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バーナンキらが問うFRBの姿勢―FF金利誘導政策は有効か

増谷栄一The US-Euro Economic File代表

米国の利上げ開始時期が9月まで先送りされるとの見方が広がってきた。米経済紙ウォール・ストリート・ジャーナル(『WSJ』)は4月9日付電子版で60人のアナリストの大半(65%)が米連邦準備制度理事会(FRB)の利上げ開始は9月と予想し、6月利上げ予想は少数派(わずか16%)になっている。実際、4月8日に公表されたFRBの3月の公開市場委員会(FOMC)の議事録でも「複数の委員が6月利上げ開始は正当化される」とする一方で、「別の複数の委員はドル高や原油価格の下落を考慮すると、米国経済は今年後半まで利上げを克服できないと主張。また、何人かは2016年まで利上げは困難だ」とし、FRB内部でも6月から2016年まで意見が割れていることが示された。

ベン・バーナンキ前FRB議長=FRBサイトより
ベン・バーナンキ前FRB議長=FRBサイトより

こうした中で、ベン・バーナンキ前FRB議長が利上げをめぐる“論争”の口火を切った。バーナンキ氏は米著名シンクタンクのブルッキングス研究所のウェブサイトにある自身の3月30日付ブログで、「まだ機が熟さないうちに利上げを開始すれば道を誤ることになる。なぜなら、米国経済はまだぜい弱で回復途中にあり、利上げで米国経済はリセッション(景気失速)に入る可能性がある。利上げ、すなわち借り入れコストが増大し、投資によって得られる期待リターンを上回れば、設備投資や消費財購入の意欲が削がれるからだ。その結果、FRBは再度、利下げに戻るような事態に陥ることになる」とし、また、「FRBがより健全な経済の実現を目指したいならば、FRBは(経済の悪化や過熱を避けるちょうど政策金利水準である)均衡レートと一致する方向に市場金利を誘導するようにしなければならない」とし、ゼロ金利政策を時期尚早に終了させることの危険性を指摘した。

また、バーナンキ氏は4月15日、国際通貨基金主催のパネル討論で、今後のFRBの金融政策のあり方を見直すべきと論じた。同氏は、「FRBが2012年1月に初めて採用した金融政策運営の枠組みはFRBの二大使命である物価の安定と雇用の最大化の達成に向け、均衡のある政策アプローチをコミットしたもので、2%のインフレ目標とFOMC委員による四半期ごとの継続可能な失業率の予想値というターゲットの設定を通じてFRBの金融政策の透明性を高め、市場との対話の改善に役立った」と評価した。しかし、「ゼロ金利の政策を決めるにあたってこの枠組みには問題点があり見直しが必要だ。見直しにあたっては二つの方向性を考慮することが重要。一つ目は、(米プリンストン大学のアース・スベンソン教授が提唱した)ターゲットを設定し、それに基づいて金融政策を最適化するという手法採用すること、二つ目はターゲットそのものを変えることだ。今の2%のインフレ目標は魅力的とは思わない。インフレ目標を引き上げることや、あるいは、ゼロ金利下では名目国内総生産(GDP)のいくつかの構成要素をターゲットにすることなどが効果的と考えられる」という。

さらに、バーナンキ氏は、「もし、FRBが政策金利をFF(フェデラル・ファンド)金利の誘導目標とするのをやめて、政策ツールを翌日物レポ金利(金融機関が国債を担保に当面の資金を融通し合う「レポ取引」の翌日物金利)などの短期金利の誘導に変更すれば金融政策の効果が上がるもしれない」と主張する。この背景にはFF市場はFRBによる潤沢な流動性供給で事実上のゼロ金利となっており、今では市中銀行もFFを利用していないのが実態で、このため、FRBはレポ市場に介入する方が効果的という見方がある。この点について、バーナンキ氏は、「(FRBが買い戻し条件付きで金融機関に債券を売却し市場から資金を吸収するオペである)リバースレポや(市中銀行がFRBに預ける所要準備預金を上回る)過剰積立高に金利を支払う仕組みは、ミューチュアルファンドなどノンバンクの過剰資金をFRBに預金させる上で効果的でそれによって短期金利を制御することが可能になる」と説く。

FRB、新政策ツールを模索

一方、“長期停滞論”を主張してバーナンキ氏と論争を展開したオバマ米大統領の元経済問題顧問のローレンス・サマーズ氏(元財務長官)は4月9日に米経済専門チャンネルCNBCのインタビューで、「予防的な措置というのはうまくいくものではない。インフレは事実上ないに等しいのに、インフレ予防的な利上げをすれば大きな間違いを冒す」と主張する。また、サマーズ氏は「リスクが大きくなっているのは景気過熱とインフレというよりも経済の成長鈍化の方だ。物価上昇の兆しが現れる可能性はあるにせよ、心配するほどの物価上昇ペースにはならない」として、FRBの早期利上げを批判する。

米金融情報誌グランツ・インタレスト・レート・オブザーバーの創設者ジム・グラント氏も4月7日のCNBCのインタビューで、「借り入れコストは自由な市場で決められるべきで、FRBが今のゼロ金利を維持し続けても何の害もない」と言い切る。

また、米経済専門テレビ局フォックス・ビジネスとWSJ紙の著名な経済ジャーナリストとして知られるジョン・ヒルゼンラス氏は4月9日付『WSJ』紙で、「FRBの債券買い取りによる量的金融緩和(QE)で米国の金融システムには2.7兆ドル(約320兆円)もの大量の流動性資金が準備預金としてFRBに滞留することによって、短期金利はほぼゼロ金利の状態に維持されている。(それだけに)FRBが利上げを開始するときには、FRBはこうした大量の準備預金を解消するか、または何もせずに利上げで高くなった利息を銀行に支払うかのいずれかとなるが、結局、利上げを開始して間もない間は後者とすること決めた。しかし、8日に公表されたFOMC議事録では、依然としてこの準備預金を解消するための政策ツールを模索している状態に変わりはない」という。

ヒルゼンラス氏は、「FRBは昨年9月から準備預金を吸収するため、新しい金融政策ツールとして1日3000億ドル(約36兆円)の上限付きで翌日物のリバースレポを使ったオペレーションを試験導入したが、3月の会合でこの上限を超えても一時的に容認することで意見が一致した。FRBは0-0.25%の政策金利の上限については準備金金利で、下限は翌日物リバースレポ金利で設定することになるだろう。しかし、『FRBは金融政策が(超低金利となった2008年12月以前の)ノーマルな状態に戻った後も、翌日物リバースレポを新たな政策ツールとして多用すれば金融市場を不安定化する恐れがある』として消極的だ。また、この数カ月、FRBは満期前の証券売却や満期が近い証券の償還金を再投資に回さないことで過剰流動性を吸収する戦略で意見がまとまったかに見えたが、3月の会合ではその戦略は否定されるなど、利上げ開始を控えて市場を不安定にしている」とし、利上げのタイミングよりも利上げ開始後の金融政策ツールをどうするかが今後の課題だと話す。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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