Yahoo!ニュース

英EU離脱協議が6-8週間で最終合意という見通しの危うさ(下)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
政権与党の保守党大会でメイ首相はEUとの最終合意を目指すと表明した=英スカイニュースより
政権与党の保守党大会でメイ首相はEUとの最終合意を目指すと表明した=英スカイニュースより

メイ政権を支える北アイルランドの民主ユニオニスト党(DUP)のナイジェル・ドッズ副党首はEU(欧州連合)のミシェル・バルニエ首席交渉官の声明文が出た9月19日、ツイッターで、「(バックストップオプション条項は)北アイルランドを英国本国とは異なる体制にするもので、北アイルランドと英国の間に国境を設けることを意味する。メイ首相も最大野党の労働党も言っているように、その案ではだれが英国の首相になろうとも容認できないものだ」と猛反対し、北アイルランド国境問題に関するEU提案はメイ首相にとって政権存続を脅かす根幹に触れる問題となっている。

英紙テレグラフのゴードン・レイナー政治部デスクは9月17日付電子版で、離脱協議でEUが英国の離脱白書(チェッカーズ合意案)通りか、または英国から譲歩を引き出し最終合意(ディール)したとしても、英議会で保守党の離脱派議員に加えて、野党の労働党や自民党などがこぞって反対投票すれば、「結果的にノーディールに終わる可能性がある」と指摘する。結局、ノーディールとなるか、EUと離脱日の延長協議を行って最終合意の是非を問う2度目の国民投票を実施するか、解散総選挙にもなりかねない。ドナルド・トゥスク欧州理事会議長(EU大統領、ポーランド元首相)も9月20日の会見で、「現時点ではノーディールの可能性を除外できない」と述べており、ノーディールの強硬離脱の公算が高まっている。10月16日、EUサミットでも北アイルランド国境問題の解決をめぐる英国とEUの隔たりは解消されず最終合意は持ち越され、離脱協議は長期化する見通しが強まっている。

EUサミット前、英国の政界では英EU離脱協議に絡んで、与党・保守党内の強硬離脱派による首相更迭の動きに一つの大きな変化が起きていた。離脱方針をめぐってメイ首相と対立する離脱強硬派のボリス・ジョンソン前外相が9月13日、党内の強硬離脱派の議員に向け、メイ首相が推す、チェッカーズ合意の破棄だけを目指し、首相更迭は求めない考えを表明したからだ。ジョンソン前外相は訪問先の米ワシントンDCで、英紙デイリー・テレグラフに対し、「首相更迭の話はない。チェッカーズ合意を破棄することだ」と述べている。

これまで約50人の陣傘議員からなるERGのリースモッグ代表と、首相の離脱方針に反対して7月に辞任したデービッド・デービス前EU離脱担当相の腹心、スティーブ・ベーカー氏(当時・離脱担当副大臣)らが離脱強硬派の結束をまとめてきたが、次期首相最有力のジョンソン氏の発言で派内の分裂が決定的となり、実際、そのおかげでメイ首相は党大会(9月30日~10月3日)を無事乗り切り、政権の基盤を固めることに成功している。

英紙タイムズは9月12日付紙面で強硬離脱派内の分裂について、「強硬離脱派のベーカー議員は10日、80人の保守党議員がチェッカーズ合意通りの英EU最終合意には反対票を投じると公言していたが、翌11日には多くの離脱支持派議員がチェッカーズ合意は好ましくないが、その代替案がノーディールなら賛成票を投じると言い始めた。ERGの幹部は内部分裂が起きていることを認めた」と報じ、多くの議員が超EU懐疑派のERGのノーディール方針とは距離を置いているという。

そもそも倒閣騒ぎに発展したのは、バルニエEU首席交渉官の9月10日のスロベニア講演での発言が発端だった。10日付英紙デイリーメールは、「同氏はチェッカーズ合意を問題はあるものの、いいところもあるとこれまでの完全否定から条件付き肯定に転換。EU加盟国もバルニエ氏に英国と最終合意するよう指示する動きだした。これはEU外交官筋の間では、倒閣の危機にあるメイ首相が倒れノーディールとなるのを避けるための“メイ首相救出作戦”(Operation Save Theresa)」と呼ばれている」と報じた。

さらに、バルニエ氏は同講演で、英国と6~8週間以内に最終合意し、11月のEUサミットに間に合わせる、と公言。英政府もこれに呼応し、ノーディールで予想される悪影響をまとめた白書を2度にわたって公表し英国の強硬離脱派をけん制し始めた。9月13日付ガーディアン紙は「ノーディールで運転免許証の相互認証が終わるため、EUからドーバー海峡を渡ってくる1日1万1600台のトラック輸送が止まる事態が予想される」と伝えたほどだ。

また、イングランド銀行(英中銀)のマーク・カーニー総裁も9月13日の政府の会合に出席し、「英国経済は3年間で2008年のリーマンショック並みの景気後退に襲われ、ポンドが急落し金利が上昇、住宅ローン金利も急伸して住宅市場が崩壊。住宅価格は最大35%暴落する」と述べ、政府を援護射撃。英中銀は同日の金融政策決定会合でもノーディール懸念を強調して金利を据え置いた。こうしたEUや政府の「メイ首相救出作戦」にERGは危機感を強め、ノーディールで却って英国のGDP(国内総生産)が拡大するとの調査結果を公表する一方で、11日にはメイ政権の打倒を目指す決起集会の開催に至っている。

米経済通信社ブルームバーグが9月13日、「英EU離脱協議は最終合意に近づいた」と報じ、これに市場が飛びつきポンドが急反発した。しかし、テレグラフ紙のピーター・フォスター欧州担当デスクは同日付で、「市場も、ドミニク・ラーブ離脱担当相も同様にEUとは80%合意しており、最終合意は可能だと主張するが、残りの北アイルランド国境問題や関税取り決めといった20%の部分で依然隔たりがあることを無視している」と伝え、最終合意には疑問が残るという見方を示している。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

増谷栄一の最近の記事