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混迷深まるウクライナ危機―EU連合協定調印でもロシアは徹底抗戦へ

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
ロシアのプーチン大統領=大統領府サイトより
ロシアのプーチン大統領=大統領府サイトより

ロシアとの軍事衝突の危機に直面している旧ソ連のウクライナ情勢は、同国のペトロ・ポロシェンコ政権が6月27日に危機ぼっ発の端緒となった欧州連合(EU)との連合協定(EU加盟を前提としたEUとの法的枠組みを定めた国際条約)と自由貿易協定に調印したことや、ウクライナへのロシア産天然ガスの輸出停止措置、さらには7月3日に新国防相を指名しクリミア半島奪回の軍事方針を打ち出したことで一段と混迷の度合いを増してきた。

ロイター通信のロビン・エモット記者らは6月28日付電子版で、「ロシアのグリゴリー・カラシン外務次官はウクライナの協定調印後直ちに、インターファックス通信に対し、“重大な結末を招く“と警告したが、ロシアは2008年に旧ソ連のグルジアと戦争状態に入ったことは記憶に新しいように、過去にもEU加盟に動いた旧ソ連の各国はロシアから厳しい貿易制裁を受けている。EUはこうした事態の再発を最も危惧している。もし、ロシアがウクライナへの関税の非課税措置を取り消した場合、ロシアはウクライナの全輸出の24%、年間150億ドル(約1.5兆円)を占めるので、ベースメタルや穀物、機械装置、加工食品などの分野で危機に陥る」と懸念を示す。

また、米議会が出資しているオンラインメディアのラジオ・フリー・ヨーロッパのメルクハット・シャリプザン編集委員は、著名エコノミストらが寄稿するプロジェクト・シンジケートの6月30日付電子版で、「今回の連合協定では、ウクライナのほか、旧ソ連のグルジアとモルドバも政治・経済の安定を目指して調印したが、ロシアはそう簡単にギブアップしない。ロシアの承諾なしに(EU加盟など)地政学的に重要な変更を決定しようとすれば無傷ではいられない」という。

さらに、同氏は、「グルジアでは2008年に、ロシアの承認を得て南オセチア自治州とアブハジア自治共和国が誕生した。モルドバでは2月に分離独立の住民投票を行ったガガウズ自治区の親ロシア派勢力が“連合協定締結でモルドバが主権国家でなくなった”と主張し、分離独立闘争に向かう可能性がある。また、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は4月にクリミア半島の住民のロシア国籍取得を促進する法律を導入したが、来年1月に発足するユーラシア連合(EEU)のカザフスタンやベラルーシのほか、EU加盟国のエストニアとラトビアもこの法律でロシア系住民がロシア国籍に切り替わる可能性がある」と指摘する。

ロシアの真の狙いは?

一方、ウクライナのポロシェンコ大統領は6月30日に同国東部での親ロシア派武装勢力との停戦期限切れを機に、軍事攻勢を強めるため、7月3日にヴァレリー・ゲレテイ陸軍中将を新国防相に任命した。同相は議会演説で、「(クリミア半島のロシア黒海艦隊の母港)セバストポリで勝利パレードを行う」と述べ、クリミア半島の奪回を公約、戦火拡大の恐れが出てきた。これには独仏両首脳も同日、急きょ、プーチン大統領と電話会談し、ウクライナ東部の親ロシア派武装勢力に停戦圧力をかけるよう要請している。

しかし、ロシア問題に詳しい米国務省の元幹部、ジョシュ・コーエン氏は、西側の思惑通りにロシアがウクライナ政府と親ロシア派武装勢力の停戦を受け入れるには条件があるという。同氏は、モスクワ・タイムズへの6月30日付寄稿文(電子版)で、「プーチン大統領は、4月1日の地元テレビ局の視聴者参加番組で、“ウクライナがNATO(北大西洋条約機構)に加盟し、セバストポリにNATO軍の艦船が寄港する事態は決して許さない”と言ったように、ウクライナのNATO加盟阻止のためには全面的な軍事介入も辞さない。つまり、ウクライナが西側陣営の軍事同盟に加わらないという保証がなければ、ロシアは停戦を承認しない」と見る。

また、同氏は、「ロシアはウクライナのEU加盟に対抗するため、ウクライナ東部のドネツク州とルガンスク州を独立国家して扱う連邦国家になるよう提案している。ポロシェンコ大統領は連邦国家には賛成しないだろうが、プーチン大統領はこれによって、両州が独自の経済・外交政策を追求しEEUに加盟させるだけでなく、ウクライナの主権に関わる重要な問題に拒否権を行使することを狙っている。プーチン大統領はこの目的を達成するため、ウクライナ危機を悪化させては鎮静化させるという変幻自在の戦術を取り続ける」と話す。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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