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ECBの量的緩和に賛否両論=成功のカギ握るのはドイツ

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
マリオ・ドラギECB総裁=写真=の“ドラギ・バズーカ”は威力を発揮できるか
マリオ・ドラギECB総裁=写真=の“ドラギ・バズーカ”は威力を発揮できるか

欧州中央銀行(ECB)は1月22日の理事会で、3月からユーロ圏(加盟19カ国)の国債を買い入れて銀行システムに大量の流動性資金を供給することで、デフレを回避し、ユーロ圏経済を“再起動”させる、いわゆる量的金融緩和(QE)という未知の領域に踏み出すことを決めた。ECBは民間資産の買い入れと銀行への低利融資の既存のプログラムと合わせて、2016年9月まで月600億ユーロ(約8兆円)、総額1.1兆ユーロ(147兆円)の流動性を供給するというが、マリオ・ドラギECB総裁の“ドラギ・バズーカ”は威力を発揮できるのかをめぐっては賛否両論が渦巻く。

ドラギ・バズーカはその規模で多くのエコノミストの予想を超えサプライズとなった。大和キャピタル・マーケッツ・ヨーロッパのロンドン在住のエコノミスト、ロバート・クエンゼル氏は21日付の自社サイトで、「QEの規模は5000億-7000億ユーロ(約67兆-94兆円)。2016年12月まで続けば月200億-300億ユーロ(約2.7兆-4兆円)、12カ月で終了ならば月500億ユーロ(6.7兆円)となる。買い入れの75%はユーロ圏のソブリン債で、20%は金融機関を除く一般企業の民間資産、あと欧州投資銀行(EIB)などの国際金融機関の資産となる」と予想していた。

その上で、同氏は、その威力については、「ECBはそのバランスシート(貸借対照表)を3兆ユーロに拡大するという目標を設定したのは昨年9月。しかし、それ以降、ユーロ圏の景気とインフレの見通しは急激に悪化したことを考えると、5000億ユーロのQEでは(デフレ回避のために)インフレ率を上昇させるには力不足だ」と指摘していた。しかし、実際に蓋を開けてみると、1.1兆ユーロと、いかにエコノミストの予想を超えたものかが分かる。

世界最大の債券ファンド投資会社ピムコの元CEO(最高経営責任者)で、現在は親会社のドイツ保険大手アリアンツのCEA(最高経営顧問)であるモハメド・エルエリアン氏は英紙フィナンシャル・タイムズの22日の電子版で、「ECBは市場の予想を超えるほど大規模で、かつ、オープンエンド(無期限)で、明確な形でQEの導入を決定したことで、ECBは市場の期待(憶測)が情勢を悪化させ、新たな期待を生むという悪循環を立ち切り、その結果として、著しい景気回復に向けて第1歩を踏み出したという点では成功した。(市場がそう思うとそうなるという)“自己実現的な期待”をECBはうまく操った」と、一定の評価を下す。

しかし、同氏は、「3つの理由で、ECBのQEはまちまちの結果を生む」という。「まず、QEの規模は予想を超えたが、大体は予想と一致しているので、インフレ期待への影響は軽微に終わる。2つ目は、QEは政治的妥協の産物である以上、2012年にドラギ総裁が『どんな手段も講じる』と発言したのに比べ、完全なオープンエンドにはならず威力が損なわれる。3つ目は、ECBは金融市場の混乱・崩壊を防ぐことよりも、大胆にマクロ経済の目標の達成を目指しているため、成長のための構造改革や需要の回復、過剰債務の処理など、ECBが取り得る手段ではどうにもならない政治調整が必要な問題を引き起こそうとしている」と指摘する。

また、エルエリアン氏は、「QEによって流動性を追加供給しても経済成長の突破口にならず、インフレ期待を決定的に変えることもできない。むしろ、QEは副次的な悪影響や意図しない結果を生じるリスクがある。ECBが政治的な議論に深くかかわれば、ECB(の政策)は威力を失う恐れがある。最善策は、欧州の政治家が重要な経済政策を打ち出す責任を果たすまでの時間を稼ぐことだ」と言い切る。

QEの成否は今後のドイツの出方次第

他方、国連事務総長の特別顧問でもある米コロンビア大学のジェフリー・D・サックス教授は、著名エコノミストらが寄稿するプロジェクト・シンジケートの22日の電子版で、「ECBはついにルビコン川を渡り大胆なQEを打ち出した。欧州はスタグネーション(景気停滞)から脱する可能性がある。QEはリセッション(景気失速)を断ち切ることができても長期の景気拡大を達成することはできない。(その意味で)効果的な成長戦略でないが、QEは支持されるべき。金融緩和でやれることはすべてやるべきだ」と、ECBの決定を支持。その上で、「最大の問題はドイツがECBにQEによる金融拡大を大胆にやらせる自由を完全に認めるかどうかだ」とし、QEの成否は今後のドイツの出方次第との懸念を示す。

また、同氏は、「米国のノーベル賞経済学者ポール・クルーグマン氏やローレンス・サマーズ元財務長官は、QEは(デフレ回避や景気回復には)効果的ではないと指摘している。特に、クルーグマン氏は『最近、世界経済は“デフレの渦”に飲み込まれて物価の下落で需要が急減し、景気の2番底に陥っており、これ以上金利を下げられないというゼロ金利制約(ZLB)下で、各国中銀はデフレの渦から抜け出すことには無力だ』と主張し、財政出動が必要だというケインズ派経済学の議論を展開しているが、こうした悲観主義者はデフレリスクを誇張している。“デフレの渦”に近づいている米国、また、英国では景気が回復し、失業率も低下し、財政赤字も減少しており、悲観主義者の予想は的外れだ。2008年の世界的な経済危機を適切に評価しなければ有効な処方せんは描けない」と指摘する。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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