八ッ場ダムを必要としているのは誰か?

吾妻渓谷を破壊中の八ッ場ダム工事(2017年10月29日筆者撮影)

 紅葉の季節に吾妻渓谷を訪れた。谷が狭まったところに、八ッ場ダム堤体が工事中だ。赤白のクレーンが上流側の「八ッ場大橋」から見える。

2017年10月29日筆者撮影
2017年10月29日筆者撮影

 工事が計画通り進めば2019年度に完成、事業費は5320億円となるが、八ッ場ダム基本計画は5回の変更を経たもので、当初は「1985年度完成、事業費2110億円」。小さく産んで大きく育てる事業(*1)の、これも事例だ。

 この日、「紅葉のダム予定地見学会」を催したのは八ッ場あしたの会。雨模様だった。八ッ場ダム予定地の他、ダムに流れ込む強酸性の水を「中和」する事業地などを回った。

2017年10月29日筆者撮影
2017年10月29日筆者撮影

 移転済みの川原湯温泉の共同浴場「王湯」の跡(上写真)では、湯船の左脇下からお湯がまだ湧き出ていた。その向こうに続く川原湯温泉街は跡形もない。

かつての王湯(2014年9月13日筆者撮影)
かつての王湯(2014年9月13日筆者撮影)
王湯跡(同じ角度から2017年10月29日撮影)
王湯跡(同じ角度から2017年10月29日撮影)

中和事業~品木ダム~産廃処分場のブラック・ツアー

 国土交通省関東地方整備局品木ダム水質管理所の「草津中和工場」(群馬県吾妻郡草津町)前に到着。

 ここでは河川施設などで使うコンクリートや鉄が溶けないための中和事業が行われている。中和事業とは、強酸性の川の水を石灰(せっかい)で中和する事業だ。

2017年10月29日筆者撮影
2017年10月29日筆者撮影

 ここ「草津工場」では3本の巨大タンクに石灰が貯蔵され、草津温泉から流れ込む湯川に、橋の下から川の水に混ぜた石灰がチョロチョロと投入されている。

 もう一ヶ所ある香草工場では、白根山から湧き出る谷沢川と大沢川を中和。1年365日24時間、1日で約60トン(草津工場50トンと香草工場10トン)もの石灰が川に投入される。

2017年10月29日筆者撮影)
2017年10月29日筆者撮影)
2017年10月29日筆者撮影
2017年10月29日筆者撮影

 透明な湯川(上写真)に石灰入りの川水が投入されると、白濁した川(下写真)となる。

2017年10月29日筆者撮影
2017年10月29日筆者撮影

 こうして3本の川を中和してできる副産物「中和生成物」を沈殿させるため「品木ダム」が1965年に完成した。

2017年10月29日筆者撮影
2017年10月29日筆者撮影

 pH2~3の川が品木ダムまでにpH5~6になる。中和生成物が流れ込む湖尻は異様な姿をさらしている。

2017年10月29日筆者撮影
2017年10月29日筆者撮影

 ダムに溜まった中和生成物がダムを埋め尽くす前に、浚渫事業が1988年度から始まった。

2017年10月29日筆者撮影
2017年10月29日筆者撮影

 ヒ素を含む浚渫物は、品木ダムの集水域(旧六合(くに)村、現中之条町)にある谷を「最終処分場」にして捨てている。

 案内役を務めた八ッ場あしたの会の渡辺洋子さんは、「『管理型』と書いてありますが、『管理型』に敷かなければならない遮水シートを、ここは敷いてありません。国土交通省は地下に染みこむヒ素は『品木ダムに戻るから』と。群馬県もそれを許可してしまいました」と述べる。

2017年10月29日筆者撮影
2017年10月29日筆者撮影

 品木ダム水質管理所の宮崎専門官はそれを認め、「それだけじゃなくて、埋める時にセメントで固化処理をしています」という。

 つまり、ここは、水の通り道である谷に、セメントで固めたヒ素入り浚渫土砂が埋まっている場所だ。

 

 宮崎専門官によれば、ヒ素濃度は「ダムの底の真ん中(湖心)の浚渫土は1kgにつき1400mg(2016年5月データ)」。

 環境基準では、農地で土壌1kgにつき15mg未満としているから、その93倍にあたる。

 品木ダムの浚渫土砂を捨てるこのような処分場は現在すでに3つになったと言う。

案内役を務めた渡辺洋子さん(10月29日筆者撮影)
案内役を務めた渡辺洋子さん(10月29日筆者撮影)

 渡辺洋子さんは、「このように浚渫土砂で谷を潰していくやり方には限界がある。八ッ場ダムを作ってしまえば、永遠にこの中和事業を続けなければならない」と警告を鳴らす。

 八ッ場ダム工事事務所は現在「やんばツアーズ」の宣伝に余念がないが、渡辺さんは「『中和工場』と『品木ダム』と『産廃処分場』を巡り、負の側面を見せるブラック・ツアーをやってはどうか」と皮肉る。今回は八ッ場あしたの会が実践してみたことになる。

 八ッ場ダム構想のきっかけとなった昭和22年(1947年)のキャスリーン台風からは70年が経過(*2)した。八ッ場ダムを必要としたのは、いつ、どこの、誰だったのか。もはや、事業者すらも、説明自体が虚しく感じる時間が経過したのではないか。

(*1)大阪府が半世紀をかけ「小さく産んで多く育てる」安威川ダム(11月9日)

(*2)八ッ場ダム事業概要パンフレット(国土交通省 関東地方整備局 八ッ場ダム工事事務所、12月19日参照)