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英EU離脱協議が6-8週間で最終合意という見通しの危うさ(上)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
政権与党の保守党大会で演説するメイ首相=英スカイニュースより
政権与党の保守党大会で演説するメイ首相=英スカイニュースより

EU(欧州連合)サミットの非公式会合が9月19-20日に開かれ、英国のいわゆる、チェッカーズ合意(離脱方針白書)をベースにしたEU離脱提案を拒否し、10月までに代替案を提示するよう要求したことを受けて、英国メディアは20日、「テリーザ・メイ首相はEUのアンブッシュ(不意を突く奇襲攻撃)で恥をかく」の見出しで、チェッカーズ合意が拒否されたと一斉に報じた。

EUのブレグジット首席交渉官であるミシェル・バルニエ氏はサミット開催中の19日、声明文を出し、EU離脱後も北アイルランドにEUルールを合致させることでハードボーダーを避けるという解決方法(バックストップオプション条項)を譲らず、北アイルランドがEU関税同盟に残ることを前提に、ハードボーダー回避の方法として、「英国内から北アイルランドに入る物資の関税チェックをする必要があるが、その場合、国境ではなく、企業の敷地内か市場内で行う」と提案。また、ドナルド・トゥスク欧州理事会議長(EU大統領、ポーランド元首相)もEUサミット後の会見で、「英国は北アイルランド国境問題に関する離脱案(チェッカーズ合意)を書き直し、再協議する必要がある」(19日)、さらには「チェッカーズ合意提案は機能しない」(20日)と述べ、拒否した。

これを受けて、2016年の保守党の党首選挙でメイ首相の誕生に尽力したマイク・ペニング議員も「これでチェッカーズ合意は死んだ」(9月19日付テレグラフ紙)と評し、英国のEU離脱後の将来を見据えメイ首相の政敵である超強硬離脱派のブレグジット欧州調査グループ(ERG)に加わったほどだ。

トゥスク欧州理事会議長は9月19日の会見で、北アイルランド国境問題で英国との協議を継続するため、英国に10月中の代替案提示を要求し、これまで10月のEUサミットまでに最終合意を目指すとしていたが、11月中旬まで延期する意向を示した。しかし、メイ首相はEUサミットで、「離脱日の延長や2回目の国民投票による協議の長期化という選択肢はない」(20日付タイムズ紙)と断言し、英政府も「チェッカーズ合意は機能し信頼できるものだ」(20日付BBC)と応酬、チェッカーズ合意を修正しない考えを示している。

EUサミット終了後、帰国したメイ首相は9月21日、直ちに首相官邸でテレビ演説し、「EUから離脱後の英国との経済関係について(1)EU単一市場への自由なアクセスを可能にするEEA(欧州経済領域)協定を結ぶ(2)北アイルランドをEU関税同盟に残し、英国本国とEUは通常の自由貿易協定を結ぶ―という2つの選択肢が提案された」と暴露。

その上で、「最初の選択肢ではEUルールが適用され、人の移動の自由を押し付けられ、英国はEU以外の他国と自由貿易協定を結ぶことができなくなる。これは2年前の国民投票の結果を台無しにする。後者は北アイルランドが英国と不可分であることを尊重しないものだ」といずれも否定し反撃の狼煙を上げた。

さらに、「国民投票の結果を尊重せず、国を分断するようなEUの提案はバッドディールだ。バッドディールよりもノーディールの方がまだいい」とまで言い切った。その一方で、「EUからまともな本当の提案が示されるのを待っている。そのあと議論することは可能だ」とも述べ、協議継続の余地は残した。これには超強硬離脱派のERGのジェイコブ・リースモッグ代表もサミットでEUを相手に一歩も譲らなかったメイ首相に対し、「鉄の意志を示した」(9月21日付ガーディアン)と最大の賛辞を送っている。

今後、チェッカーズ合意に代わって、EUとの貿易協定はERGが主張するカナダ方式をベースにした、いわゆるカナダ・プラス方式が有力になる可能性がある。この方式では北アイルランド国境でトラック輸送の積荷をバーコードでチェックして検査なしに短時間で通関させるマキシム・ファシリテーション案(ITを駆使して国境検査や関税手続きを最大限簡素化する案)を採用するが、EUサミット前から9月17日付デイリーメール紙は、「バルニエ氏は(マキシム・ファシリテーション案のような)IT技術を使った方式を検討しており、12月末までに最終合意を目指す」と報じている。しかし、メイ首相は9月21日のテレビ演説で、カナダ方式などの貿易協定は北アイルランドがEU関税同盟に残ったあと、英国本国とだけ協定を結ぶことを意味し、「これはだれが英国の首相になっても容認できないものだ」と述べており、実現性には疑問が残る。(続く)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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