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ジョンソン英首相のロックダウン年内解除は成功するか(中)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
スナク財務相は7月8日の下院本会議で、300億ポンド(約4.1兆円)の補正予算案を説明した際、「英国経済はこの2カ月間で25%も縮小した。これは過去18年間で成長した分と同じだ」と述べた=英スカイニュースより
スナク財務相は7月8日の下院本会議で、300億ポンド(約4.1兆円)の補正予算案を説明した際、「英国経済はこの2カ月間で25%も縮小した。これは過去18年間で成長した分と同じだ」と述べた=英スカイニュースより

最近でも、7月初め、英大手百貨店ジョンルイスが1300人、米ドラッグストアチェーン大手ウォルグリーンズ・ブーツ・アライアンスのイギリス事業部門が4000人、さらに、今月11日には英大手百貨店デベナムが約6500人、同18日には同業大手マークス&スペンサーも全体の約1割に相当する7000人の大規模な人員削減策を発表するなど、イギリス経済のリセッション(景気失速)が予想されている。英紙ガーディアンは7月9日付で、「イギリスのハイストリートの小売業者やレストランが経営不振により2016年の大手百貨店BHSの経営破綻以来の約9000人もの失業者が発生する見通しだ。英市場調査会社センター・フォー・リテール・リサーチ(CRR)によると、上期(1-6月)だけで2万4000人超が解雇された。これは2019年全体の企業倒産による失業者数を上回る。今後もさらに3万2000人が予想される」と警告している。

政府のロックダウンによる死者20万人予測(「上」を参照)が当たったとしても、ロックダウン解除後の経済回復についてはV字型回復と感染第2波による一休みを挟んだV字型回復の2通りの見方がある。イングランド銀行(BOE)の著名エコノミストの間でも意見が分かれているところだ。BOEは6月に4-6月期GDP(国内総生産)伸び率の見通しをパンデミック前の2019年10ー12月期比でマイナス20%と、5月予想時のマイナス27%から上方修正したが、第1次大戦終結から14カ月後にイギリスで起きたデフレ大恐慌当時の1921年4-6月期の前期比マイナス12.3%以来の大幅な落ち込みとなる予想。その後、7-9月期から急回復するが、2020年はマイナス14%(英予算責任局(OBR)予測はマイナス12.4%)となり、2021年はプラス15%、2022年にはプラス3%の通常の成長ペースに戻ると予想している。ちなみに、英国立統計局(ONS)が8月12日発表した4-6月期GDPの速報値は前期比マイナス20.4%(前期比年率マイナス59.8%)、また、2019年10ー12月期比はマイナス22.1%だった。

ガーディアン紙(7月15日付)は、BOEの首席エコノミストのアンディ・ホールデン氏が「個人消費の急増で、2020年末までには正常に近いレベルにまで景気回復する」とV字型回復を予想する一方で、BOEの政策委員であるシルバー・テンレイロ氏は、不完全な形のV字型回復を予想している」と報じた。テンレイロ氏は感染第2波による外出制限などの経済抑制措置が再導入され、失業率が上昇する可能性があるため、7-9月期から回復に向かったしても回復が寸断され、不完全なV字型回復になると予想している。これはBOEが今後、景気刺激のための追加対策が必要になる根拠となっている。

ボリス・ジョンソン英首相は7月17日に最新のロードマップ(行動計画)を発表し、クリスマス前のロックダウンの全面解除の考えを示したが、そのわずか2週間後の7月31日の会見で、イギリス全体の新型コロナ感染者数が過去2週間で63%増加し、感染再拡大の兆候が出てきたことを受け、イングランド北部(人口約260万人のグレーター・マンチェスター)のロックダウン(都市封鎖)の再導入に続き、イングランド全体でも8月1日から予定していた新たなロックダウン緩和措置(屋内スポーツ施設の営業再開やスポーツイベントの再開など)を8月15日まで2週間延期した。ただ、同首相は7月17日に発表した年内ロックダウン解除の方針は変えていない。

■政府の財政赤字と公的債務が急増へ

英財務省が景気支援のために支出した新型コロナ危機対策費は、リシ・スナク財務相が7月8日に追加発表した300億ポンド(約4.1兆円)の補正予算を含め、1880億ポンド(約26兆円)となるが、このほか、1230億ポンド(約17兆円)の納税延納措置があるため、計3110億ポンド(約43兆円)にも達する。テレグラフ紙は、「英シンクタンクIFS(財政研究所)によると、今年のイギリスの財政赤字は過去最大の約3500億ポンド(約48兆円)となる見通し。ただ、来年は経済成長により、財政赤字は半分超の1500億ポンド(約21兆円)と、2009年の金融危機時と一致するものの、2年間で計5000億ポンド(約69兆円)の借り入れが必要になる。今後、スナク財務相やその後任にとって、この巨額な財政赤字と借り入れをパンデミック前の正常な水準に戻るまで数十年かかる」と報じている。

また、今後、第2波感染が起これば、新型コロナ関連でさらなる財政支出や、イギリスが今年12月末で移行期間を延長せずにEU(欧州連合)から完全離脱すれば、ブレグジット(英・EU離脱)関連の追加の財政支出も予想されるため、財源確保が新たな問題となっている。英放送局BBCは7月14日、「英予算責任局(OBR)は2020年の経済成長率をマイナス12.4%と予想し、今年だけで政府債務残高は3720億ポンド(約51兆円、対GDP比104.1%)に達する。このまま推移すれば50年後には対GDP比400%超になる」とし、その上で、「対GDP比75%の財政健全化の状態に戻すためには10年ごとに約600億ポンド(約8.3兆円)の増税か、歳出削減が向こう50年間にわたって必要になる」と警告している。(「下」に続く)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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