石木ダム:2012年の河川官僚バリケードが招いた2017年の住民座り込み(中)

大型ダンプの脇に座り工事を阻止する住民(2017年8月29日、支援者撮影提供)

 2012年に河川官僚が住民を排除して「検証」したダム事業の予定地で、地権者らが抗議の座り込みを行うようになった経緯の続き。

 2012年4月に開かれた2度目の「第22回 今後の治水対策のあり方に関する有識者会議」の冒頭では、奥田建副大臣(当時)が「前回は会議にふさわしい環境を国交省として準備できませんでしたことをこの場をかりておわびを申し上げます」と挨拶した。

 詫びるべきは人間バリケードに阻まれながら、廊下で「傍聴」を求めて叫び続けている住民に対してであることに気づいていないようだった。

非公開を求める「中立」「冷静」な「有識者」?

 続いて、1931年生まれ(現在86歳)の元河川官僚の中川博次座長が口を開いた。

 中川座長は、常に聞き取れないほど不明瞭で小さな声で話をする。公開された議事録で確認すると、後輩官僚が書いた原稿を次のように読んでいた。

 「当有識者会議は原則として非公開としておりますが、第12回の会議以降は報道関係者に公開をしてまいっております。(略)今回も報道関係者に公開することとしたところでございます。当有識者会議は、会議資料あるいは議事要旨、議事録を公開として、透明性を確保しております」

 そして、議事に入ろうとしたが、異論を述べた有識者が1人いて、それに続いて4人の発言があった。以下はその抜粋だ。

鈴木雅一・東京大学大学院農学生命科学研究科教授

 「前回、流会ということがありまして、それで、それはなぜそうなったかというのを考えると、やはり要はこの会議の目的というのは、新しいよい治水計画を国民に広く知ってもらう、あるいは議論したいということだったと思うんですけれども、今日、私がここに入ってきたときのように、あんなに人垣があって入れないというような、つまり、この議論が開かれていない。(略)あの人垣があってこもったところでこの議論をしなきゃいけないということが、私は何か、前回あったことと今日の会議の間で、これは事務局なのか私どもなのかはわかりませんが、かじを切り間違えているのではないかと。やはり治水というのは、もっと開かれた場所で生命、財産、安全というのを広く議論したいということではないのでしょうか。」

田中淳・東京大学大学院情報学環総合防災情報研究センター長・教授教授

 「現状のままという議論も当然あり得ると思いますし、あるいはそれをもう少しご理解いただくという立場もあると思いますし、あるいはその反対に、公開ということもあり得ると思いますが、そこはやはり真摯に少し議論を有識者会議としては何らかの場でしてよいのではないか」

道上正のり・鳥取大学名誉教授

 「我々は極めて中立的にいろいろな議論をしているところなんですけれども、そういうことに関して今までのそういう人たちの見解は、私のほうから見たら非常に偏った考え方に思えます。そういう人の意見も平等に扱うべきでしょうか。治水の問題を考えることは、これはもう大賛成なんです。みんなでやはり議論すべきでしょう。ただし、ある目的を持った人が集まってきて、それを力でもってやろうというのは、非常に私は違和感を感じます」

三本木健治・明海大学名誉教授

 「こういう静穏な環境をつくっていただいて初めて自由な議論ができるわけでありまして、そうでなければ、我々一人一人が個人攻撃を受けたりというようなおそれもないわけではない。それは過去に、終戦直後以来、あの荒れた世相の中で十分私どもは経験してきたことであります。」

山田正・中央大学理工学部教授

 「我々は有識者という名前をいただいているわけですから、それで多くの場合は研究者であるわけで、非常に将来に対する透徹した目を持って冷静に議論したい、それじゃなきゃこの有識者会議の意味がない」

議事録より抜粋(議事録は発言者名を取り除いて公開するため、発言者名は筆者の取材メモより)

 つまり、「かじを切り間違えている」との指摘に、1人は同調しながら両論を、3人が非公開論を展開。バリケードを解いて傍聴者を入れようと主張した有識者は1人もいなかった。

 この会議は9人構成で、元河川官僚である2人(中川座長と、会議非公開を求める理由に「終戦直後」の話が口をついて出た三本木健治明海大学名誉教授)と宇野尚雄・岐阜大学名誉教授は同世代。

 現役時代には日本の河川行政に「環境保全」や「住民参加」や「情報公開」という言葉がなかった3人が、「有識者」の3分の1を占め、その3人を含めた6人が、ダム推進にまったく異論を挟まない「有識者」だった。

手続き論以外に議論なし

 ではその有識者たちは、人間バリケードに守られた「静穏な環境」でどんな議論をしたのだろうか。

 国交省による石木ダムの治水と利水についての河川官僚による説明はこうだった。

 「4ページはダムの概要ですが、目的は洪水調節、流水の正常な機能の維持、佐世保地区への水道用水として日量4万m3の供給をするという目的です」(議事録より)

 (上)で先述した治水対象の変化や、水需要の実績と予測が乖離していることの説明はない。この有識者会議は、ダム事業者が有識者会議の「中間とりまとめ」の考え方に沿って検証したかどうかを確認するだけで、ダムの必要性は議論の対象外だった。ダム事業者が治水効果や水需要予測の妥当性を「是」として「報告書」を上げてくれば、有識者はそれを鵜呑みにする「検証」だった。

