被ばく影響を否定する「権威」による、事故当時0~5歳の発症なし「根拠」が瓦解

未把握だった事故当時4歳児の甲状腺がんが明らかにされた(3月31日筆者撮影)

東電の福島第一原発事故後に福島で「100ミリシーベルト以下は安全」と言い広めた山下俊一医師が、チェルノブイリ事故後には、低線量被ばくが続くことへの危惧と、小児以外の年齢層の甲状腺がんやその他のがんの増加に対する懸念を表していたのをご存知だろうか。

山下医師のこれまでの分析に基づけば、これらの危惧や懸念は日本には当てはまらなかったが、そう言い切るための根拠が、3月31日に行われた民間団体「3・11甲状腺がん子ども基金」(崎山比早子・代表理事、上写真中央)の発表を通して崩れてきた。

低線量被ばくと他のがんの懸念

チェルノブイリ原発事故から14年が経過した2000年、山下医師は「チェルノブイリ原発事故後の健康問題」とした報告(*1)を次のような言葉で結んでいた。

「事故による直接外部被ばく線量は低く、白血病などの血液障害は発生していないが、放射線降下物の影響により、放射性ヨードなどによる急性内部被ばくや、半減期の長いセシウム137などによる慢性持続性低線量被ばくの問題が危惧される。」

「現在、特に小児甲状腺がんが注目されているが、今後、青年から成人の甲状腺がんの増加や、他の乳がんや肺がんの発生頻度増加が懸念されている。」(*1より。太字は筆者)

山下医師はこの報告を、「放射線降下物による環境汚染と一般住民の健康問題、さらに除染作業に従事した消防士や軍人の健康問題など懸案事項は今なお未解決のまま」だと書き始め、甲状腺検診の結果を分析した上で、そう付言した。

その付言が導かれた検診結果と分析の概略は、次のようなものだ。

チェルノブイリ周辺に事故当時20歳以下が100万人いると推定される中、その中で「最も放射線汚染が深刻なこのゴメリ州」では、事故後5年間で「12万人の検診」を行い、「60例以上の小児甲状腺がんを発見」(*2)。

また、1998年までの甲状腺がんの発見数を「表2」に示し、それが集中している年齢層を「事故当時0から5歳」であるとして「甲状腺がんのハイ・リスク・グループ」と分析し、この年齢層の「注意深いフォローアップが必要」だとした。10年以上のデータ蓄積後にである。

国際会議で始まった山下論

ところが、その同じ医師が、東電原発事故後は、異なる主張を展開している。

2016年9月の「甲状腺課題に関する国際専門家会議」後の12月に、山下医師らは福島県知事に対し、県で行ってきた甲状腺検査を、今後は「自主参加で」と提言した。それは事故当時0から5歳の年齢層を「ハイ・リスク・グループとして注意深いフォローアップが必要」と述べたこととは異なっている。

この提言では、福島県での「甲状腺異常の増加」を認めながら、その理由は「放射線被ばくの影響ではなく、検診効果」だとした。

その根拠は、チェルノブイリ事故では「放射線被曝による甲状腺がんの増加は、まず事故時に非常に若い年齢(ゼロ歳から4歳)であった児童に発見される」が、福島では「10代後半が大半」だというものだ。(2000年の報告には事故当時「0から5歳」と、2016年12月には「ゼロ歳から4歳」と変化したことについては後述する。)

山下医師が展開してきた、チェルノブイリでの発症年齢が「0から5歳」、福島では「10代後半が大半」だという主張は、遅くとも2014年2月、甲状腺がんまたは疑いありとされた子どもがまだ75人だった時点で始まっていた。環境省と福島県立医大らが東京で国際会議「放射線と甲状腺がん」を開き、チェルノブイリで功績を残した山下医師が共同議長を務めた場だった。

山下医師は、最終日に議長サマリー(当日、会場で配布されたのは英文だけだった)を読み上げ、「福島で甲状腺がんを発症した子どもは事故時に幼児ではなく10代だった」から東電事故による被害だという証拠はないとした。

