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いじめを解決する「当事者」とは誰か?-求められる“保護者の主体性”

真下麻里子NPO法人 ストップいじめ!ナビ 理事/弁護士
(写真:イメージマート)

いじめ防止対策推進法(以下、「いじめ防止法」)が施行されてから約9年。いじめによる痛ましい事件は後を絶たず、その度に学校や教育委員会による“不適切な対応”が数多く報道されています。今、教育現場では何が起きているのでしょうか。

年間1000件を超えるいじめ相談に対応しているNPO法人「プロテクトチルドレン」代表の森田志歩さんに、いじめ問題の現状や問題点、今後の展望などについて聞きました。

■ 子どもが置き去りにされている現状

―森田さんが代表を務めるNPOは、先日、全国3万人の小中高生を対象に、いじめ問題に関するアンケート調査を行いました。なぜ子どもを対象にこうした調査を行おうと考えたのでしょうか。

小中高生、いじめ防止法「知ってる」1割未満 

こども家庭庁「こどもの意見聞いて」 

3万人アンケートで(東京新聞)

https://www.tokyo-np.co.jp/article/173522

森田:私は日々、数多くのいじめ問題に関わっていますが、ほとんどの事案に共通して感じることは「子どもが置き去りにされている」ということです。本来ならば、子どもの想いを理解せずに、子どもを救うことなどできません。

しかし、そうした子どもの意向を把握しないまま、大人だけで議論を進めてしまう傾向があるのです。いじめ問題においては「まずは子どもの意向を把握する」という姿勢が非常に大切だと思います。

―「こども家庭庁」が来年4月に発足すると言われていますが、そうした子どもに関わる政策などにも子どもの意見を反映させた方がよいということでしょうか。

森田:もちろん、それは反映させた方が良いです。どのような形で子どもの意見を反映させていくかは今後活発に議論されるべき問題だと考えています。

他方で、政策や法律という場面に限らず、個々のいじめ案件においても、子どもは置き去りにされているのが現状です。その点については強い危機感を覚えています。

―具体的にはどのような形で置き去りになってしまっているのでしょうか。

森田:私のところには年間1000件以上の相談が来ますが、そうした案件のほとんどは、保護者と学校や教育委員会の感情的対立がかなり激しく、協力関係を築けなくなっているものです。

つまり、多くの時間が「子どもをどう守るか」という議論ではなく、大人同士の対立に割かれてしまっているのです。

写真:アフロ

■ 学校や教育委員会ばかりが“不適切な対応”をしているのか

―どのような点で対立してしまうのでしょうか。報道などでは、学校や教育委員会の情報隠ぺいなど“不適切な対応”を見聞きします。そうした対応に保護者が反発して対立感情が生じているのでしょうか。

森田:確かに、いじめ防止法に則った対応ができていない学校や教育委員会はたくさんあります。しかし、いじめ問題に適切に取り組む学校や教育委員会が存在するのも事実であり、その数はけっして少なくありません。隠ぺいなどの一般的なイメージは、報道等の影響で出来上がってしまったのではないでしょうか。

いじめ防止法が施行されてから約9年が経過し、改正議論も行われている中、現状を踏まえて特に議論された方がよいと感じるのは「保護者はどう対応するのが適切か」という点です。

私が担当する案件のうち、半数近くは保護者側の“不適切な対応”によって感情的対立が激しくなっています。結果、どんどん子どもが学校に戻りづらくなり、日常を取り戻せなくなっているのです。

―具体的にはどのような“不適切な対応”が行われているのでしょうか。

森田:簡単に言えば無理な要求や子どもの意に反した要求をしてしまうのです。わかりやすい例で言うと、

・「子どもの登下校に付き添え」と担任に要求してしまう。

・「休み時間ごとに子どもの様子を見に行って報告してほしい」と求めてしまう。

・連絡帳に、十数ページにわたる要求を何度も書いてしまう。

・事実を確認せず「落とし前をつけろ」、「責任を取れ」などと恫喝してしまう。

・「いじめを認めろ」などと、年間数千件ものメールを校長に送ってしまう。

・事実を確認しようとした担任に「ウチの子を疑うのか!」と激高してしまう。

・自分が納得するまで連日校長室に押しかけたり、夜遅くに何度も電話をかけたりしてしまう。

などです。

―かなり極端な例のように聞こえますが、実はこの中のいくつかは、私が弁護士業務を行う中でも複数の学校で耳にしたことがあります。

森田:最も多いと言っても過言ではない例を挙げれば、自分の子どもが相手に行ったことを過小評価したり、なかったことにしたりしてしまう例や、“やられたことだけ”をことさら大げさにSNS等に書き立ててインターネット上で賛同を得、加害者とされる子を追い詰めるようなことをしてしまう例です。

