Yahoo!ニュース

ECBの金融政策、遅きに失した!?

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
ドラギECB総裁=ECBサイトより
ドラギECB総裁=ECBサイトより

ECB(欧州中央銀行)は6月5日、デフレリスクを回避しユーロ圏経済を立て直すため、主要政策金利のリファイナンス金利を0.1%ポイント引き下げ過去最低の0.15%としたほか、銀行の中小企業向け貸し出しを促進するために中銀預金金利をゼロ%からマイナス0.1%とし、さらには銀行に対し期間4年、4000億ユーロ(約55.2兆円)の新しい資金供給オペ(LTRO)の採用と、既存の期間3カ月のLTROの継続、証券市場プログラム(SMP、ECBが流通市場で機能不全になった国債などの債券を購入)で市場に放出した資金を預金の形で吸収する不胎化オペの停止による約1700億ユーロ(約23.5兆円)を銀行システムに注入することを決めた。

しかし、市場が注目していたFRB(米連邦準備制度理事会)が実施している大規模な量的金融緩和(QE)の導入には至らず、その代わりに中小企業支援の資産担保証券(ABS)買い切りオペに向けた準備を行うことを表明したのに過ぎない。マリオ・ドラギECB総裁は同日の会見で、「必要であればさらなる措置を講じる。我々はまだ終わっていない」と断言し、“始まり”を強調したが、ECBの金融政策の問題点や今後の課題について欧米の論調を探った。

大和キャピタル・マーケッツ・ヨーロッパのロバート・クエンゼル・ユーロ圏経済調査部長とグラント・ルイス債券調査部長は、ECB理事会の直前の6月2日付の自社ブログで、「利下げという伝統的な金融政策の手法は限界に達した」とし、ECBに残された政策は、ABSの買い切りオペと、より大規模な資産買い取りに踏み込んだFRBのQE政策の導入しかないと指摘していた。今回は、QEは採用されなかったが、「中銀はインフレとユーロ圏の景気見通しが中期的にかなり悪化する見通しが強まったとき、QE導入に踏み切る」と見ている。

しかし、両氏はABS買い切りオペについて、「ECBとイングランド銀行(中銀)が5月下旬に欧州の証券化市場の拡大と効率化を阻む問題点を共同で発表したように、ABS市場の流動性を拡大し市場の透明性を高めるには時間がかかるので、ABS買い切りオペは中期的な目標にすぎず、ECBがすぐにABS買い切りオペを開始できる状況にはない」、「新しいLTROや中銀預金金利のマイナス金利の政策も景気には大きな効果は発揮できず、景気を少しだけ刺激し、ユーロ上昇を少しだけ抑制する程度に終わる」と悲観的だ。

また、英国中銀のビッド・ブランチフラワー元金融政策委員(現在は米ダートマス大学経済学部教授)は英紙インディペンデントの6月8日付電子版で、今回のECBの金融政策の決定について、「FRBが2008年にQEを開始したとき、英国中銀も2009年にはQEを導入した。しかし、ECBはQEの準備をすべきだったのにそうしなかった。ECBはいつも昨日すべきだったことを明日まで引き延ばす傾向がある。今回の金融政策が発表されるまで6年間も先延ばしされたので効果が現れるにはかなりの時間がかかるだろう。遅きに失したというのはこのことだ」ときっぱり。また、「ECBは金融政策の決定と同時に、ユーロ圏GDP(国内総生産)伸び率の見通しを2014年は1%増へ、インフレ率も2014年は0.7%上昇へいずれも下方修正したが、どちらの予測もかなり楽観的で、これはいつもの通り(後手に回っている)」と、ECBの対応の遅さを痛烈に批判する。

ユーロ圏からの資金流出が最大のリスク

ところで、ECBが最も懸念しているのは実は、ユーロ圏の景気後退やデフレではないという論調がある。米経済紙ウォール・ストリート・ジャーナルのブライアン・ブラックストーン記者らは5月28日付電子版で、ECBは最新リポートに基づいて、「これまでユーロ圏の景気回復期待やユーロ圏の資産に割安感があったため、資金が流れ込み、そのおかげでユーロ圏の銀行は安い資金調達コストを享受できていた。しかし、景気回復期待が萎み、今後はこの資金流入の巻き戻し(資金流出)が起こる可能性が高く、欧州の金融市場の最大のリスクとる」と指摘する。「実際、ECBの昨年11月に発表した「金融安定報告書(Financial Stability Review)」で、資金流入の巻き戻しのリスクは金融市場にとっての数あるリスクの中で3位にランクされていたが、今回5月の同報告書ではトップに浮上し警告レベルは最大級となった」という。

ECBは新たな資金流出リスクに加え、ウクライナ東部をめぐる情勢悪化でユーロ圏各国の経済にも悪影響が及ぶ可能性や石油・ガスの価格上昇や供給減少、輸出減少などの景気下振れリスクに晒されている。ロイター通信は6月5日付電子版で、「ECBは5日に発表した調査で、ユーロ圏のロシアからの天然ガス輸入は全体の25%、石油は30%も占める一方で、ユーロ圏の銀行のロシア債権もユーロ圏全体のGDPの1%にも達していることから、対ロシア制裁が長期化すれば、石油価格の上昇やロシアからの供給減少、さらには東欧の経済危機がユーロ圏に間接的に影響を及ぼすほか、ユーロ圏の一部では食品や農業、不動産、観光、銀行などのセクターに悪影響が及ぶと指摘している」と伝えている。

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

増谷栄一の最近の記事