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英・EUの自由貿易協議は前哨戦の漁業交渉で難航する見通し(中)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
1月31日夜11時、英国のEU離脱達成で歓喜するロンドン市民=英BBCテレビより
1月31日夜11時、英国のEU離脱達成で歓喜するロンドン市民=英BBCテレビより

ボリス・ジョンソン首相は新EU(欧州連合)離脱協定の署名後、記者団に対し、「今回の署名によって、ようやくEUとの協議が前進し、EUとの将来の関係は『友人と主権国家としての対等の関係』を築く事を目指す」と述べたが、英紙デイリー・テレグラフは1月24日付で、「ジョンソン首相の協議は今後、漁業権をめぐって厳しい局面に立たされる」と警告している。ただ、フランスを除く他のEU加盟国は「フランスの主張(25年間の漁業協定)は非現実的なので、最大で10年間の合意が望ましいとしている」という。それでも英国が主張するように1年ごとの見直し協議よりも長期の合意を目指すことで意見が一致している。

1970年にEU共通漁業政策(CFP)が導入され、これによって英国の漁業権が縮小した。EUの排他的経済水域のうち、英国の水域が半分も占めているにもかかわらず、英国の漁船の漁獲量は全体の25%と、英国側に不公平となっているのが現状。英国の漁業従事者数も1973年水準の半分の1万1757人に激減し、漁獲量も1973年の100万トンから現在は44万6000トンに激減している。

また、テレグラフ紙は、「漁業交渉以外でもEU離脱後の(北アイルランドと英国本国を隔てる)アイリッシュ海での関税チェックについても両者には大きな差がある。一例として、リバプール(英国)からベルファスト(北アイルランド)に輸送される製品は到着後、または輸送中にEUルールに従って、英国の税関職員によってチェックされるが、その際、EUの税関職員が同席し、英国職員に対し関税チェックを指示することができると主張している。しかし、ジョンソン首相はアイリッシュ海では関税チェックを行う必要はないと主張している」と指摘する。

さらに、英国とのFTA協議の見通しについて、EUの貿易担当委員となるアイルランド共和国のフィル・ホーガン氏は1月14日付のテレグラフ紙で、「ウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員長は英国の領海内でのEUの漁船による操業を認めるのと引き換えに、英国の銀行がEUの金融市場にアクセスすることを可能にするパスポート・ルール(単一免許でEU域内での営業が可能な制度)を認めることで、ロンドンの金融街(シティ)の機能を従来通りとする方針を固めている」と指摘し、漁業と金融サービスのどちらかを犠牲にするという厄介なトレードオフの可能性が出てきた。

2020年上期のEU議長国となるクロアチアのアンドレイ・プレンコビッチ首相も同紙で、「英国とEUの第二段階協議(自由貿易協議)の見通しについて、英国がEUの法律に従わず、英国の法律に従うと主張すれば、EUは恥も外聞もなく政治的な手段を行使し、英国シティの銀行がEUの顧客へのサービス提供を阻止する権限を今後の交渉で行使する可能性がある」と述べている。また、「英国とEUが漁業交渉で対立した場合、1970年代のタラ戦争が再び起こる」と警告する。

英放送局BBCは1月17日付電子版で、「EUの貿易協議担当者は英国との自由貿易協定開始に備えて、EU加盟各国の外交担当者に対し、FTA(自由貿易協定)交渉の方針をまとめた文書を配布し、セミナーを開始した」とした上で、「自由貿易協定は労働者の移動が前提条件となる。また、英国との経済競争を防ぐため、共通の土俵を維持するという『LPF(対等な競争環境)』を合意の前提条件としている」と報じた。これは租税制度や国の企業に対する補助金や環境の問題について、英国がEUルールに従うことを意味する。

また、BBCは、「EUのFTA協議方針にはノンリグレッション(昔の悪い状況に戻らないことを確約する非退行)条項が含まれるが、それに加え、新たに非低減(non-lowering)条項が付け加えられた。これはEUが英国との経済競争で不利にならないよう共通の土俵を維持するための措置で、租税や労働、環境、国の企業への補助金などの分野でも、どちらかがスタンダード(基準)を引き上げた場合、相手はその基準を引き下げることは許されないという厳しい内容になっている」と指摘する。これはEUが基準を引き上げるたびに英国にも引き上げを求め、常に共通の土俵を維持するのが狙いとなっている。(「下」へ続く)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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