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EUはウクライナを救え―ジョージ・ソロス氏が痛烈に批判

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
ロンドンで講演中のジョージ・ソロス氏=筆者が撮影
ロンドンで講演中のジョージ・ソロス氏=筆者が撮影

ウクライナ危機をめぐる欧米とロシアの制裁合戦が世界経済の回復見通しを一段と悪化させている中、EU(欧州連合)は依然として対露経済制裁の継続の構えを崩していないが、加盟28カ国の中には、フランスやイタリアなどのように対露経済制裁の早期解除を主張してロシアへの態度を軟化させる動きも見え始めた。しかし、その一方で、デンマークやポーランドなどは制裁継続か、むしろ一段と強化すべきとする強硬派の考え方も根強い。

こうした中で、ヘッジファンドのソロス・ファンド・マネジメントを率いる著名な投資家、ジョージ・ソロス氏が10月23日付でニューヨーク・タイムズ紙に寄せた「目覚めよ 欧州」と題した記事が波紋を呼んでいる。ソロス氏は、「欧州はロシアから存続の意義を問われるほどの挑戦に直面しているが、欧州の首脳たちも一般市民もこのロシアの挑戦を十分に認識しておらず、また、どう対処するのが最善なのかも分かっていない。EU、特にユーロ圏は2008年の世界的な金融危機以降、どこに進むべきか道に迷っている」とEUを痛烈に批判し、ロシアのウクライナ侵攻を欧州にとっての脅威と受け止め、EUがウクライナを救済することがEUの存在価値を示し、EUの存続を可能にすると主張する。

要するに、ソロス氏は、欧米の対露制裁の是非はロシアを脅威と見るかどうかという根本的な問題に集約されるとしているのだが、その意味で、アメリカン大学モスクワ校のシニア・フェロー、ウィリアム・ダンカーリー氏は、ソロス氏のロシア脅威論を真っ向から否定する。ソロス氏の論文発表後直ちに、ダンカーリー氏はロシアのノーボスチ通信(23日付電子版)のインタビューで、「ロシアを脅威とするソロス氏の論理は事実に裏付けられたものではなく、空想に過ぎない。ソロス氏のような心配性なコメントは、ただ、恐怖を煽り無知な反応を引き起こすだけだ。ソロス氏が主張する対露制裁は全世界に不安を引き起こすだけで、米共和党のジョン・マケイン上院議員の“ソビエト帝国の再現”発言と変わらない」と手厳しい。

ソロス氏はロシア脅威論に関し、「ウクライナのペトロ・ポロシェンコ大統領が9月に訪米した際、バラク・オバマ米大統領にロシアの戦車を止めるため、携帯式防空ミサイル「ジャベリン」の供与を求めたが、ウクライナへの軍事支援によるロシアの報復を恐れて拒否。その代わり、レーダーだけを与えた。欧州も同様に軍事支援には消極的で、欧米はロシアとの直接的な軍事衝突を避けるため、ウクライナにうわべだけの支援を与えている。ロシアはこうした欧米の消極的な態度につけ込んでいる」と述べている。

ソロス氏は10月26日の総選挙で新たに生まれ変わったウクライナの救済こそが強いEUの復活のカギを握ると見る。そのための方策として、ソロス氏は、5項目の救済策を提案した。一つは、IMF(国際通貨基金)が4月にウクライナのデフォルト阻止のため、170億ドル(約1.8兆円)の緊急融資でウクライナと合意し、9月には最悪シナリオを公表して190億ドル(約2兆円)の追加融資を来年末までに合意する必要があると警告したが、ソロス氏は、「IMFは総選挙後、直ちに少なくとも200億ドル(約2.1兆円)の緊急融資と、必要に応じて追加融資も約束すべき」としている。

興味深いのは、ソロス氏は、「ウクライナの自国通貨建てユーロ債の債務約180億ドル(約1.9兆円)を欧米の債務保証付きの長期・低リスクの債務と入れ替えることで、ウクライナの債務負担を軽減でき、リスクプレミアム(ロンドン銀行間取引金利3カ月物に対する上乗せ金利)も引き下げられる」という。さらに、「ウクライナの債務返済額を数年後に削減することで、ソブリン債のデフォルトリスクは低下し、ウクライナからの資本逃避が減り、銀行への取り付け騒ぎもなくなって、ウクライナにある外国銀行も地元への融資がしやすくなる。最終的には、危機が去ればウクライナは国際資本市場で資金調達ができるようになる」と主張する。

ソロス氏、EUはロシアの巧みな戦術学ぶべきと主張

また、ソロス氏はロシアの巧みな戦術をこう分析する。「ウクライナの総選挙後、ポロシェンコ大統領がロシアのウラジーミル・プーチン大統領好みの首相を指名することを条件に、ロシアは天然ガス交渉で譲歩する可能性がある。ポロシェンコ大統領はそれを受諾する可能性がかなり高い。米国との関係でも、ロシアはシリアへのS300ミサイル配備中止で、米国のイスラム国への攻撃を助け、その代わりに、ロシアの影響圏、いわゆる、ニア・アブロードの外交政策を思い通りに実行するだろう。悪いことにオバマ大統領はそれを受け入れる可能性がある」という。さらに、「ウクライナの自主独立性が保たれなければ、イスラム国に対抗する同盟国の団結力もバラバラになる。ウクライナの崩壊はNATO(北大西洋条約機構)やEU、米国にとって重大な損失を招き、EUと米国がロシアとの直接の軍事衝突の危機に晒し、EUは分裂し無政府状態になる」と警告する。

こうしたロシアの巧みな外交戦術に対し、ソロス氏は「EUは自分たちが置かれている状況に真剣に目を向ける時が来た。もし、ロシアに対し、短期的にでも(ウクライナ侵攻を)成功させることを許せば、それは間違いなくEUにとって過失となる。」という。また、EUの存在意義についても、「EUの官僚機構はもはや独占的な権力を振るうことはできなくなっている。EUはより強く団結し、柔軟性と効率性を高めることを学ぶべきだ。ロシアはその柔軟な対応やサプライズな戦術を生み出す能力でEUより優れており、それらが少なくとも短期的に成功を収める上で、ロシアを戦術的に有利にしている」とし、「欧州はロシアの侵攻と戦う新生ウクライナを注意深く見守ることで、EU誕生の原点となった精神を取り戻すことができる。EUがウクライナを救済することはEUが自らを救済することに他ならない」と、強いEUの復活の必要性を指摘する。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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