奇妙なことに、会議中にはそのような発表はなく、議長サマリーに唐突に現れた結論だった。

その時から筆者は再三指摘してきたが(*3)、この頃から山下医師らが主張した「事故当時0から5歳」についてのデータの読み方は、山下医師が2000年に示したデータ(下表)とは異なっている。

粗い分析が生んだ「根拠」の瓦解

報告での山下医師のデータの読み方をそのまま引用すると「表2に示すが、その多くは事故当時0から5歳の年齢層に集中している」というものだ。

「表2」とは、「ベラルーシ共和国ゴメリ州における小児甲状腺がん登録」数を、事故当時0歳から17歳までの年齢別(横欄)に、事故前の1985年から1998年まで各年ごと(縦欄)に書き込んだものだ。

確かに最下段にある1998年までの「総数」を年齢別に見ると、「0から5歳の年齢層に集中」していると言えなくもない。

しかし、事故前(1985年)と比べれば、「0から5歳」というより、正確には「17歳までのすべての年齢層」(あえて絞るなら「1歳から9歳」)で増加したと言うべきだろう。

出典:山下医師の報告「チェルノブイリ原発事故後の健康問題」表2
出典:山下医師の報告「チェルノブイリ原発事故後の健康問題」表2

この表をより詳細に見るとどうか。

事故前は16歳に1人、事故1年目は13歳に1人、2年目にして4人と増えていくが、事故当時0~5歳の発症は3年目まではゼロ。4年目までの発症はむしろ10代の方が多い。そして0~5歳で発症が増えるのは5年目からだ。

そのことが分かるように4年目までの分布と、5年目までの分布をグラフで見える化してみたのが、以下のグラフだ。

表2から筆者作成(*2などから再掲)
表2から筆者作成(*2などから再掲)

6年目以降に、事故当時0~5歳の発症が急増するので、山下医師が「ハイ・リスク・グループとして注意深いフォローアップが必要」だと指摘した背景は分かるが、事故前と比べて6歳~17歳も押し並べて増え続けた(*4)。

表2から筆者作成
表2から筆者作成

ところが、先述したように、東電原発事故では、山下医師は事故から4年目の2014年2月時点で、「福島で甲状腺がんを発症した子どもは事故時に幼児ではなく10代だった」という理由で(本当はチェルノブイリでも3~4年目まではそうだったにもかかわらず)、チェルノブイリとは違うとして、被ばく影響ではないことの根拠とした。

なお、福島でも2016年9月までに事故当時5歳児の甲状腺がんが見つかって、「県民健康調査」検討委員会で公表された。そのこととの関係は不明だが、2000年報告で「0から5歳」と表現していたものが、2016年12月の提言では「ゼロ歳から4歳」という言い回しに変化している。

その「ゼロ歳から4歳」という表現が出てくる文脈を引用すると次の通りである。

すなわち、甲状腺異常の増加は、放射線被ばくの影響ではなく、検診効果によると結論づけることを支持する数多くの状況証拠が、下記のように存在する。

・チェルノブイリ事故の経験が示唆するものは、放射線被曝による甲状腺がんの増加は、まず事故時に非常に若い年齢(ゼロ歳から4歳)であった児童に発見されるということである。(提言より抜粋。太字は筆者加筆)。

しかし、この「ゼロ歳から4歳」との根拠もわずか4カ月弱で崩れたことになる。

経過観察児をフォローアップせず/4歳児発症

福島県の「県民健康調査」検討委員会で未把握未公表の、事故当時4歳の子どもが、甲状腺がんの摘出手術を受けていたことが明らかになったからだ。

この事実が明らかになったきっかけは、民間団体「3・11甲状腺がん子ども基金」の療養費給付事業「手のひらサポート」だ。基金に応募してきた家族からの情報提供で、4歳児が摘出手術を受けていたことを把握。この子どもは県の甲状腺検査の2次検査で「経過観察」とされていた子どもだったという。

