避難計画:原子力規制委員会設置法附則と決議で求められていた

東京電力の福島第一原発(F1)事故の前も後も、原発事故の際の住民の避難計画は、災害対策基本法第2条10項で定義された「地域防災計画」、つまり自治体任せである。ところが、原子力規制委員会の設置にあたっては、国会もそれを問題視し、原子力規制委員会設置法の附則や衆議院の決議で「検討」事項として宿題を残していた。

今となってはそれらがすっかり忘れられているため、当時、それを起案した関係者に記憶を掘り起こしてもらった。

原発事業者とはF1事故後も紳士協定

「かなりしつこく言いました。原子力規制委員会設置の時に」と語るのは、原子力規制に避難計画を法定化するための宿題を、附則や決議に盛り込ませた本人である嘉田由紀子元滋賀県知事(現・びわこ成蹊スポーツ大学学長)である。

嘉田由紀子元滋賀県知事(2016年3月15日筆者撮影)
嘉田由紀子元滋賀県知事(2016年3月15日筆者撮影)

F1事故後、嘉田元知事は、滋賀県は福井県の原発から最短たった13キロであるにも関わらず、立地自治体ではないというだけで「何の権限も役割もない」現実に直面した。

自治体と原発事業者の関係は、両者の直接交渉に基づく紳士協定にとどまる。国は自治体に丸投げ状態だ。

住民への綿密な情報提供を法律で義務付けたフランスの仕組みを知り、「参考にして、日本では紳士協定に過ぎない安全協定を国の法律に位置づけて欲しい」と、当時与党だった議員達に働きかけ、同国の規制当局やマルクール原発の地域情報委員会の視察も後に決行した。

働きかけを受けたのは、民主党の「原発事故収束対策プロジェクトチーム」(荒井聡座長)内にあった「原子力規制庁のあり方検討小委員会」(川内博史委員長)の副委員長を務め、衆議院の経済産業委員会所属だった平智之衆議院議員(当時)だ。

当時を思い出して平元議員はこう語る。

「フランスの原子力安全透明化法に関する知見は嘉田知事がお持ちでした。学識者にも自ら会いに行かれて、原子力規制委員会設置法の中に、その知見を入れるべきだという話を、議員会館の部屋でしてくださったのを覚えています」

「避難計画と情報共有、強調された」

同席者には内閣官房原子力安全規制組織等改革準備室(2011年8月設置)の森本英香室長もいたと言う。森本氏は原子力規制庁の初代次長を経て、現在は、環境省大臣官房長である。

「当時の嘉田知事と近藤昭一議員を、私が差し渡しをして附則を作っていきました」と平元議員は附則を盛り込んだ経緯を覚えていた。

その近藤昭一衆議院議員もまた、「確かに、当時、平さんの紹介で嘉田知事(当時)とお会いして、同席しました。嘉田さんは、避難計画のことと自治体との情報共有について、強調されていました」と語る。

このプロセスを経て、2012年6月に成立した原子力規制委員会設置法で、実際に盛り込まれた実際の文言は以下の通りである。

原子力規制委員会設置法  附則

(政府の措置等) 第6条8政府は(略)、地方公共団体に対する原子力事業所及び原子力事故に伴う災害等に関する情報の開示の在り方について速やかに検討を加え、その結果に基づき必要な措置を講ずるとともに、関係者間のより緊密な連携協力体制を整備することの重要性に鑑み、国、地方公共団体、住民、原子力事業者等の間及び関係行政機関間の情報の共有のための措置その他の必要な措置を講ずるものとする。

衆議院環境委員会決議「原子力規制委員会設置等に関する件」

、地方公共団体、住民等が編成する地域の組織と、国、原子力事業者及び関係行政機関等との緊密な連携協力体制を整備するため、フランスにおける原子力透明化法に規定される地域情報委員会制度等、諸外国の事例等を踏まえつつ、望ましい法体系の在り方について検討し、必要な措置を速やかに講ずること。

