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英国のEU離脱協議、泥沼状態に陥り貿易協定結べず “ノーディール”の恐れ(その3)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
会談後、写真撮影に応じるメイ首相とユンケルEC委員長=英スカイニュース放映より
会談後、写真撮影に応じるメイ首相とユンケルEC委員長=英スカイニュース放映より

昨年12月14-15日のEU(欧州連合)サミットで、EU執行部は英国と合意した最終文書を加盟27カ国の首脳に説明し次の段階の協議に進む同意を求めた。しかし、もしも「規制やルールの合致」が何の法的拘束力もないということをユンケルEC(欧州委員会)委員長やドナルド・トゥスク欧州理事会議長(EU大統領)、ブレグジット首席交渉官であるバルニエ氏らが初めから知っていてEUサミットに臨んでいたとすれば、英国メディアが「(12月)8日の未明の合意」と称賛し、拍手を送ったのはとんだ茶番だったということになる。

しかし、実際にはユンケル氏もバルニエ氏も知らなかった可能性がある。少なくともEU加盟国であるアイルランド共和国(南アイルランド)のレオ・バラッカー首相はこの事実を知らなかったようだ。英紙デイリー・テレグラフは12月9日付電子版で、「バラッカー首相はこれを知ったら怒り心頭に発するだろう」と伝えた。バラッカー首相だけが知らずに合意したとすればこれまた変な話だ。アイルランドもEU不信になり関係が悪化する。しかし、EUがアイルランド共和国にこの事実を知らせずに最終合意したとは考えにくく、EUも知らなかったということになれば、EU27加盟国のサミットで同意が得られず英国は貿易協定に入ることは不可能になる恐れがあった。

この問題が表面化し、ブレグジット首席交渉官のバルニエ氏は12月11日、「規制やルールの合致には法的拘束力はない」としぶしぶ認めた。その上で、「合意は紳士協定として英国の順守に期待する」と、やや控えめに述べるにとどめている。一方、英首相府の報道官は12月10日夜、「我々はこうした会話(ジョンソン外相らへの説明)については知らいない」と、全面否定し、だんまりを決め込んだ。

だが、EU加盟国の首脳や欧州議会の議員らは一斉に12月8日の離脱協議から帰国したデービッド・デービスEU離脱担当相の発言に咬みつき問題が大ごとになった。同相は12月10日の英テレビ局BBCのトーク番組で、「3つの問題に関するEUとの合意はStatement of Intent(趣意書)で法的拘束力がない」と暴露し、将来、合意を一方的に英国が撤回する可能性を示唆したからだ。

週明けの12月11日、EU陣営は「合意文書を正式な条約にしなければ次の段階の貿易協議に進まない」と猛烈な抗議し始めた。これに驚いたデービスEU離脱担当相は翌12日には自身のツイートでこの発言を全面的に撤回し、「3つの問題での合意文書は法的拘束力がある」、また、「できるだけ合意文書を英国法に規定して合法化する」と訂正するという慌てぶりだった。

一方、EU執行部も英国と貿易協議に入ることをEU加盟国に進言する決議文の草案に急きょ、「EU加盟国の首脳が英国と将来の関係について協議することを承認すれば、英国はできるだけ早く合意文書に盛り込まれたコミットメントを完全に尊重し法律に書き換えなければならない」という文言を盛り込むなど欧州議会の怒りの爆発を目の当たりにして対応に追われた。

その後も新たな問題が噴出した。英放送BBCが12月10日、「保守党のデービッド・ジョーンズ元EU離脱担当閣外相は合意した手切れ金(清算金)は12月8日にメディア各紙が報じた金額(350億‐390億ポンド)よりもかなり大きくなる。最終的にはEUが望んだように1000億ポンドになり、途方もない手切れ金となる可能性がある」と伝えたが、これに対し、メイ首相は12月11日の英国議会で、「最終合意するまではいかなる合意もない。EUと自由貿易協定を締結できなければお金は一切支払わない」と述べた。この発言もEUを激怒させている。EUとの軋轢が一気に噴き出した格好だ。

また、BBCは「強硬離脱派の閣僚はEU離脱後にEUとの合意事項を修正し、EUルールの全面受諾を拒否する準備を始めている」と伝えており、英国のEU離脱協議は泥沼状態に入り、自由貿易協定の締結について何も合意が得られない、“ノーディール”に終わる恐れがある。だが、メイ首相はしばしば、「バッドディール(EUに屈する悪条件での離脱合意)はノーディール(自由貿易協定も何もかも合意できない強硬離脱)よりもさらに悪い」というのが口ぐせだが、バッドディールに終わる恐れも完全には否定できなくなった。(続く)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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