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評価高いイエレン米FRB議長、調整能力に長けたハト派?

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
イエレン新FRB議長=サンフランシスコ地区連銀サイトより
イエレン新FRB議長=サンフランシスコ地区連銀サイトより

FRB(米連邦準備制度理事会)は昨年12月に第3弾量的金融緩和(QE3)の段階的縮小を今年から開始することを決め、米国経済は新たな局面を迎えた。しかし、ベン・バーナンキ議長が任期満了に伴い表舞台から去ったあと、金融政策決定のカナメであるFOMC(公開市場委員会)のメンバーは今後、どのように債券買い入れ規模を縮小し、また、いつ終わらせるかが市場の焦点となっている。

特に、欧米の市場では、2月1日から正式にFRBの新議長に就任するジャネット・イエレン副議長(元サンフランシスコ地区連銀総裁)がどのように市場と対話しながら、景気バブルに配慮する、いわゆるインフレリスク重視のタカ派(強硬派)と、景気リスクを重視しもう一段の景気刺激を求めるハト派(金融緩和派)に分かれる、論客揃いのFOMCを一つにまとめていくか、その手腕に注目している。

ドイツ保険大手アリアンツ傘下で世界最大の債券ファンド投資会社パシフィック・インベストメント・マネジメント・カンパニー(ピムコ)のモハメド・エルエリアンCEO(最高経営責任者)は、イエレン次期議長(67)が、参謀役に世界銀行のチーフエコノミストで、イスラエル経済をリセッション(景気失速)から立ち直らせる救世主となったイスラエル中央銀行の元総裁のスタンリー・フィッシャー氏をFRB副議長に起用した点に注目している。イエレン氏の特集記事を掲載した米タイム誌のラーナ・フォルーハー記者は1月20日号で、「エルエリアン氏は、イエレン氏とフィッシャー氏のコンビは“ドリームチームになる”と指摘しているが、こうした評価は多くの著名な投資家や内部関係者(インサイダー)も同じ考えだ」と指摘する。さらに、「エルエリアン氏は、“イエレン氏は(FOMCを)お互いに協力しあう、一つのチームにまとめあげる能力を持っている。これにフィッシャー氏の経済に対する深い創造力とビジョンを合体することができる”と見ている」と語る。

イエレン氏は、サンフランシスコ地区連銀総裁当時はインフレリスク重視のタカ派として知られていたが、2012年11月13日にカリフォルニア大学で開かれた講演会では、「長期インフレ期待がしっかりと抑制されているならば、QE3の縮小でインフレが一時的、かつ緩やかに物価目標(2%上昇)を上回ることによるマイナス面と、失業率がハイペースで目標値(6%)を下回ることによるプラス面の両方のバランスがうまく取れるように政策金利を決めることが最適の金融政策だ」と、ハト派発言に終始し市場の注目を集めた。

タカ派は両方のバランスに配慮せず、とにかくインフレ抑制のために金融引き締めを主張し、そのためには、多少、景気が悪化し失業率が上昇しても構わないという考え方をするが、イエレン氏は両方のバランスに配慮した金融政策を支持したので、ハト派と見られたわけだ。

このイエレン発言について、FRBの金融政策を追い続けている、いわゆる“FEDウォッチャー”の一人、米オレゴン大学のティモシー・ドゥーイ教授は、同日付の経済評論サイト「エコノミスト・ビュー」で、「イエレン氏は(講演で)今後目指すべき最適の金融政策への道筋について何度も言及したことで、FRBの市場との対話戦略は変わった」と話す。その上で、同教授は、「イエレン氏は講演でハト派を印象付けた。インフレと失業率の2つの明確な目標に基づいて金融政策を転換すべきだと主張するシカゴ地区連銀のチャールズ・エバンス総裁やミネアポリス地区連銀のナラヤナ・コチャラコタ総裁の立場を支持したと言える。今後、FRBはこの方向に進むだろう。しかし、これは今後、現在の大規模な量的金融緩和はそう簡単に縮小するのは難しくなることを意味する。もし米経済が悪化すれば、FRBが取りうる金融政策はいずれ弾切れとなり、最後の頼みの綱は財政政策となるが、厳しい財政事情下ではそれも期待できず手の打ちようがなくなる」とし、イエレン新議長は新たな課題に直面すると懸念を示す。

一方、英紙デイリー・テレグラフは、米国の新進気鋭エコノミスト、エバン・ソルタス氏の見解を引用して、イエレン氏を“ハト派の衣服を纏ったタカ派”と、辛口な論評を掲載している。昨年10月9日付電子版で、記者名は明かさず匿名で、「バラク・オバマ米大統領が次期FRB議長に指名したイエレン氏はFRBの中で景気刺激による完全雇用(非自発的失業者がいない状態)の達成を目指すハト派のど真ん中に鎮座しているが、一部では、いつまでも“ハトの巣箱”に入ったままではいられないと見ている」と述べている。

