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英国のEU離脱協議、第2段階の貿易協議に移行へ=北アイルランド国境問題などで両者合意

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
EU離脱の第1段階協議で8日、急きょ合意したメイ英首相(左)とユンケルEC委員長
EU離脱の第1段階協議で8日、急きょ合意したメイ英首相(左)とユンケルEC委員長

英国のテリーザ・メイ首相は12月8日早朝、ベルギー・ブリュッセルのEU(欧州連合)本部でジャン・クロード・ユンケルEC(欧州委員会)委員長との会談に臨み、英国がEU離脱に伴う清算金、いわゆる、手切れ金の増額や英国に居住するEU市民の在留権、そして、離脱協議の最大の難関となっていた北アイルランド国境問題の3つの主要課題のすべてで合意した。離脱協議の第一段階を乗り越えたことを受けて、英国とEUは次の課題である貿易問題と2年間の移行期間を協議する第2段階に移行することが決まった。

朝食を交えた会談は現地時間の午前7時から始まり、30分程度で終了。その後直ちに、メイ首相とユンケル委員長が会見し、ユンケル委員長は「離脱協議の第一段階でかなりの前進が見られた」と評価し、「(14-15日のEUサミットで加盟27カ国に対し)英国と次の課題である貿易問題と移行期間についての協議に移行することを進言する」と述べた。

会談前、メイ首相は4日のユンケル委員長との会談で、土壇場で合意できなった北アイルランド国境問題をめぐり、7日深夜まで北アイルランドの民主ユニオニスト党(DUP)とアイルランド共和国(南アイルランド)、EUの3者が満足できる解決案を探って検討を続けていた。

北アイルランド国境問題の最大の問題は、4日の最初の合意案に、南北アイルランドの国境管理については、これまで通りEU規制を継続する(full continued regulatory alignment)」という文言が盛り込まれていたことだった。これは南北アイルランドの間では従来通り、国境管理(規制)を行わないというもので、北アイルランドは離脱後もEUの関税同盟と単一市場に残るということを意味していた。

しかし、この合意案通りになれば、英国のEU離脱後も北アイルランドにEU規制が続くことになり、つまり、北アイルランドがEU域内に残れば、英国はEU離脱後に北アイルランドとの間に国境や関税障壁を導入しなければならなくなる恐れがあった。これは北アイルランドと英国の一体性が失われることを意味するだけでなく、仮に北アイルランドとの一体性を維持するために英国本体もEU規制を受け入れればEU残留と変わらないことになる。その結果、英国がEU離脱後に、米国など他国と自由貿易協定を結ぶことは論理的に不可能となるなど問題が多かった。

この日、ユンケル委員長は会見で、英国との3つの主要課題の解決について詳細には触れなかったが、英国とEUが共同発表した合意文書によると、「北アイルランドと英国本体との間に新たな規制の障壁を設けない」や「北アイルランドの企業が英国本体の市場へのアクセスを保証する」といった項目が最初の合意案に追加された。

また、懸案だった南北アイルランド間の「規制の合致」(regulatory alignment)については、「英国は南北アイルランドの協力と(南北アイルランドの約500キロにわたる国境を鉄条網や検問所などを設けて厳重に警備する)ハードボーダーを設けないということにコミットする。これは英国とEUとの将来の関係を通じて達成する。しかし、これが達成できない場合には、英国は現在、南北アイルランドの協力とアイランドの経済、グッドフライデー(和平合意)の保護を支えている、EUの統一市場と関税同盟のルールと完全に調和するようにする」とし、最初から規制の合致を目指さず、今後の英国とEUとの包括的な貿易協定の枠組みを優先させることを明記した。

DUPのアーリーン・フォスター党首は8日早朝、英テレビ局スカイニュースのインタビューで、「4日の合意案の文書の表現をめぐって6カ所の大きな変更を勝ち取った。これで北アイルランドは英国本体と一体となってEUの統一市場と関税同盟から離脱できる。憲法上、また、政治的にも経済的にも英国本体との一体性が確保された」と述べている。同党首は4日の会見では、北アイルランドと英国との間のアイリッシュ海に国境や関税障壁を設けないために、「北アイルランドは英国と同じ条件でEUから離脱しなければならない。経済的にも政治的にも英国との規制の違いは受け入れられない。英国との一体が損なわれることは認められない」と述べていた。しかし、この懸念が解消されたことでメイ首相はEUとの合意に踏み切ることが可能になったといえる。

また、メイ首相はこの日の会見で、北アイルランドと英国との関係について(1)英国は北アイルランドと一体であること(2)北アイルランドの英国市場での立場を保護する(3)

北アイルランドと英国本体との間に新たな国境を設けない(4)北アイルランドは英国本体とともにEUの関税同盟と統一市場から離脱する(5)グッドフライデー合意(1998年4月10日に英国とEU加盟国のアイルランド共和国(南アイルランド)の間で結ばれた、英国の北アイルランド6州の領有権主張を認める和平合意)を順守する(6)EU離脱後も北アイルランドと英国本体は欧州司法裁判所(ECJ)の管轄には入らないーの6項目を約束している。

しかし、DUPのフォスター党首は今回の合意でも「規制の合致」(regulatory alignment)の文言が条件付きとはいえ残ったことが気がかかりだったものの、協議を前進させるというメイ首相の説得に押され、国益優先で、受け入れ難い提案を呑んだ。それだけに、今後、メイ首相とフォスター党首への党内での批判が強まり、最大野党の労働党のジェレミー・コービン党首が政権を握る可能性も出てきた。また、離脱協議が次の段階に進んでも貿易協定をめぐっても完全な自由貿易協定の締結は難しく曲折が予想される。

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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