提案を受けて「避難計画」というドンピシャリな言葉が入らなかったことについて、「附則を起案した」平元議員は、当時を思い出してこう語る。

「「『原子力事故に伴う災害等に関する情報の開示の在り方』と書けば、さぁ、施行しましょうという時に、施行規則に書き込まれるものに、何が含まれるか。『災害等に関する情報』しかも、『国、地方公共団体、住民、原子力事業者』と『共有』するものの中に、『避難計画』が入らないことはまず考えられない」と、その趣旨を語る。

さらに立案プロセスの一端を次のように明かす。

「情報共有の話は、すぐに施行する立法に入れなきゃいけなかった話なんですが、野党案の議員立法を丸呑みしろという指示があり、せめて『附則』にということで、森本さんともいろいろ議論をして、附則に入れた。」

さらに、「重要なのは『速やかに検討を加え』という言葉です。だけど(今は)検討すら、おそらくしていないのではないか。本当は私は『速やかに措置を講ずる』と書いていたんですが、さまざま押したり引いたりがあったんです」と述べた。

附則の文言が甘くなった経緯があったのだ。

大津地裁「国家主導での具体的で可視的な避難計画」を

奇しくも、3月9日、大津地方裁判所(裁判長:山本善彦)が下した高浜原発3・4号機運転差止仮処分の決定でも、避難計画については問題視され、「国家主導での具体的で可視的な避難計画が早急に策定されることが必要」と断ぜられている。

債務者(関西電力)に対しては、それを踏まえた上で、「新規制基準を満たせば十分とするだけでなく、その外延を構成する避難計画を含んだ安全確保対策にも意を払う必要がある」とし、運転差止仮処分を認める一つの根拠とした。

3)争点6(避難計画)について

本件各原発の近隣地方公共団体においては、地域防災計画を策定し、過酷事故が生じた場合の避難経路を定め、広域避難のあり方を検討しているところである。これらは、債務者の義務として直接に問われるべき義務ではないものの、福島第1原子力発電所事故を経験したわが国民は、事故発生時に影響の及ぶ範囲の圧倒的な広さとその避難に大きな混乱が生じたことを知悉(ちしつ)している。安全確保対策としてその不安に応えるためにも、地方公共団体個々によるよりは、国家主導での具体的で可視的な避難計画が早急に策定されることが必要であり、この避難計画をも視野に入れた幅広い規制基準が望まれるばかりか、それ以上に、過酷事故を経た現時点においては、そのような基準を策定すべき信義則上の義務が国家には発生しているといってもよいのではないだろうか。このような状況を踏まえるならば、債務者には、万一の事故発生時の責任は誰が負うのかを明瞭にするとともに、新規制基準を満たせば十分とするだけでなく、その外延を構成する避難計画を含んだ安全確保対策にも意を払う必要があり、その点に不合理な点がないかを相当な根拠、資料に基づき主張および疎明する必要があるものと思料(しりょう)する。しかるに、保全の段階においては、同主張および疎明は尽くされていない。

2016年3月9日 高浜原発3・4号機の運転差止仮処分決定52~53頁「(3)争点6(避難計画)について」(脱原発弁護団全国連絡会ウェブサイト)より抜粋 (太字は筆者)

検討を急ぐべきは政府および原子力規制委員会

この地裁の決定に対して、関西電力の八木誠社長は、3月18日の会見で、逆転勝訴した場合は、仮処分を申請した住民らに対し損害賠償請求することも検討する旨が報道されている。

しかし、「検討」および「措置」すべきは、原子力規制委員会設置法で2012年6月以来、宿題を放置してきた政府と原子力規制委員会である。「避難計画」を政府が原子炉等規制法に位置づけるか、原子力規制委員会が新規制基準に位置づけるか、そうした宿題を済ませていない怠慢を司法が指摘したのが、今回の仮処分決定であり、その怠慢のツケを仮処分を申請した住民に払わせようするのは見当違いである。

■参考

高浜原発仮処分に関電社長「到底承服できない」 逆転勝訴したら住民に損害賠償請求「検討対象に」産経ニュース2016.3.18