Yahoo!ニュース

英議会、英EU離脱協定批准せず再協議かノーディールの可能性(下)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表

 

11月25日のEUサミットで離脱協定案の承認を受けたテリーザ・メイ英首相(左)=英BBCより
11月25日のEUサミットで離脱協定案の承認を受けたテリーザ・メイ英首相(左)=英BBCより

実は、英国のEU(欧州連合)離脱協定案の骨子の3番目(前回の「上」参照)は、テリーザ・メイ首相が先週(11月2日最終週)、アイルランド共和国のレオ・バラッカー首相との電話会談で提案した内容と同じで、EU離脱後も北アイルランドにEUルールを合致させることでハードボーダーを避けるバックストップオプションの見直し(修正)を可能にする「レビューメカニズム」と言われるものだ。これは、EUがバックストップ条項は無期限に適用されるべきと主張しているため、もしバックストップ条項が北アイルランド国境に適用されれば、今度は北アイルランドと英国本国とを隔てるアイリシュ海に国境を築くことになり、事実上の国土分断、北アイルランドのEU隷属を意味することから、レビューメカニズムを導入することにより「適用は時限にすべき」と主張するEU懐疑派の反対を抑えることを狙ったメイ首相の“苦肉の策”だった。

 しかし、EUはメイ首相のレビューメカニズムに対しては、内容の修正に応じても英国にバックストップを一方的に終了する権限は認めない考えのため、協議は平行線になっていた。英紙デイリー・テレグラフは11月5日付で、「ドミニク・ラーブ離脱担当相が先週、アイルランド共和国のサイモン・コビネー副首相に対し、英国には3カ月前の通知によってバックストップの効力を終了させる権利がある主張したが、この提案は拒否された」と報じていた。実際、EUとの最終合意では英国はEUの同意なしに一方的に終了できなくなっている。

 骨子の2番目については、英紙ガーディアンが11月6日付で、「(英国の)ジェフリー・コックス法務長官は6日の閣僚懇で英国の一方的な通告によるバックストップ打ち切りのメカニズムだけでは問題は解決しないと説明し、英国とEUから独立した仲裁機関に打ち切りの判断を委ねる案を示した」と伝えていた。英国の著名評論サイト、スペクテイターのジェームス・フォーサイス氏も自身の11月6日付コラムで、「EUとの協議がまとまらなかった場合、仲介機関に裁断を求めれば、それに基づいて英国は一方的にバックストップの終了させる権利を行使できる。また、相互同意を盾にEUから拒否権を行使されるのも防げる」という。だが、ジェレミー・ハント外相は「明確にバックストップを終了できるメカニズムがなければ、レビューメカニズム案はEU懐疑派の反対で議会承認を得ることはできない」との立場は崩していない。

 バックストップは、英国がEUと包括的な貿易協定を結べない場合、移行期間終了後(2020年12月末)の2021年3月から北アイルランド国境に適用されることになっている。しかし、テレグラフ紙は11月8日付で、「メイ首相はEU離脱後の移行期間終了から少なくとも1年間、北アイルランドを含む英国全体をEUとの関税同盟を維持するという妥協案を示す」と、バックストップオプションが英国全体に適用される見通しを報じた。これは与党・保守党のEU懐疑派を震撼させるには十分だった。同紙によると、メイ首相は11月6日のEU離脱関係閣僚懇でバックストップのメカニズムについて議論した際、「政府はバックストップを恒久的なもの(無期限)にしない案を策定することになった」と、いくら説明しても、事実上、恒久化される懸念が残るからだ。

 しかし、これに輪をかけて、EU懐疑派だけでなく、今度はメイ政権を支える北アイルランドの連立与党・民主ユニオニスト党(DUP)を激怒させたのが、メイ首相の“二階建て”バックストップ案と呼ばれる新提案だった。これは骨子の3番目に関連するもの。これは2021年12月末までの時限で英国全体にバックストップ条項(2階部分)を適用するが、期限までにEUとの包括的な自由貿易協定を締結できない場合、元のバックストップ条項(1階部分)を北アイルランドだけにEUの関税ルールを適用するという、いわば屋上屋を重ねる官僚的発想で、「メイ首相から5ページにわたる書簡を送りつけられたDUPのアーリーン・フォスター党首は、『メイ首相はアイリッシュ海に国境を設けないという約束を破った』と激怒し、EUと合意しても議会を通させない」(11月9日付BBC)と断言している。その後、政府が11月14日の閣議決定後に発表したEUとの最終合意案(離脱協定案)では“二階建て”バックストップ案は消えたが、その代わり、「バックストップ条項は(北アイルランド単独ではなく)英国全体に無期限に適用されるというEU懐疑派にとっては最悪の内容となっている。

 また、欧州懐疑派のジョン・ロングワース元英国商工会議所専務理事は11月9日付テレグラフ紙で、「保守党の綱領に背き民主主義を裏切ったメイ首相は党から追われ新内閣、新首相、新政策にとって代わられる」と指摘。メイ首相の思惑とは正反対にEUとの離脱協定案が議会を通過せず、不発に終わるばかりか、政権存続の危機に直面すると予想している。

 さらに、離脱協定案では英国が関税同盟に一時的にでも残れば、EUは英国の国益に深く関わる英国の領海内での漁業権行使をこれまで通り認めるよう要求しており、離脱協定案がすんなり議会で批准される可能性は低い。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

増谷栄一の最近の記事