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英国のEU離脱交渉、移民・手切れ金問題めぐり膠着状態に

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
7月のブレグジット交渉に臨んだ英国のデービスEU離脱担当相=EUサイトより
7月のブレグジット交渉に臨んだ英国のデービスEU離脱担当相=EUサイトより

英国のデービッド・デービスEU(欧州連合)離脱担当相は7月11日の上院EU委員会で、今後のブレグジット交渉の見通しについて、「EUのブレグジット首席交渉官であるミシェル・バルニエ氏は第1段階のブレグジット交渉で十分な進展があれば、今秋(10~11月)から自由貿易協定や関税同盟、(欧州裁判所の取り扱いをめぐる)司法、治安など将来のEUとの関係を同時並行して進める考えを持っている」と証言し驚かせた。EUと英国はこれまで2019年3月に英国がEUから正式に離脱したあと、貿易協定など第2段階の交渉を開始することで合意していたことを考えると、EUとしては思い切った決断を行う用意があることを意味したからだ。

しかし、英国に居住する約320万人のEU市民の在留権問題やEUが要求している1000億ユーロの“手切れ金”(EU離脱関連費用)問題、さらにはアイルランド国境問題をめぐる第1段階のブレグジット交渉はすでに膠着状態に陥っており、秋からの貿易協定の同時並行協議は絵空事に終わりそうだ。在留権問題をめぐっては欧州議会が英国政府の提案ではEU市民に与えられる在留権は(限定付きで劣後的な)セカンドクラスの扱いだとして強硬に反対している。デービスEU離脱相の考えは楽観的すぎる。この背景にはデービスEU離脱相は手前勝手の内向きの議論ばかりを展開してマスコミ受けはいいが、肝心なEU向けの議論を避けているため、どんな提案もEUからあっさりと突き放されることが多い。

政界に移行期間の設置議論高まる

一方、英国の経済界では早くからEU離脱に伴う経済ショックを緩和するため、政府は2019年3月のEU離脱から数年間、暫定的にEUの単一市場と関税同盟へのアクセスを現状のまま維持する移行期間の設置を目指してEUと交渉すべきだという要求をぶつけてきたが、こうした論調がようやく閣内や政界にも広がってきた。

英紙デイリー・テレグラフは7月14日付電子版で、「保守党の少なくとも15人の有志議員が移行期間中のEEA(欧州経済領域)への加盟を目指して、EU市民の無制限の英国への入国を認める方向で労働党と連携する協議を開始した」と報じた。労働党はステファン・キノック議員らが中心となってEEA加盟を目指して超党派の議員連合を結成しようとしており、同記者は「これら15人の保守党議員も労働党のEEA加盟計画を後押しする」と指摘。メイ政権の厳格な移民規制方針に逆行する動きが広がってきた。これは移行期間中、英国がノルウェーなどのようにEEAに加盟することによりEUの単一市場と関税同盟へのアクセスを維持するという議論だが、英国はEU離脱後もEUの「人(労働者)の移動の自由」ルールを受け入れることが絶対条件となる。

主要閣僚の一人で移民問題を所管するブランドン・ルイス移民相も7月27日の英BBC放送のインタビューで、「2019年3月のEU離脱時点でEUの「人の移動の自由」ルールが終了するかどうかという問題についてはまだ結論が出ていない」と発言した。米経済紙ウォール・ストリート・ジャーナルは7月27日付電子版で、「ルイス移民相の発言の真意はEU離脱後も人の移動の自由を認めれば、英国は移行期間中、一時的にEUの単一市場と関税同盟の中にとどまることができるということだ」という。

また、移民規制を監督する内務省のアンバー・ラッド大臣も7月27日、独立機関の移民諮問委員会にEUからの移民が英国の各産業に及ぼす利点や問題点を検討するよう要請したことを明らかにした際、移行期間の必要性に言及。英紙ガーディアンの同日付電子版で、「英国のEUからの移民や移民を雇用している企業が離脱後の新ルールの導入に戸惑うことがないようにするためには移行期間が必要だ。この間、従来通り、「人の移動の自由」ルールが継続される」と語った。

さらには、テリーザ・メイ首相の夏休み中、事実上の総理と評されていたフィリップ・ハモンド財務相も7月28日のBBCラジオ番組で、「移行期間はEU離脱後に移民や貿易に関する新ルールを徐々に導入していく準備期間となり、次回総選挙(2022年6月)までの最大3年間が望ましい。この間も現行の移民制度が継続されるだろう」と述べた。しかし、この発言をめぐって、EU離脱を唱える強硬派の保守党議員が咬みついた。同党のナイジェル・・エバンス議員はテレグラフ紙の7月29日付電子版で、「3年という長い移行期間を設けることによりEU復帰への門戸を開けておく陰謀であってはならない。残留支持派は次の総選挙を事実上のEU離脱を問う国民投票にするだろう」と警戒を強めている。

英国が今後、移行期間の設置をめぐってEUとの交渉を始めたとしても、米経済紙ウォール・ストリート・ジャーナルは7月27日付電子版で、「EUは移行期間をめぐる交渉で人と物、資本の3つの移動の自由を切り離さず包括合意を求めてくる。個別案件ごとに合意を目指したい英国にとっては厳しい交渉になる」と予想する。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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