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新型コロナワクチンは英国の救世主となるか(上)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表

ジョンソン英首相は12月19日、記者会見し、変異型の新型コロナウイルスによる感染がロンドンやイングランド南東部で急拡大し、ロックダウンを発表した=英スカイニュースより
ジョンソン英首相は12月19日、記者会見し、変異型の新型コロナウイルスによる感染がロンドンやイングランド南東部で急拡大し、ロックダウンを発表した=英スカイニュースより

英国は12月8日から世界で初めて米医薬品大手ファイザーと独同業大手バイオエヌテックが共同開発した新型コロナウイルス向けワクチンの緊急使用を開始した。12月21日現在で約50万人が1回目の接種を終えた。英国はファイザー連合から4000万回分(2000万人分)の供給契約を結んでおり、来年4月までには医療従事者や高齢者、健康がぜい弱な弱者への接種が完了する見通しだ。当初、英国は待ちに待ったワクチンの到来で英国全体は新型コロナのパンデミック(世界大流行)前の日常を取り戻せるという安堵感とお祭りムードに包まれた。

ワクチン承認の翌朝(12月3日)、英国の新聞メディアは一斉にワクチン承認をトップで報じた。一部のコラムニストもワクチン承認の12月2日を「コロナ解放記念日」と称賛。地元大衆紙ザ・サンも「コロナウイルスに物凄い一撃を与える」との大見出しで、「COVID‐19(新型コロナウイルス感染症)」の「V」をVサインに変えて勝利を祝った。ハンコック保健相も12月2日の英放送局BBCのインタビューで、「私は来春、イースター(復活祭、4月4日)以降、事態が改善すると自信を持っている。来夏にはみんなが喜ぶ姿が見える」と喜びを顕わにし、経済復興に向けた新型コロナへの反撃の狼煙を上げていた。

しかし、その矢先、ジョンソン英首相は12月19日、変異型の新型コロナウイルス(以後、変異ウイルス)がまん延し始めたロンドンとその近郊のイングランド東部・南東部をロックダウン(都市封鎖)し、水を差した。今では英国は5月と11月に続いて3度目の全国ロックダウンに入る懸念が広がってきた。2週間前の祝賀ムードから一変した。

変異ウイルスについては、WHO(世界保健機関)の緊急対応責任者であるマイク・ライアン氏が12月21日の会見で、「ウイルスの変異はパンデミックの過程で通常に起こることだとし、変異ウイルスは制御不能にはなっていない」と述べている。しかし、ハンコック保健相は12月21日のBBCのインタビューで、「変異ウイルスは制御できていない」と正反対の見方を示している。

また、英国は来年1月1日からのブレグジット(英EU離脱)がノーディール・ブレグジット(合意なしのEU離脱)となる可能性が高まっている。こうした中、ワクチンがパンデミックで疲弊した英国経済の救世主となるのかをめぐっては依然として先行きは不透明だ。ワクチンがV字型景気回復に寄与するのか、また、ジョンソン政権が過去2度の全国ロックダウンを強行して失われ与党内の求心力や国民の信頼を回復できるかをめぐって論争が起きている。

ロックダウン終了後の3段階規制への移行について、その是非を問う採決が12月1日、下院で行われ、291対78票の賛成多数で可決したが、57人の保守党議員が造反した。そのうち、メイ前首相や11人の元閣僚が反対票を投じ、労働党は棄権することで、ジョンソン首相への不信感を示した。英紙デイリー・テレグラフのゴードン・レイナー政治部デスクは12月1日付で、「これ(保守党の造反と労働党の棄権)は今後のジョンソン政権のコロナ対策に関する議会での採決に大きな影響を与える」と指摘する。3段階規制は来年2月3日までとなっているが、これを延長する場合、下院での採決では保守党の造反議員と労働党議員、さらに3人の議員が加われば、政府の敗北を意味するからだ。

ワクチン接種の開始にもかかわらず、市民の間では2度のロックダウンや3段階規制の再開など政府の高圧的な規制強化に反対する勢いが高まってきている。イングランド北西部のストラットフォード・エイボン州政府は12月1日、同地域のコロナ感染率が低いにもかかわらず、3段階規制ではロックダウンと同等の最も厳しい第3段階地域に指定されたことを不服として、指定の取り消しを求める訴訟準備書面を保健省に送付し、国内初の行政訴訟に踏み切った。11月28日にはロンドンの繁華街リーゼント通りで、ワクチン接種やコロナ感染検査の義務化に反対する市民グループがデモ行進を行い、155人が逮捕されるという事件が起きている。これは国民の行動の自由の侵害に反対する行動だ。

政府は下院で3段階規制の再開を賛成多数で可決したが、反対票を投じた保守党の造反リーダー、スティーブ・ベイカー議員(新型コロナ調査グループ(CRG)副代表)は、「国民はワクチンやウイルス検査にもう耐えられる状況ではない。これら(ワクチンやウイルス検査)を受け入れるかどうかという選択や行動の自由を危険に晒す方向に向かっている」(12月1日付テレグラフ紙)と批判している。また、テレグラフ紙の著名コラムニスト、アリソン・ピアソン氏も、「政府はNHS(国民保険サービス)を保護するため、国民を脅して3段階規制ルールを押し付けようとしている。しかし、NHSは国民を助けることができていない。それなのにNHSを守る必要があるのか」と、ジョンソン首相の医療崩壊回避を前面に打ち出す政策に強い不信感を示す。

一方、英紙サンデー・テレグラフのアリスター・ヒース報道部デスクは12月2日付コラムで、「ワクチン接種の開始によって感染防止規制が終了し、社会生活が正常に戻ることにより、ジョンソン首相の政権運営にも大きな力を与える」と、少なくとも、新型コロナ感染拡大阻止のロックダウン終了(12月2日)以降の3段階規制の再開をめぐるジョンソン政権への政治不信は取り戻せるとみている。(「中」に続く)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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