、現実性に乏しいとみており、閾値の0.5-0.7%への引き下げを予想している。閾値が総裁の指摘通りに0.5%に引き下げられれば、BOEは2023年後半までに政策金利をこの水準にまで引き上げることは可能だ。現在、金先物市場では2022年8月までに0.15ポイントの利上げ(政策金利は0.25%)を織り込んでいる。

 閾値が0.5%に引き下げられれば、景気の急激な悪化時にBOEは景気刺激のため、政策金利の引き下げ余地を1.5ポイント引き下げたマイナス1%を政策金利の下限とする、つまり、マイナス金利の導入が視野に入ってくる。この点について、ベイリー総裁は、「引き下げの下限を特定のある一つの数値として考えるのは有効ではない」としたものの、「マイナス金利の金融政策ツールは中銀がマイナス金利を効果的な政策金利の下限とすることを可能にする」とし、マイナス金利は理論的にはありうるとの見方を示している。

 また、市場ではQEの巻き戻し、つまり、資産買い入れ減額の方法については、2017年にFRB(米連邦準備制度理事会)が採用したように、減額目標を設定し、それに従って、再投資したり、追加売却をしたり、その都度、金融市場の状況を見ながら調整することになるとみている。FRBは2017年6月のFOMC(米連邦公開市場委員会)会合で、債券の期日が来ても再投資やロールオーバー(市場に売却せず持ち越す)のペースを落とすことにより、減額を進める計画を明らかにした。計画では最初は月額で国債は60億ドル(約6600億円)、MBS(不動産担保証券)は40億ドル(約4400億円)の計100億ドル(約1.1兆円)の減額ペースで開始し、1年かけて徐々に減額幅を拡大し2018年10月以降は、国債は月額で300億ドル(約3.3兆円)、MBSは200億ドル(約2.2兆円)の計500億ドル(約5.5兆円)に引き上げ、計画通り進めば、FRBの債券保有額は2019年暮れごろまでに約2.5兆-3兆ドル(約275兆-330兆円)にまで減額されるというものだった。

 BOEは今回の会合で最新の8月経済予測を盛り込んだ金融政策報告書を公表した。重要なポイントは現在、英国ではデルタ株の感染拡大が進んでいるものの、ワクチン接種が成人の約80%(2回接種は約70%)とかなり進んでいることを受け、デルタ株の経済見通しへの悪影響がほとんど予想されていないことだ。BOEは声明文で、「8月経済予測はデルタ株の感染が拡大しているにもかかわらず、英国経済への影響は時間の経過とともにどんどん薄れていくと想定している」としている。

 8月経済予測によると、2021年のGDP伸び率見通しは7.25%増と、前回5月予想時点と変わっていない。むしろ、2022年は6%増と、前回予想の5.75%増から上方修正した。2023年も1.5%増(前回予想1.25%増)と、上方修正している。一方、英大手会計事務所アーンスト・アンド・ヤング(EY)傘下のシンクタンク「EY・アイテム・クラブ」が7月26日に発表した英国の2021年のGDP伸び率見通しは7.6%増で、これは1941年以来80年ぶりの高い伸びとなる。インフレ率の見通しは2021年が3.5%上昇に加速するが、2022年から減速すると予想している。

 8月経済予測の2021年のインフレ見通しは4%上昇と、前回予想時点の2.5%上昇を1.5ポイント上回ると予想している。2022年は2.5%上昇(前回予想2%上昇)と、予想したが、2023年は2%上昇と、前回予想と変わっていない。BOEは声明文で、2021年のインフレ率が4%上昇に加速するものの、「主にエネルギー価格やコモディティ(国際相場商品)相場の上昇によるもので、この一時的な影響が薄まれば、インフレ率は中期的に約2%上昇の水準に戻る」と楽観的に見ている。

 失業率の見通しは2021年が4.75%と、前回予想の5%から上方修正(改善方向)された。2022年は4.25%、2023年も4.25%と、いずれも前回予想と変わらず、デルタ株による悪影響は示されていない。

 BOEの次回会合は9月23日に開かれる予定だ。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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