そうした例の中には、自分の子どもの話だけを鵜呑みにして、最初から学校や教育委員会に相談ではなく“抗議”している例や、事実関係の調査に協力的でない例なども多いです。

―それは本当によくある例ですね。「悪いところがあるから、いじめられてよい」ことにはけっしてなりませんが、だからといって被害者側の保護者が何をしてもよいわけではもちろんありません。

SNSの例などは、場合によっては名誉毀損等、その保護者自身が“加害者”になってしまう可能性もあります。

保護者としては自分の子どもが心配で、つい必死になってしまうのでしょうが、それが行き過ぎてしまうのはやはり問題ですね。

写真:イメージマート

森田:「心配だから必死になってしまう」というのは、その通りだと思います。他方で、保護者自身の正義感やプライド、加罰感情のようなものも大きく影響しています。

多くの場合、子どもはただ「安心したい」、「守られたい」と願っています。

でも、保護者は加害者や学校側を許せない。だから、それらに対する責任追及ばかりに気を取られてしまいます。子どもの気持ちよりも自分の腹立たしさを解消することを優先してしまうのです。

もちろん、子どもを心配する気持ちがあってこそでしょうが、そうした保護者の対応は結果として子どもを守ることには全くつながりませんから、本末転倒です。

事実、私は子どもからも月に5、60件の相談を受けるのですが、半数が「親を何とかしてほしい」というものです。保護者のせいで自分の居場所が学校になくなってしまった等、いじめや友達関係の悩みに加えて、保護者の行動でさらに追い詰められてしまっています。

―やはり、最初に森田さんがおっしゃった「まずは子どもの意向を把握する」という姿勢が非常に重要ですね。保護者の義憤それ自体はもちろん尊重されなければなりませんが、子どもとの関係では「いったん脇に置く」という姿勢が求められるのかもしれません。極めて難しいことだとは思いますが。

森田:そうですね。難しいですが、子どもを守るためにはとても重要なことです。

■ いじめ問題を“自分事”として学んでおく

―他方で、先ほど森田さんが指摘した通り、いじめ防止法に則った対応をできていない学校や教育委員会はたくさんあります。そうした対応にNOと言っていくこともとても大切です。

森田:その点は間違いなく大切です。だからこそ保護者に求められるのは、いじめが起きる前に、学校に何を求めることができて、何を求めることができないのかを“自分事”としてしっかりと学んでおくことだと思います。

―私がいじめ防止の啓発活動を行っていて最も悩ましく感じているのがその点です。いじめの問題は、起きる前にこそ「起きたらどうするか」を議論し、みんなで学び合っておくことが大切です。起きた後は、感情的な対立でそれが困難になるからです。

この点、子どもや教員のみなさんは、私たち弁護士を呼んで講演会やWSを開催するなど比較的スムーズに学び合いができます。しかし、保護者はとても難しいです。「一番届いてほしい保護者ほど、そうしたものに関心を示さない」などとPTAの方から言われることも多々あります。

森田:先ほど“自分事”と言ったのはそういう趣旨です。本来、大人は「自分の子どものことだけ考えていればよい」わけではないはずです。自分の子どもだけではなく、その友達も含めて「誰も被害者にも加害者にもさせない」という意識が必要です。

多くの学校ではそうした姿勢があり、だからこそ保護者と対立してしまうこともあるのですが、少なくともそれを実現するために学ぼうとはしています。

過剰な要求をしてしまう保護者は、いじめ防止法のこともよく知らずに“被害者”という立場だけを押し通そうとしてしまうのです。

NPO法人プロテクトチルドレン代表の森田志歩さん(写真は本人提供)
NPO法人プロテクトチルドレン代表の森田志歩さん(写真は本人提供)

■ 確認したいのは「学校いじめ防止基本方針」

―保護者が「学ぶ」ためのツールとしては、いじめ防止法や文部科学省の「いじめ防止等のための基本的な方針」などがあります。ただ、それらを読むのは少しハードルが高いという場合、各学校に作成が義務付けられている「学校いじめ防止基本方針」(法13条)を確認するとよいですね。

