英国メイ政権のEU強硬離脱方針に批判集中ー国内分断化でEU交渉に暗雲

英国のEU離脱交渉で強硬離脱を主張する“新・鉄の女”テリーザ・メイ首相
英国のEU離脱交渉で強硬離脱を主張する“新・鉄の女”テリーザ・メイ首相

“新・鉄の女”テリーザ・メイ首相のEU(欧州連合)離脱交渉で一切の妥協を許さないハードブレクジット(EU強硬離脱)に反対する抵抗勢力が勢いを増してきた。メイ首相は3月1日の英国議会の貴族院(上院)で英国のEU離脱を可能にするリスボン条約第50条発動法案に対する修正法案が大差で承認され議会で初敗北を喫した。最終的には庶民院(下院)で貴族院の修正法案が拒否され予定通りメイ首相は第50条発動が可能となったが、英国政界も米国と同様に、EU離脱の国民投票結果を覆そうとする非公選制の上院と民意を尊重し離脱を目指す公選制の下院が対立するという政治の分断が浮き彫りとなった格好だ。

さらには国民を巻き込んだEU残留支持派の巻き返しキャンペーンが始まる一方で、スコットランド自治政府のニコラ・スタージョン首相が3月13日に英国からの独立とEU残留を目指す住民投票を2018年秋にも実施すると表明。これに対しメイ首相は「政治はおもちゃではない」と激しく応酬するなど英国内の政治や社会の分断と先行き不透明感が強まり英国のEU離脱協議に暗雲が漂い始めている。

最初の貴族院の修正法案はEU離脱後も英国にいる約300万人のEU移民の在留権を保障するという内容で、メイ首相のEU離脱交渉の生命線を脅かしかねないものだった。貴族院のEU離脱相であるブリッジス男爵は討論で、「メイ首相がEU協議で相互互恵の原則に従ってEU在留英国人(約90万人)の居住の保障を得ようとする前に英国から一方的に動くべきではない」と警告した。この修正法案は結局、不発に終わったが、この問題でメイ首相はEU交渉で足枷をはめられたといえる。

英紙テレグラフのゴードン・レイナー記者らは3月2日付電子版で、「これまでもメイ首相は英国内のEU市民の在留継続の権利を保護する考えを示しているが、それはEU交渉でEU内の英国在留者の保護が条件になっている」と話す。貴族院もそれは百も承知だが、それでもメイ首相には批判的だ。英BBC放送のローラ・クエンスバーグ記者が2日付電子版で、「貴族院の討論では多くの議員が“政府は英国内のEU市民を交渉材料にしている”と集中砲火を浴びせ修正案を承認した」というように、英国政界は4月からのEU交渉開始を間近に控えているにもかかわらず一枚岩となっていない。

貴族院のブリッジス男爵は英紙デイリー・テレグラフに寄稿した2月25日付電子版で、「これからEUと困難で複雑な交渉に入るメイ首相の両手を縛る場合ではない。英国はEUに対し、相互互恵の立場から新しい建設的で強いパートナーシップを構築するという決意で団結していることを示すべきだ」と苦言を呈したが、この懸念が現実化したといえる。

さらに3月7日には貴族院で労働党が政府のEU離脱の最終決定に対し議会の拒否権を認める2つ目の修正法案が提出され、メイ首相率いる保守党の重鎮マイケル・ヘゼルタイン議員ら13人の造反組が支持に回った結果、366票対268票の大差で承認されメイ首相は2度目の敗北を喫した。これは英紙ガーディアンのアンドリュー・スパロー記者が3月1日付電子版で、「新たな修正案が承認されれば、メイ政権は貴族院で2度目の敗北となる」と予想していた通りの結果だった。

結局、3月13日に庶民院が貴族院の2つの修正案を否決したことで、第50条発動法案は2月8日の庶民院(下院)での最初の審議通り無修正で通過したとはいえ、最大野党の労働党のジェレミー・コービン党首は13日の自身のツイッターで、「労働党はEU離脱協議が安売りされないようあらゆる局面で雇用と生活水準を第一とする代替策で政府と対決していく」と、徹底抗戦の構えを見せている。

ノーマン・ラモント元財務相(男爵)も3月6日の講演で、「拒否権を求める議員の多くはEU離脱阻止を考えている。法案修正が国民投票の結果に反対する議員の口実に利用される」と指摘したように今後もこうした懸念はくすぶり続け、政治の分断がEUとの離脱交渉で英国の立場を弱めるのは必至だ。一方、市民活動家グループ「ストップ・ザ・サイレンス」も英国各地でメイ首相のハードブレクジットに反対するキャンペーンを開始し分断化は国民レベルに広がってきた。

日産、EU強硬離脱を懸念し英国事業調整を視野に入れる

インフィニティを生産している日産の英国サンダーランド工場=日産提供
インフィニティを生産している日産の英国サンダーランド工場=日産提供

メイ首相は第50条発動法案をめぐって貴族院で2度の敗北を喫したが、庶民院で貴族院の修正法案が拒否され、予定通り、4月以降いつでも第50条を発動できる見通しとなったが、英国の経済界では政治分断によるEUとの自由貿易協定締結の先行き不透明への懸念の声が出始めた。

英国商工会議所(BCC)のアダム・マーシャル事務局長は2月28日の年次総会で、「大半の企業は第50条の発動のプロセスそのものには関心がない。政治やイデオロギーにも無関心だ。関心があるのは2年以内にEUと自由貿易協定を結べるのか、EU離脱後にVAT(付加価値税)増税や規制変更、EUから熟練度の低い労働者も雇用できるのか、EUとの国境税関で輸出が止められるかどうかだ」とし、「もしも2年間で理想的な結果となる貿易協定を締結できなければ、合意できるまで協議を延長すべき」と述べ、一方的な交渉打ち切りという、ハードブレクジットを回避すべきと主張。

英国産業連盟(CBI)のポール・ドレクスラー会長も3月3日の会合で、「EUとの貿易協定なしでのEU離脱は無責任だ。パンドラの箱が開けられ英国のEUへの輸出品に90%の関税と新たな規制が課せられる」と批判する。

特に自動車業界は強硬離脱に過敏となっている。昨年秋、日産自動車はメイ首相からEU離脱後も競争力が損なわれないように政府から支援を得る約束を取り付けたが、同社の英国拠点でも第50条発動を間近に控え動揺が広がってきた。欧州日産のコリン・ローサ―上級副社長(生産担当)は2月28日の英下院国際貿易委員会の公聴会で、「英国が2年間のEU離脱協議が失敗し、WTO(世界貿易機関)の関税率(10%)が適用されれば、英国北東部・サンダーランドで年間50万台を生産している日産工場(従業員約7000人)が大打撃を受け、利益面で5億ポンド(約700億円)の打撃を被る」と懸念を示した。その上で、「EU離脱協議の結果次第で英国事業を調整する可能性がある」と警告している。

英独で現地生産している米自動車最大手ゼネラル・モーターズ(GM)も第50条発動前にもかかわらず英国のEU強硬離脱を見越して、3月6日に英国生産子会社ボクソール(従業員4500人)と独オペル(同1万8000人)を仏同業大手PSAプジョー・シトロエンへの売却を発表した。英国最大労組ユナイトのレン・マクラスキー書記長は2月16日のAP通信とのインタビューで、「英国のEU離脱が完了すれば、英国と欧州単一市場との間で頻繁に往来する自動車部品に高率の関税が課せられGMの欧州全域にわたるサプライチェーンが打撃を受ける」という。EU離脱協議は波乱の船出となる。(了)