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トランプ大統領誕生なら経済停滞―減税計画や貿易政策に批判

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
次期米大統領選で快進撃を続ける共和党候補のトランプ氏=同氏のサイトより
次期米大統領選で快進撃を続ける共和党候補のトランプ氏=同氏のサイトより

不動産王の異名を持ち過激発言で世間を騒がしているドナルド・トランプ氏が共和党の次期大統領候補の指名獲得レースで独走している。しかし、本番の大統領選で勝利しトランプ大統領が誕生しても米国経済は景気低迷から脱け出せず、それどころか世界経済を停滞させるという論調が多い。

トランプ氏は4月2日の米有力紙ワシントンポストで、「アラン・グリーンスパン元FRB(米連邦準備制度理事会)議長が『バブルは弾けるまで誰もその存在が分からないだけで、バブルは起こっている』と言っているように、いま我々は経済バブル、また、株式相場を見て分かるように金融バブルの上に立っている。米国経済は大規模なリセッション(景気失速)に向かっている」と危機感を煽った。その上で、「米国は裕福な国ではない。債務大国だ。従って米国はバブルを取り除くため、オバマ政権下でおよそ2倍に膨らんだ19兆ドル(約2033兆円)もの政府債務を8年間で解消する必要がある」と述べている。その実現のため、メキシコや中国、日本といった不公平貿易国との交易条件の見直しで貿易を拡大し、大型減税(所得税の最高税率を個人は39.6%から25%へ、法人は35%から15%へ引き下げ)の実施で景気拡大を図り、外国の軍事費用負担増による国防費削減など無用な財政支出をなくす、と主張している。

しかし、果たしてトランプ大統領が誕生し、2期8年間の在任中に、19兆ドルもの債務を解消できるかというと、専門家の間では否定的な見方が少なくない。ワシントンポストのジム・タンカーズレー記者は4日付の電子版で、「19兆ドルの政府債務を8年間で解消するには毎年の所得税収入を昨年の2兆ドル(約214兆円)の2倍以上にしなければならず、税収で債務を消すにはGDP(国内総生産)を毎年13-24%増のレンジを保つ必要がある。下限の13%増でも来年の中国の成長率見通しの2倍。仮に貿易赤字の税金転換(貿易相手国に高関税を適用し税収増にすること)ができたとしても債務解消の目標達成率は25%に終わる」と反論する。また、トランプ氏の大型減税の実施についても、「米国税金財団(NTF)の調査によると、トランプ氏の減税計画では逆に政府債務が10年間にわたって毎年1兆ドル(約107兆円)超増え続け、逆に9.5兆ドル(約1017兆円)の税収減を引き起こす。財政支出削減と貿易赤字の税金転換ができても19兆ドルの政府債務は消せない」と断じる。

トランプ氏は世界経済をリセッションに陥れる

トランプ氏の不公平貿易の是正を目指す貿易政策への批判も多い。米経済誌フォーブスのコラムニストで英アダム・スミス研究所の研究員でもある、ティム・ウォーストール氏は3月24日付電子版で、「トランプ氏は貿易問題を解決するために、中国からの輸入品に対し45%の関税、メキシコに対しては35%の関税を課すとしている。これらの国と貿易戦争を起こしかねない。相手国も米国の輸出品に対し報復関税を課してくれば世界経済は終わりのない縮小サイクルに入る」とにべもない。

民主党大統領候補のヒラリー・クリントン氏の経済顧問であるアラン・ブラインダー元FRB副議長(現・プリンストン大学経済学・公共問題教授)もトランプ氏の貿易政策について、「世界経済を落ち込ませる」と批判。「トランプ氏の世界観では、米国が貿易赤字を続けている限り、米国は雇用機会を失うということだが、2000年当時、米国の貿易赤字が対GDP比3.7%に達していた時、失業率がわずか4%だった。どうして実現できたというのか」と断じ、「すべての国の貿易赤字が消え黒字に転換すれば、それは世界貿易の縮小を意味する。我々は1930年に(国内産業保護のために関税を大幅に引き上げる)スムート・ホーリー関税法を導入したが全く効果はなかった」、「トランプ氏の移民規制策は米国経済に莫大なコストを生じさせ壊滅的な打撃を与える。貿易政策も米国の国際的な地位を危うくし経済を悪化させる」と指摘する。

トランプ批判が治まる兆しは一向に見えないが、米国民の見方は冷めている。米経済専門チャンネルCNBCが4月4日に発表した最新の世論調査では、全体の25%が大統領選の最大の争点として経済問題を挙げており、「米国経済に関する政策が最も良い」と思う大統領候補として、トランプ氏が24%の支持率を集め、クリントン氏と同率首位となった。米国民はトランプの経済政策にエールを送っているようだ。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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