未公表だった事故当時4歳児が摘出手術を受けていたことを説明した「3・11甲状腺がん子ども基金」の脇ゆうりか事務局長(筆者撮影)
未公表だった事故当時4歳児が摘出手術を受けていたことを説明した「3・11甲状腺がん子ども基金」の脇ゆうりか事務局長(筆者撮影)

「県民健康調査」の結果を管理している福島県立医大の放射線医学県民健康管理センターは、筆者の問い合わせに対し、3月30日になり「メディアからの問い合わせに応じて」、以下の方針を「回答」としてウェブサイトに掲載したという。

「二次検査では経過観察となり、診療として様々な理由で経過観察を行っている中で甲状腺がんが診断された」場合や、「県民健康調査以外のきっかけで病院を受診し、検査や診療を受けその中で甲状腺がんが診断された」場合などについては、手術実施の有無を含め、放射線医学県民健康管理センターでは情報を有しておりません。

つまり、チェルノブイリ原発事故を教訓に、東電原発事故による被ばく影響を調べるために行ってきた甲状腺検査でありながら、福島県の「県民健康調査」検討委員会で約3カ月ごとに発表されてきた「甲状腺がんまたは疑い」の数は、その全体像ではなかったのだ。

二次検査で「経過観察」とされた場合や、36万人中、県民健康調査を受けた27万人以外に他のきっかけで甲状腺がんが見つかった場合は関知していない。

何が分かり、何が言えるか

すなわち、福島県立医大が把握してきた甲状腺がんまたは疑い185人(1例は良性)以外にも、今回、見つかった当時4歳児のように、それ以外にいたとしても、福島県民も日本国民も全体像は知らされていない。実際はもっと存在している可能性があることが、突如、分かったのだ。

このことによって、少なくとも以下のことが指摘できるのではないか。

1.放射線被ばくの影響を見るために行っている甲状腺検査だが、福島県立医大の情報把握のやり方では、全体像が把握できず、被ばくの影響が過小評価されている。

2.山下医師は、事故当時0から5歳の発症がないことを、東電原発事故による放射線被ばくの影響ではないことの根拠の一つに掲げてきたが、その根拠は崩れた。

3.東電原発事故後6年が経過した今、チェルノブイリ原発事故後と似通った傾向があると考えた場合、チェ事故から14年目の報告で山下医師が述べたように、低線量被ばくが続くことへの危惧と、小児以外の年齢層の甲状腺がん、その他のがんの増加に対する懸念は、福島にも当てはまる可能性がある。

(*1)チェルノブイリ原発事故後の健康問題」被爆体験を踏まえた我が国の役割-唯一の原子爆弾被災医科大学からの国際被ばく者医療協力-平成12年2月29日長崎大学山下俊一

(*2)ゴメリ州で5年間12万人中60例と単純比較はできないが、福島県では6年未満(2016年12月末現在)で38万人中27万人が受診した検査(東電事故時18歳以下)で185人の甲状腺がんまたは疑いが見つかった。

(*3)

・「報道されない国際会議の議論の中身 放射性の影響を否定できない 福島の甲状腺がん増加」週刊金曜日2014年4月4日号

・「砕かれた『100ミリシーベルト以下は安全』神話──福島の小児甲状腺がんの現実」岩波書店、月刊「世界」2015年4月号

・「福島の小児甲状腺がんの現実」、共著『公害・環境問題と東電福島原発事故』、本の泉社、2016年9月

(*4)1990年代から小児甲状腺がんが増加し始めた時も、今の日本と同様に「検診」によって見つかった「検診(スクリーニング)効果」だと言われ、その後も増加し続けて約10年後に、被ばくの影響だと認められた。

【関連既報】

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3.11甲状腺がん子ども基金:吉永小百合さんも賛同2016.9.10