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ジョンソン英首相、EU離脱の大幅遅延阻止狙って解散総選挙実施へ―11月28日投票案が浮上(4/4)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表

 

テリーザ・メイ前首相は10月19日の下院本会議でボリス・ジョンソン首相の新離脱協定を支持するよう訴えた。メイ前首相が下院でブレグジット(英EU離脱)問題について発言するのは6月の党首辞任以来初めてだった=英BBCテレビより
テリーザ・メイ前首相は10月19日の下院本会議でボリス・ジョンソン首相の新離脱協定を支持するよう訴えた。メイ前首相が下院でブレグジット(英EU離脱)問題について発言するのは6月の党首辞任以来初めてだった=英BBCテレビより

話は前後するが、今回、EU(欧州連合)と合意した新離脱協定は、ボリス・ジョンソン首相の譲歩案を基本にし、詳細を詰めたものだが、EUのブレグジット首席交渉官であるミシェル・バルニエ氏は10月17日の会見で、合意内容について、「4点で合意した」とした説明している。

 4点とは、(1)北アイルランドのすべての財にEU単一市場の規制(ルール)が適用される。これは北アイルランドからEUに入る財にはEUの関税が適用されるため、(南北アイルランドの間の)国境で通関チェック(緩やかな目に見えない国境)が行われることを意味する。(2)北アイルランドは英国の関税地域に残る。これにより、北アイルランドはEU以外の国との自由貿易協定の恩恵が受けられる。英国本国からまたは英国経由で第3国から北アイルランドに入った財がEUに行かずに北アイルランドにとどまる場合には英国の関税が適用されるが、EUに入る恐れがある場合にはEUの関税が適用される。(3)EUと英国のVAT(付加価値税)の税率を一致させるメカニズムで合意した。北アイルランドにEUのVATが適用され、英国がEUに代わってVATを徴収する。(4)北アイルランドの議会のコンセント(同意)については、(アイルランドの統一を目指す)ナショナリストと英国との連合を目指すユニオニストで構成される議会が移行期間終了から4年後にEU市場から離脱するかどうか投票し、単純過半数の賛成で残るとなれば、さらに4年間の計8年間残れる。また、反対すれれば、2年間の激変緩和期間を置いて離脱する―というもの。

 特に、バルニエ氏の会見で注目されたのは、北アイルランドの議会のコンセント問題に関し、「北アイルランドにこのアプローチのオーナーシップがある」と述べたことだ。これは、北アイルランド議会が移行期間後の4年後に引き続きEU市場に残らないことを投票で決めた場合、その決定にアイルランド共和国は拒否権を行使できないということ、また、それと同時に、ジョンソン首相の新提案に盛り込まれていた連立与党の北アイルランドの民主ユニオニスト党(DUP)の拒否権行使が事実上、削除されたことだ。これに激怒したDUPは10月17日、直ちに、ジョンソン首相のディールは容認できないとして反旗を翻している。

 10月19日に予定された新離脱協定の英下院採決の下馬評では、ジョンソン首相のディール(新離脱協定)は身内のDUPや最大野党の労働党、自民党、SNP(スコットランド国民党)など野党の反対多数で否決されるとみられていた。特に、DUPが反対に回ったことから、保守党内の離脱急進派の80人の議員から構成されるブレグジット欧州調査グループ(ERG)の去就が注目された。しかし、ERGの中核を構成する28人の「スパルタン」と呼ばれるグループは、その代表となっているプリティ・パテル議員とジェイコブ・リースモッグ院内幹事長(前ERG代表)が内閣に加わっていることから、ジョンソン首相のディールを支持することが分かった。また、労働党の19人の議員が今月初め、EUに書簡を送り、ジョンソン首相とディールするように要請したことから少なくとも19人が賛成票を投じれば僅差だが、ジョンソン首相のディールが可決される可能性が出てきた。保守党の造反議員21人についても少なくとも17人が支持することが予想されていた。

 なかでも、保守党のデービッド・トリンブル議員(元北アイルランド相)が10月18日、「ジョンソン首相のディールはグッドフライデー合意に完璧に準拠している」として賛成する意向を示したことや、政府が同日、ジョンソン首相のディールに対するジェフリー・コックス法務長官の法的解釈を発表したことも追い風となった。同長官は「ジョンソン首相のディールは英国がバックストップ条項から離脱することができなくなるという罠を懸念する根拠がなくなった」と指摘している。同長官は、以前、議会でメイ前首相のディールではその懸念があると指摘し、それを受け、EU離脱急進派が反対に回った経緯があるからだ。また、コックス法務長官は、北アイルランド議会が4年後にEU市場から離脱する投票に対し、「EUには拒否権がなくなった」と述べたこともジョンソン首相のディール支持の拡大に大きく寄与している。

 ジョンソン首相が新提案をEUに提示してから、まだ日も浅いうちに、英国側から一方的に譲歩案を提出したことに対し、与党・保守党内からは英国は譲歩しすぎだとの批判が相次いだ。これはジョンソン政権がテリーザ・メイ前首相の政権当時からハングパーラメント(宙ぶらりん議会)、つまり、絶対多数の政党がいない議会となっているためだ。保守党のウィリアム・ヘイグ元党首は10月14日の英紙デイリー・テレグラフのコラムで、ジョンソン首相が一方的にEUに対し譲歩した理由について、「1つは自動車産業など製造業がノーディール離脱による悪影響が大きいことを知っているからだ。また、もう一つは北アイルランドの和平が不安定になること。さらに政府は議会との関係で議会が最終的な切り札を握っていることを恐れているからだ」と指摘する。

 また、ヘイグ氏は、「議会が絶対的過半数を占めている場合、どんな政府も敗北が決まっている。実際、ジョンソン首相が9月10日から議会を5週間も閉会することを決めたことに対し、違法とする最高裁判決(9月24日)が言い渡され、その結果、議会はベン法(離脱延期法)を可決した。この法律によって首相が離脱日を延期しなければならなくなった。今後、政府と議会の関係は対立の関係がますます強まっていく。議会はノーディールを回避するため、さらなる措置が取る可能性がある」と述べ、ジョンソン首相によるEU離脱はどんどん遅れる可能性があると警告する。

 ヘイグ氏は、ジョンソン首相が総選挙により、形勢逆転を狙ってもリスクがあるという。「議会は何でもどんな対抗措置でもとることができる。もし、政府がEU離脱の延期を阻止することを検討すれば、議会はそれを阻止する動議を提出することができる。また、離脱日が来年1月まで延期され、離脱前に選挙が行われても、選挙でも負ければ、ジョンソン首相は議会をコントロールできなくなり、あらゆる法案が通ってしまう。また、議会は欧州議会の英国議員のための予算も確保することができる。また、政府に対し協力を義務付けることも可能だ」という。

 また、ヘイグ氏は、「ジョンソン首相が離脱日を遅らせることによって政権にとどまったとしても、さらなる期日延長が議会から要求される可能性がある。また、新しい国民投票の実施が選挙前に求められる可能性もある。もし、議会で3分の1の議員が解散総選挙の動議に反対すれば、選挙も難しい。結局、英国はいつまでたってもEU離脱できず、無期限に離脱を延期することになる。または国民投票に向かうかで経済の先行き不透明感がますます強まる」と分析している。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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