誤用情報を根拠に放射線影響を含めた 健康管理施策案を環境省がパブコメ(下)

広島長崎の被爆者の結腸の被ばく線量とがんの関係図(UNSCEAR2006年報告)

環境省がパブコメを行っている施策案は、研究組織を構築すること以外はほぼ現状維持である。その根拠は専門家会議の中間取りまとめにあることは前述した。

その取りまとめで専門家会議は、「国際放射線防護委員会(ICRP)」、「原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)」、「世界保健機構(WHO)」などの国際機関が採用しているとの理由で、「LNTモデル」を採用し、随所で国際機関の報告書を参考文献としてつけた。

国際的に共有されている予防原則

こうした国際機関は、放射線の影響には、高線量による「確定的影響」とより低線量による「確率的影響」があり、その両方を防がなければならないと考えている。LNTとは「Linear Non Threshold(=直線しきい値なし)」の略で、後者の低線量についての考え方だ。放射線は低線量になれば影響は小さくなるが、これよりも低ければ安全であると言える「しきい値」がない。他の要因による悪影響との区別が難しくなるからだが、影響は否定できないため、低線量でも影響すると考えることが合理的であるという考え方からだ。

これは「予防原則」といって、公害・環境被害などから得た教訓をもとに、1992年の国連環境開発会議で採択されたリオ宣言の第15原則にあたる。分からないことを対策の先延ばしの言い訳にしてはならないという原則である。ICRPの2007年勧告でもLNTモデルが「放射線被ばくのリスクを管理する最も良い実用的なアプローチであり、予防原則にふさわしい」と明記してある。そして証明できる範囲の拡大に向けて各分野の研究者からは新たな論文が発表され続けている。

「明白なエビデンスは得られていない」に重きを置く日本

ところが「証明できていない」ことを理由に後手後手に回る環境政策を続けがちなのが日本である。中間取りまとめ(4頁)でも「100mSvを下回る低線量被ばくによって発がんのリスクが増加するという明白なエビデンスは得られていない」が先に立ち、「しきい値なし」は「訳語」として欄外に書かれて終わっている。100mSvを下回る影響を証明した論文も外部から招かれた医師たちからは複数提供されたが、その情報は中間報告ではまったく生かされていない。そして、「UNSCEAR の見解は、WHO と大きくは変わらず」「およそ100mSvを下回る放射線被ばくによるリスクについてLNTモデルで発症者数等を予測しようとすることは不適切である」と国際機関が言っているかのようにまとめている。

ところが、参考にしているWHOとUNSCEARの報告書に立ち戻ると、それとは異なるメッセージが目に飛び込んでくる。

増加するリスクを数値で示している国際機関報告

WHO2013年報告書(Health risk assessment from the nuclear accident after the 2011 Great East Japan earthquake and tsunami, based on a preliminary dose estimation)には、2011年9月時点で日本から提供された被ばくデータだけをもとに評価を行った結果として、最も影響を受けた地域では、年齢と性別によっては、事故がなかった場合と比べると、いくつかのガンでの生涯リスクが増加することを結論する、と書いてある。たとえば、事故から1年間で12~25mSv被ばくした場合は、胎児だった男性の白血病、胎児だった女性の乳がんや甲状腺がんのリスクの増加率がそれぞれ数値と共に明記してある。しかし、それは中間報告にはまったく反映されていない。

UNSCEAR2010年報告書(UNSCEAR 2010 Report)は、100~200mSvより高い被ばく線量では発がんのリスクが増加することが確認されているが、それよりも低い被ばく線量では、「放射線によってがんの発症が増加したとしても、他の要因による発がんの統計的変動に隠れてしまうために放射線による発がんリスクの増加を疫学的に証明することは難しい」と言うための根拠として引用されている。しかし、さらにこのグラフの出典を辿っていくと、同じUNSCEARの2006年の報告書(UNSCEAR 2006 REPORT Vol. II)に辿り着き、ここでは、結腸の被曝量と固形がんの増加リスクは0-150mSvの範囲の線量でさえ線形に相関しているようだと書かれている。

UNSCEAR報告書(2006年と2010年)に使われた日本の被爆者の結腸の被ばく線量とがんの関係図
UNSCEAR報告書(2006年と2010年)に使われた日本の被爆者の結腸の被ばく線量とがんの関係図

こうして報告書の原典まで遡って見ると、残念ながら、専門家会議は、放射線防護の基本的な考え方も、影響予測も、根拠も、国際機関の報告から都合良いところだけをつまみ食いして中間取りまとめに盛り込み、ありのままの報告を見えなくさせているとしか言えない。

で書いたように、原子力規制委員会が100mSv相当(0.2μSv/h)以下であれば問題ないと指示をして子どもたちの甲状腺のデータを収集させたときから、そうした姿勢は明らかで、専門家会議の中間取りまとめも、それをもとにした環境省の施策案もそれを踏襲している。しかしそれはLNTモデルや国際機関の報告書が示す数値とは相容れない。

忘れてはならないのは、その取りまとめの最終日に傍聴から締め出された住民や市民団体が指摘していたように、東京電力福島第一原発事故による放射能汚染は、福島県境を越えていることだ。健康調査や医療支援は県境を越えるべきものである。現在、放射線防護のために汚染土などを取り除く作業を行っているのは20mSvを越えている範囲に過ぎないが、放射線防護のためには本来、こうした汚染地域の住民が避難する選択肢(権利)が与えられるべきである。最低でも健康調査の範囲はICRPの被ばく防護の考え方をもとに事故前からあった本来の被ばく限度である1mSvに広げて行うべきである。環境省の施策案はあまりも現実から目を背けている。