石木ダム:2012年の河川官僚バリケードが招いた2017年の住民座り込み(上)

ユンボの下に座り込んで工事を阻止する住民(2017年8月29日、支援者撮影提供)

 2012年に河川官僚が住民を排除して「検証」したダム事業の予定地で、地権者らによる限界ギリギリの抗議の座り込みが行われている。

 長崎県川棚(かわだな)町川原(こうばる)地区における石木ダムの付替道路の工事現場での座り込みは、2010年3月から断続的に7年続いている。13世帯53人は、「ダムは不要」「ここに住み続けたい」との意思表示を、裁判や阻止行動と同時並行で続けてきた。

工業団地はハウステンボスに、洪水対象地域は住宅地に

 この事業は長崎県によるもので、1970年代の目的は、主に工業団地への送水と治水だった。

 しかし、工業団地への誘致は頓挫。そこには現在、ハウステンボスがあり、目的は失われた。佐世保市は辻褄合わせに水道水源を県に押しつけられた形だ。

 佐世保市が2007年(下表▲)と2013年(下表●)に行った水需要予測は、そのV字回復を見込んだ前提だった。

 1日10万立米の水利権に、石木ダムによって4万立米の水道水源を新たに確保するというものだ(国に提出した県資料)。

 しかし、現実には、下表(実線)の通り、1日最大給水量は10万立米を割り込み、ダム完成予定の2016年には、1日7万立米にまで減少した。県の「予測」は、時間経過と共に「虚構」であることが証明された形た。

出典:石木ダム建設工事ならびに県道等付替道路工事続行差止請求訴訟の訴状「佐世保地区の一日最大給水量の実績値」(2017年3月6日)
出典:石木ダム建設工事ならびに県道等付替道路工事続行差止請求訴訟の訴状「佐世保地区の一日最大給水量の実績値」(2017年3月6日)

 治水の対象地域でも変化が起きた。1990年に田畑が浸水した地区を、長崎県が1992年に住宅地として開発許可したことはその一つだ(週刊金曜日2015年9月18日号「長崎県・石木ダム 土地建物の強制収用と闘う13世帯 「渇水」と「浸水被害」という嘘」でレポート)。新たな住宅街をダムで洪水から守るために、川原(こうばる)の住民が先祖から受け継いだ暮らしが破壊されるという、本末転倒な構図だ。

「地域の理解」を求めた国の通知

 そのような変化があるにもかかわらず、長崎県が2010年3月に付替道路工事を強行しようとして、地権者らによる座り込みが始まった。

 その後、国土交通省は政権交代を機に「今後の治水対策のあり方に関する有識者会議」を開催し、石木ダムについては2012年に事業継続を認めはした。が、その際、「長崎県に『石木ダムに関しては、事業に関して様々な意見があることに鑑み、地域の方々の理解が得られるよう努力することを希望する』旨を通知します」との対応方針で示していた。

 このような通知は異例だが、それには次のような経緯があった。

 2012年2月22日、国交省は「第22回今後の治水対策のあり方に関する有識者会議」を開催すると同月20日に発表。議題の一つが石木ダムだった。地権者らは代表として岩下和雄さんを上京させた。

 岩下さんは会議室の前で官僚たちに会議の公開を求め、また、会議室の入口に立って、すでに着席した有識者に聞こえるように傍聴を懇願した。

岩下さんは写真右端(2012年2月22日国土交通省11階特別会議室入口で筆者撮影)
岩下さんは写真右端(2012年2月22日国土交通省11階特別会議室入口で筆者撮影)

「傍聴させてください。我々地権者13世帯は石木ダムに反対です。どんな理由で、私たちはふるさとを追い出されるのか、ここでどんな議論をするのかを聞かなければなりません。13世帯に報告をしなければなりません。お金を出し合って私を代表として送り出してくれたんです。このまま帰れません。傍聴させてください」(岩下さん)

2012年2月22日国土交通省11階特別会議室入口で筆者撮影
2012年2月22日国土交通省11階特別会議室入口で筆者撮影

 その岩下さんと在京の数人の支援者を、大勢の河川官僚らが取り囲み、押し合いへし合いして、岩下さんらを会議室の外に押し出そうとした。

 有識者会議は、一般傍聴は認めてこなかったが、取材者だけは第12回の会議から傍聴可となった。そこで、私は開いていた会議室のドアの前に立ち、この押し合いへし合いの写真を撮り続ける一方、着席して傍観している「有識者」や「副大臣」に、河川法の趣旨を述べ傍聴させるべきではないかと大声で対応を呼びかけた。

右が相談する河川官僚 左が着席で傍観する有識者ら(会議室入口から筆者撮影)
右が相談する河川官僚 左が着席で傍観する有識者ら(会議室入口から筆者撮影)

