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“脱”緊縮財政に動き出すEU―「高失業率を招く」と軌道修正

増谷栄一The US-Euro Economic File代表

景気後退と債務危機に揺れるユーロ圏の今年5月1日のメーデーは大荒れとなった。なかでも失業者がすでに620万人を超え、失業率も過去最高の27.2%に達したスペインでは、債務危機の唯一の解決策としてEU(欧州連合)の指導の下、マリアーノ・ラホイ政権が導入した過酷な緊縮財政と増税への国民の怒りが一気に爆発した。これを機に、

緊縮財政政策の緩和の必要性を示唆したレーンEC副委員長=ECサイトより
緊縮財政政策の緩和の必要性を示唆したレーンEC副委員長=ECサイトより

スペインやイタリア、フランスの各国政府は緊縮財政から景気重視の積極財政路線への転換を宣言し、さらには緊縮財政を提唱するドイツでも野党からドイツの脱ユーロを求める動きが強まってきた。一方、英国では脱緊縮財政ではないが、EU当局への権限集中に反発するキャメロン政権が経済界の支持を得て脱EUを決める国民投票の実施に法的拘束力を持たせる法案の制定に向かって大きく動き出している。

EUがユーロ圏債務危機の唯一無二の解決策として、危機国に課してきた緊縮財政・増税路線から景気重視路線への転換について、欧州政策研究所(CEPS)のダニエル・グロス所長は、著名エコノミストらが寄稿するプロジェクト・シンジケートの5月8日付電子版で、「公的債務(国・地方の借金)には国民の債務に由来するものと、外国の債務に由来するものがあるが、両者は全く別物だ。つまり、ユーロ圏危機は、対内債務というより対外債務の問題から発生している。従って緊縮財政では対外債務の危機を克服することはできない」と言い切る。

ユーロ圏、今年の成長率はマイナス0.4%へ

一方、EU当局の上層部にも最近は、緊縮財政の一辺倒では悪化した経済状況を立て直せないという認識が浸透してきている。EUは5月3日に発表した春季経済予測で、今年のEU加盟27カ国全体の経済成長率は0.1%減(前回2月予想時は0.1%増)、ユーロ圏の17カ国でも0.4%減(同0.4%減)とリセッションに入り、失業率もEU全体で今年と来年はいずれも11.1%、ユーロ圏でもそれぞれ12.2%と12.1%と、いずれも過去最高を記録すると予想している。特に、スペインとギリシャの今年の失業率は27%の過去最高に達すると予測している。

この結果について、EC(欧州委員会)のオッリ・レーン副委員長(経済・通貨担当)は会見で、単年度財政赤字の対GDP(国内総生産)比3%以下の達成期限について、フランスは15年まで、スペインは16年まで、また、今年の成長率が0.8%減になるユーロ圏中核国オランダ、さらにはスロベニアと非ユーロ圏のポーランドも3%基準の達成期限を延長する必要性を指摘している。

このレーン副委員長の発言について、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルのマティーナ・スティービス記者らは5月3日付電子版で、「EU当局は、加盟国の経済状況が悪化しているため、各国は緊縮財政政策を緩和する必要があることを示唆した。EU当局のこうした(緊縮財政策の手綱を緩める)動きは、過去5年間で3回目のリセッションと数十年ぶりの高失業率を招いた、厳格な緊縮財政政策に対する大きな軌道修正だ」と指摘する。

イタリアでは2月の総選挙で勝利したエンリコ・レッタ政権が早々と脱緊縮財政を宣言し、4月30日にはユーロ圏最強国ドイツで講演した際、「我々のターゲットは財政赤字ではない。国民が元通り働けるようにすることだ」と述べ、ドイツに対し緊縮財政主義を放棄して成長優先に転換するよう要求している。

フランスも脱財政緊縮を主張

フランスでもピエール・モスコヴィシ財務相が5月5日、地元ラジオ局ヨーロッパ1で、「緊縮財政は成長を阻害する。我々は独断的な緊縮財政主義の終焉を目撃するだろう」と述べている。ドイツでも1999年に欧州統一とユーロの導入の急先鋒だったオスカー・ラフォンテーヌ元財務相でさえも自身が所属する左翼党の最近のウェブサイトで、「ドイツはスペインやギリシャ、ポルトガルに対し、賃金・物価を低下させるというインターナル・デバリュエーション(内的減価)を実行させているが、フランスと南欧諸国は遅かれ早かれドイツの欧州覇権主義への反撃を開始するだろう」と指摘。その上で、「このままだとユーロは大惨事になる」とし、脱ユーロを主張している。

追い打ちをかけるように、今度はオランダがユーロ圏危機の新たな台風の目になる可能性が出てきた。米経済情報専門サイトのマーケットウォッチのマッソー・リン記者は5月8日付で、「低金利と大量の投機資金がオランダの不動産市場に流れ込んだ結果、住宅価格は2008年のピーク時にはユーロ導入時に比べ2倍となった。しかし、今やバブルは崩壊し住宅価格はすでにピーク時から16.6%も低下しているが、年末までにさらに7%低下する見通し。住宅所有者の多くが債務超過となり、個人債務額も所得収入の250%に達している。これはスペインの120%の2倍以上で、アイルランドやギリシャ、キプロスなどの危機国よりも高い。オランダの銀行セクターの不動産融資額は6500億ユーロ(86兆円)だが、その価値も急減に目減りしており、不動産市場の崩壊はすぐに金融システムの崩壊となる」と警告している。 (了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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