同紙はイエレン氏の本質がタカ派だとしている根拠として、イエレン氏は2008年に米国を襲った住宅バブルの崩壊とシャドー・バンキング(銀行以外の金融機関が行う金融仲介)の危険性を“体験”してきたことを挙げている。「かつて、イエレン氏は2007年7月に、FRBの同僚に、“住宅セクターは体重600ポンド(約270キロ)の巨大なゴリラが部屋の中にいるようなものだ。住宅価格が急落し、住宅ローンの債務不履行が急増して住宅市場がどんどん悪化していくリスクを考えると身の毛がよだつ”と語っていた」という。

しかも、イエレン氏は2007年12月当時、ニューヨーク連銀のウィリアム・ダドリー総裁がサブプライム住宅ローン(信用度の低い顧客への融資)の債務不履行で経済への悪影響は起きないと主張したことに対し、「クレジットクランチ(極端な金融逼迫)とリセッションの可能性は現実味がある」と噛みついたという。その上で、「市場はイエレン新議長の下でQE3の段階的縮小はゆっくり進められ、金融緩和は思ったよりも長く続くと信じているようだが、イエレン氏はいつまでも金融緩和を支持するとは考えられない。ソルタス氏が言うように、インフレが高じてくればイエレン氏はかつて1996年に猛烈に利上げを主張したようにタカ派に戻る」と見ている。

しかし、ドイツ週刊誌大手デア・シュピーゲルのミリヤム・ヘッキング記者は1月7日付電子版で、「イエレン氏は、夫でノーベル経済学賞受賞者のジョージ・アカロフ氏と過去に共同で失業問題について研究していた実績があり、サンフランシスコ地区連銀総裁となった2004年以降、インフレの低下よりも失業率の低下の方が重要というハト派の姿勢を示してきている」と指摘する。また、英BBC放送の経済部デスク、ロバート・ペストン氏も昨年10月9日付電子版で、「イエレン氏は、失業率を低下させるため、月850億ドル(約8.7兆円)の債券買い入れによる長期金利の低下を促す現行のQE3を考案し支持してきた人物なので、インフレリスクが看過できないほどにならない限り、是が非でもインフレを抑え込むため、金融引き締めに戻るようなことはしない」と楽観的に見ている。

さらに、同氏は、「イエレン氏はFRB議長として、米議会が新年度予算で合意できない現状に対し事態の収拾に乗り出すだろう。行政機関の一部閉鎖がまた起きないとは限らず、米国がデフォルトになる恐れがある。今後、イエレン氏は、うまく行って、ここ数週間でやや陰りが出てきた米経済を引き継ぐか、最悪の場合には、2008年当時と変わらない世界的な金融危機に取り組まざるを得なくなる可能性がる。従って、最低限でも、量的金融緩和を長期にわたって維持し流動性を潤沢に供給することになるだろう」と見ている。

デア・シュピーゲルは、イエレン氏に対しては好意的な論調だ。アン・セス記者は昨年10月14日付電子版で、イエレン氏とFRB議長ポストを争ったオバマ米大統領の元経済問題顧問、ローレンス・サマーズ氏(元財務長官)を比較して、「サマーズ氏が傲慢でアクの強いことで知られるのと違って、イエレン氏は落としどころを見つける調整能力の高さは政敵すら舌を巻くほどだ」と、高評価を与えている。

イエレン氏のFRB内部の調整能力と市場との対話能力の高さについては、米経済紙ウォール・ストリート・ジャーナルも1月17日付電子版で、米コミュニケーション分析会社クオンティファイド・インプレッションズが2万4000人もの膨大な標本データに基づいてイエレン氏と歴代のFRB議長であるポール・ボルカー氏、アラン・グリーンスパン氏、ベン・バーナンキ氏の4氏を定量分析した結果を紹介し、イエレン氏に高評価を与えている。「明瞭度」と「信頼度」、「自分の考えに対する自信度」の3点から分析した結果、イエレン氏は信頼度で1位、明瞭度ではボルカー氏に次いで2位と高いが、自信度では最下位となっている。しかし、同社では「何歳までの教育を受けた人がイエレン氏の発言を理解できるかという調査では12.8歳で、ボルカー氏の14.6歳、グリーンスパン氏の15.9歳、バーナンキ氏の18歳より若い。これは中学1年生でも難解な金融政策についてのイエレン氏の発言内容が理解できるというコミュニケーション能力の高さを示す」とし、評価はすこぶる高い。

米経済専門オンラインメディア、CNNマネーのパトリシア・セラーズ記者は1月10日付電子版で、「イエレン氏が100年のFRBの歴史の中で初の女性議長となるということは、米自動車最大手ゼネラル・モーターズのメアリー・バーラ最高経営責任者と並んで、いかに女性のトップが時代をけん引していくかを示す画期的な出来事だ。また、女性のラエル・ブレイナード元財務次官もFRB理事に指名され、この3人の女性の躍進ぶりは、女性ががむしゃらに男性と競って働いていた時代からは隔世の感がある」と、時代の変化を強調する。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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