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ジョンソン首相の元側近の爆弾証言で政権交代早まるか(下)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表

カミングス証言の焦点となったハンコック保健相が6月10日、下院の科学・技術特別委員会と保健・社会福祉委員会で新型コロナ対策について証言した=英スカイニュースより
カミングス証言の焦点となったハンコック保健相が6月10日、下院の科学・技術特別委員会と保健・社会福祉委員会で新型コロナ対策について証言した=英スカイニュースより

ドミニク・カミングス氏の証言直後、内閣府の報道官は首相談話を発表し、「首相はマット・ハンコック保健相に全幅の信頼を置いている。パンデミック中、密接に首相と仕事をこなしてきた」とし、その上で、「カミングス氏は閣議で何度もうそをついた」と逆襲した。スカイニュースのトム・レイナー記者は5月26日、カミングス氏の証言について、「カミングス氏と首相との関係は悪化の一途だった。首相の婚約者(キャリー・シモンズ氏)もカミングス氏と彼のチームを毛嫌いしていた」と解説。一方、カミングス氏も「自分の意見はコロナ対策の議論ではほとんど通らず、影響力は小さかった。3月のロックダウンをもっと早く実施できなかったのは首相の判断だった」と証言し、首相を批判している。

カミングス証言を巡り、ボリス・ジョンソン首相は5月26日、下院で開かれた党首討論で、最大野党の労働党のスタマー党首と対決した。しかし、首相はカミングス発言には激怒せず、カミングス氏の批判の一部を否定しただけにとどめた。スカイニュースのジョン・クレイグ政治部記者は、「首相は国民の前で非難応酬を避けたかったようだ。ただ、ジョンソン首相は(2度目の全国ロックダウンを決定する前)『コロナで死ぬのは80歳だけだ』と言ったかどうかについては否定しなかった。今後、委員会が調査する問題だと述べている」と報じた。80歳発言というのは、ロックダウンを最後まで嫌がっていた首相が「コロナが殺すのは80歳の人だけだ」と本音を漏らしたというもので、英紙デイリー・ミラーのダン・ブルーム政治部デスクは26日のカミングス氏の公聴会前にも、「ジョンソン首相は『私がもし80歳だったら死んでもいいが、それよりも経済の方が心配だ』と漏らしたと複数の関係者が話していた」と報じている。

この80歳発言に加え、カミングス氏が5月26日の下院科学・技術特別委員会の公聴会で、「セドウィル官房長官(当時)がハンコック保健相への信頼を失った、と首相に伝えた」と証言したが、首相はこれを否定し、ハンコック保健相を信頼しているとしたことも今後、政権を揺るがす火種となる可能性がある。カミングス証言によると、コロナ危機当初、医療従事者を危険な病原体から守る個人用防護具(PPE)の深刻な不足問題が起きた際、ハンコック保健相が原因はリシ・スナク財務相とNHS(国民保険サービス)イングランドのサイモン・スティーブンス局長がPPEの追加供給を承認しなかったためだと主張したが、セドウィル官房長官が調査した結果、嘘と分かり、ハンコック保健相への信頼を失ったというものだ。カミングス氏はセドウィル氏の調査結果のメモを作成しており、同委員会と共同で政府のコロナ政策を調査するジェレミー・ハント議員が率いる下院保健・社会福祉委員会にも証拠として提出することを約束している。両委員会は6月10日、カミングス証言の焦点となったハンコック保健相を招聘し、老人ホームでのコロナ感染による多くの高齢者の死亡を招く判断ミスがあったかどうかなど本格的な審議を開始した。新事実が浮上し、審議が長引けば、また、保健相の更迭の事態も起これば、ジョンソン首相のコロナ戦略の見直しや対応の遅れなどに悪影響が及ぶのは必至だ。

また、カミングス証言では、イングランド銀行(英中央銀行、BOE)の独立性が脅かされ、今後、金融市場への悪影響が懸念される。カミングス氏は、「BOEや財務省と内閣府の幹部はもし、我々が3月(2020年)にロックダウンを実施すれば、巨額のお金を借りることになるという結果について考えるべきだと言っていた。もし、国債市場が突然、混乱し、我々にお金を貸さないとなれば、我々はBOEに国債を買い取るよう緊急時の強権発動に向かうことになる」と述べ、その上で、「この議論には首相とスナク財務相、セドウィル官房長官(当時)が加わった」と指摘したからだ。英有力紙デイリー・テレグラフ紙のティム・ウォレス記者は5月26日付で、「BOEはその後(昨年3月19日の臨時会合で)、QE(量的金融緩和)規模を国債と社債の買取りで2000億ポンド増額すると発表した。中銀の独立性だけの問題にとどまらず、(中央銀行が通貨を増発し、政府発行の国債を直接引き受けることで財政赤字を穴埋めする意味に使われ、財政ファイナンスともいわれる)債務のマネタイゼーションとなり、ハイパーインフレーションを引き起こし、経済を不安定にさせる危険がある」と指摘する。

しかし、その一方で、テレグラフ紙の著名コラムニストのアリスター・ヒース氏は、5月26日付コラムで、「国民はワクチン接種の普及により、過去の出来事に拘泥せず前進したいと考えている。NHSのコロナ対応により、多くのがん患者が手術を待っている。また、学校教育の問題もある。疲弊した経済が十分に戻らない場合、失業や雇用の問題が起きてくる。また、新たなウイルスが生じたとき、すぐワクチンで対応できるように国内でワクチンを生産し、治験ができる体制作りが必要だ」と指摘している。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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