 その限定的な検証の前提の中ですら異論を述べたのはここでも鈴木教授だった。「中間とりまとめ」にある検証項目に「実現性」「土地所有者等の協力の見通し」と書かれていることを指摘、「この点について私は、委員の先生方の意見を、できれば皆さんにコメントをいただきたい」と挑んだ。

 この発言に、委員たちは全員、長い間、押し黙った。

沈黙に耐えきれずに照れ笑い

 その長い沈黙を破ったのは照れ笑いだった。照れ笑いの主は道上教授だった。咳払いをしてから、挑まれた質問に長々と答えた。

 以下は、各委員による助長な答えの一部抜粋だ。

道上正のり・鳥取大学名誉教授

「相手のあることですから、それがうまくそうなるかどうかというのは保証の限りではないわけですけれども、このダムについては用地の問題がありますよという認識は、私も同じように共有すべきだと思うんですが。(略)我々としては、ここで用地のことを議論していてもいいと思うんですけれども、それでもってこれをどうとかこうとかいうのはなかなか私は言いにくいのではないか。ただし、そういう議論があったということは議事録に残しておくことは決して悪いことではない。」

三本木健治・明海大学名誉教授

 「では私の意見を申し上げますと(略)実現性ということは非常に幅が広いもので、「中間とりまとめ」の中には用地補償それから関係者、要するに権利侵害、あるいは影響評価を受けるような関係者の同意があるかどうか。同意というのは、法律の中に出てきますとこれは金が動くということですよ。要するに補償しなくちゃいけない。そういう損失、損害をすべて補てんしなければ先へ進まないという、同意ということはですね。(略)パブリックコメントの中でも指摘がありましたね。しかしそれに対しては、やはり地域の問題としてさまざまな場で見通しをできる限り得られるようにしたいというふうな対応をなされたというふうに理解しております。」

宇野尚雄・岐阜大学名誉教授

 「何か発言しなきゃいけないみたいですから、(略)このダムについては我々は随分、私のファイルでもう1冊ほどたまっているほどの意見書をいただいております。しかし、結局地元の事業主体のほうで理解を深めていただく以外、我々は、そこに、資料にないことが何かあるような気がしてよく理解できない。」

山田正・中央大学理工学部教授

 「では私も。こういう社会資本整備の事業一般に全部共通のことかと思いますので、そういう観点から発言させていただきます。(略)例えば少数の方が事業に反対されるといったときに、じゃあそれを最大限尊重しちゃうと、今度は残りの99.何%か90%かそれは正確には知りませんけれども、それをあまり強く意識し過ぎると、結局大多数の人の不幸のほうにつながってしまう。(略)我々はこれが手続論的に間違っていないということを理解し、あるいはこれを出してこられたということの首長さんの熱意というか思いというか、そういうのも伝わってくるような気がします。」

田中淳・東京大学大学院教授

 「今多分、この場で議論するとすると、さまざまな情報源からの情報に基づいて憶測するということは差し控えるべきだろうと。(略)少なくとも基礎的自治体である県が出してきた数字に疑問を抱くというのは非常に心外だと思います。(略)それがわからない、理解できないでは、あらゆる情報は自分が計算した以外は全部信用できないことになっちゃいますね。(略)そうでなければ、直接現地へ行ってヒアリングするなり監察をやる、調べに入らなければどうにもならんわけでしょう。

 その後、「実現性」について議論がさらに行われ、中川座長が「ここらでいいですか」と打ち切り、「中間とりまとめ」に書かれた「共通的な考え方に沿って検討されている」として、議題に上がった4ダム事業すべてについて事業継続の結論を出そうとした。

 しかし、ここでも鈴木教授は同調圧力に抗い、「長崎県は違いますよ、分けてください。結論は先生のお考えで私は結構なんですけれども、共通の考えでやっているということを私は認めておりません。長崎県は共通の考え方から外れていると思います」として、「別の表現」を求めた。

 これに対して、山田正・中央大学理工学部教授は、「地元の関係者の方々の同意をできるだけ得るように期待しますといったら、同意されない限りは永遠に事業は進まんという裏返しなんですよね。(略)この計画は有識者会議の出した「中間とりまとめ」にのっているというぐらいの表現しかあり得ないんじゃないか」と反論。

 最終的に、中川座長が「石木ダムについてはこれだけの議論があって、また周囲の反対も非常に強いものがある。そういう事情を考えると、特に、今、○○先生(委員)もおっしゃったように、例えば実現する前にはこれだけのバリアを乗り越えないかんと、それがほかに比べれば非常に厳しいものがあるわけですから、大綱としてはよしとしても、とりわけその地域の方々の理解が得られるような努力をする必要がある、そういうことをつけ加える」と決まった。

 この審議を経て、同年6月11日に国土交通省が出したのが、『石木ダムに関しては、事業に関して様々な意見があることに鑑み、地域の方々の理解が得られるよう努力することを希望する』という長崎県への通知付きの対応方針だった。

出典:平成24年6月11日水管理・国土保全局治水課プレスリリース
出典:平成24年6月11日水管理・国土保全局治水課プレスリリース

石木ダム:2012年の河川官僚バリケードが招いた2017年の住民座り込み(下)に続く。