森田:そうですね。多くの学校では公開されています。されていない場合は、学校に求めれば開示してくれるはずです。学校いじめ防止基本方針には、各学校のいじめ対策が明示されているので、いじめが起きたときの学校の対応がわかります。

時折、ほとんど中身がないといえるような学校いじめ防止基本方針を作成している学校がありますが、そうした学校の在り方を許してしまっているのは保護者が声を上げないことも一因です。保護者も主体的に学校のいじめ対策に関わっていくことがとても大切です。

ですから私は、学校いじめ防止基本方針には「保護者の宣言」や「保護者のかかわり方」を明記した方がよいと考えています。もちろん、学校が一方的に作成するのではなく、学校と保護者が協力しあって保護者のかかわり方を検討し、作成していくことが大前提です。

―確かに、保護者が当事者としていじめ対策に関わることができれば、先生方の対応の流れやその意味も理解できますから、いじめが起きてしまったときに「あれしてくれ、これしてくれ」といった過度な要求は必要なくなるかもしれません。

写真:アフロ

■ いじめ対策のこれから

―最後に、いじめ対策のこれからについて森田さんのご意見をお聞かせください。

森田:問題が多岐に渡りすぎていて、どの点から改善していけばよいのか頭を抱えるところです。

ただ明確なのは、学校の問題は学校の問題として、教育委員会の問題は教育委員会の問題として多くの報道がなされ、様々な角度から検討がなされています。

しかし、保護者の問題については、あまり報道もされず、ほとんど検討されていません。子どもと最も近いのは保護者ですから、この点を避けたまま問題の解決を議論していくのは不可能だと思います。

いじめ防止法9条(※)には保護者の責務も明記されていますから、今後はもっと保護者の主体性が育まれるような対策が必要だと思います。

―学校や教育委員会ばかりが“教育現場”ではありませんから、そうした視点は非常に大切ですね。ありがとうございました。

保護者が子どもを心配するのは当たり前のことですし、被害者の保護者が加害者や学校側に憤るのも当然です。しかし、その気持ちが子どもを追い詰めてしまっては、森田さんがおっしゃる通り本末転倒です。

近年、子どもの主体性を育む教育が重視されていますが、少なくともいじめ問題に関しては、保護者の主体性も非常に重要だと思います。保護者がいじめについて学び、学校と協力し合う姿勢を見せることができれば、子どもの安心につながるだけでなく「主体的・対話的で深い学び」のお手本にもなりうるのではないでしょうか。

一朝一夕で解決できない難しい問題であるからこそ、多くのご家庭で「いじめとのかかわり方」を一度ゆっくり検討してみることが今求められています。

※ いじめ防止対策推進法第9条

(保護者の責務等)

第九条 保護者は、子の教育について第一義的責任を有するものであって、その保護する児童等がいじめを行うことのないよう、当該児童等に対し、規範意識を養うための指導その他の必要な指導を行うよう努めるものとする。

2 保護者は、その保護する児童等がいじめを受けた場合には、適切に当該児童等をいじめから保護するものとする。

3 保護者は、国、地方公共団体、学校の設置者及びその設置する学校が講ずるいじめの防止等のための措置に協力するよう努めるものとする。

4 第一項の規定は、家庭教育の自主性が尊重されるべきことに変更を加えるものと解してはならず、また、前三項の規定は、いじめの防止等に関する学校の設置者及びその設置する学校の責任を軽減するものと解してはならない。

NPO法人 ストップいじめ!ナビ 理事/弁護士

早稲田大学教育学部理学科を卒業し、中高の教員免許(数学)を持つ弁護士。宮本国際法律事務所所属。NPO法人ストップいじめ!ナビ理事。全国の学校でオリジナルのいじめ予防授業や講演活動を実施するほか教職員研修の講師も務めている。著書に「教師もできるいじめ予防授業」「幸せな学校のつくりかた―弁護士が考える、先生も子どもも『あなたは尊い』と感じ合える学校づくり」(教育開発研究所)共著に「こども六法練習帳」(永岡書店)「ブラック校則」(東洋館)「スクールロイヤーにできること」(日本評論社)がある。TEDxHimi 2017「いじめを語る上で大人が向き合うべき大切なこと」はYouTubeにて公開中。

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