 会議室の出入り口で行われた悶着は小一時間も続いただろうか。河川官僚らが額を付き合わせて相談し、この日は流会となった。仕切り直しは、2カ月後だった。

仕切り直しで河川官僚バリケード

 いつもと変わらず2日前に開催予定が突如発表された。地権者や関係市民団体は事前に書面で会議の公開を要請したが、聞き入れられないまま、再び、長崎の川原(こうばる)から、今度は3人の地権者が上京した。他人事ではない他地域でダムの反対運動を展開中の住民も上京。全国のダム問題のネットワークである水源開発問題全国連絡会の面々も集まった。

 私も取材に行ったが驚いたことに、受付には有識者会議の座長から私宛の手紙が届いていた。座長は元河川官僚の中川博次・京都大学名誉教授。手紙にはこうあった。

中川座長からの手紙(2012年4月26日に受付にて筆者撮影)
中川座長からの手紙(2012年4月26日に受付にて筆者撮影)

 「貴殿は、報道関係者以外の者を会議室内に引き入れようとし、また、それらの者が入室後には、一緒になって不規則発言をするなど、会議の混乱を助長する行為を行いました。このような行為は、本会義について、情報公開と円滑な議事運営の確保のため、報道関係者に限り傍聴を可能としている趣旨に著しく反するものであり、大変遺憾であります。再度、同様の行為があった場合には、直ちに退室して頂きます」。

 その書きぶりに呆れたが、それ以上に呆れ驚いたのは、河川官僚によるバリケードだった。

 エレベーターホールから会議室へとつながる二つの廊下のどちらにも、官僚が待ち構えていた。川原(こうばる)の3人は受付で門前払いをされ、そのまま会議室へ直行しようとすると、数人の官僚が制止にかかった。

2012年4月26日筆者撮影
2012年4月26日筆者撮影

 彼らがその制止を振り切って、先へ進むと、狭い通路に、何重にも河川官僚が立ちふさがっていた。人間バリケードだ。

エレベータホールの両脇のどちらからも会議室へ向かうこのような廊下があるが、どちらも官僚バリケードで塞がれていた。(2012年4月26日筆者撮影)
エレベータホールの両脇のどちらからも会議室へ向かうこのような廊下があるが、どちらも官僚バリケードで塞がれていた。(2012年4月26日筆者撮影)

 心を殺し、思考回路を切ったのだろう。彼らは「そこを開けてください」と言われようが「傍聴させろ」と怒鳴られようが、無言、無表情で立ちはだかった。ビデオ撮影する官僚もいた。

2012年4月26日筆者撮影
2012年4月26日筆者撮影
今本教授は、息をはぁはぁさせながら、階段を上ってきた。
今本教授は、息をはぁはぁさせながら、階段を上ってきた。

 エレベーターホールからの通路が塞がれていると聞いて、階段で上ってきた人々もいた。

 その中には「こんなやり方は許されませんよ」とかつての教え子たちである河川官僚に諭しに来た河川工学者の今本博建・京都大学名誉教授の姿もあった。

 マスコミも来て、通路はますます揉みくちゃになる中で、会議開始の時間は刻々と近づいた。有識者たちはもう着席しているに違いない。

 「取材です。通してください」と私が言うと、その河川官僚バリケードは、人ひとり分だけ開いて、見事に通路の向こうが見えた。

2012年4月26日筆者撮影
2012年4月26日筆者撮影

 だが、私が1人過ぎたところで、その人間バリケードはすぐに次々と閉じて、後続者の通過を許さなかった。練習をしたのだろうと思われる鮮やかさだった。

2012年4月26日筆者撮影
2012年4月26日筆者撮影

 人間バリケードを振り向きながら進むと、次に驚いたのは、会議室前にも、机と人でバリケードが作られていたことだ。机が2列、官僚が3人づつ2列、互い違いに配置し、机をずらすことで1人づつしか通れないようにしていた。人間バリケードがもしも突破されても、ここで机で押し止めようと考えていたらしい。

2012年4月26日筆者撮影
2012年4月26日筆者撮影

河川法の理念に反するバリケードによる住民参加阻止

 住民参加が皆無だった河川行政を反省し、1997年の河川法改正で「関係住民の意見を反映させるために必要な措置」(第16条の2)という文言が入った。ところが、実際には意見反映どころが、「傍聴」という最も低い参加レベルの形態すら、河川官僚は有形無形に拒み続けていた。

 これは2012年4月の話だ。

 2012年は民主党政権下で、東京電力福島第一原発事故から1年。経産省の審議会では徐々にインターネット中継が始まった。2012年9月に発足した原子力規制委員会でも、主な会議のネット中継はスタンダードになった。

 しかし、その波は、国土交通省には及ばなかった。及ばすことができなかった。

 こうした中で2度目の「第22回 今後の治水対策のあり方に関する有識者会議」が始まった。

 「石木ダム:2012年の河川官僚バリケードが招いた2017年の住民座り込み(中)」'''へ続く。