議員立法「原発事故子ども・被災者支援法」13条の行方(下)

環境省専門家会議への入室を拒まれ、抗議のプラカードを掲げる傍聴希望者達。筆者撮影

2014年12月18日夕刻に開催された第14回目の会議で傍聴者を拒んだ「東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議」は、議員立法により与野党全会一致で2012年7月に成立させて原発事故子ども・被災者支援法に基づいて設置された会議である。

国会から行政機関への命令法

福島第一原発から放出された放射性物質が福島県内外に拡散し、被災者支援の必要性が生じている(第1条)として、放射線に影響を受けやすい子どもや妊婦に特別の配慮をするなど6項目の基本理念(第2条)が定められ、理念にのっとり政府が基本方針を定め(第5条)、汚染状況の調査(第6条)、除染(第7条)、被災者の支援(9~12条)、放射線よる健康影響調査や医療の提供など(第13条)などの施策をするよう、国会が行政機関に求めたものである。

国会審議では、放射性物質汚染対処特別措置法(2011年8月)による「汚染状況重点調査地域の指定」や福島復興再生特別措置法(2012年3月制定)に基づいて福島県が行っている県民健康管理調査がある中で、なぜ、新たに立法が必要で、何が重要かなどについて、繰り返し答弁が行われた(肩書きは2012年通常国会当時)。

「子どもの医療費、ここを免除をしていこうというところから始まったものですから、そこに一番重きを置いております。条文で言うと十三条の三項になります。ここは共通解釈ですと、大人になっても継続して減免の対象とする措置が講ぜられることもあり得ますという答弁になると思います。」(森まさこ参議院議員)

「第十三条では、与野党で何度も協議を重ねた結果、健康調査、子ども・妊婦の医療費の減免については、被災者による立証責任はなくなりました。」(谷岡郁子参議院議員)

「原子力災害によって国民の生命そして身体及び財産に危険が生じる場合には、国にはそれらを保護する使命があります。そのために必要な施策を講ずることが求められています。」(紙智子参議院議員)

「福島復興再生特別措置法(略)を受けて福島県において県民健康管理調査が行われておりますが、一方で、草案の第十三条第二項においては、まず前段で福島県以外の被災者についても健康調査の対象となるよう国に必要な施策を講じる義務を課しており・・・」(吉田忠智参議院議員)

「部分的に重複する内容を規定している箇所もございますが、対象を福島の住民に限定していないというところから、福島復興再生特別措置法とは別に制定する必要があるものと私どもは認識をいたしております。(増子輝彦参議院議員)

「提案者といたしましては、御指摘のように、いわゆる被災者となり得る住民等の意見を聞くほか、関係地方公共団体の長から意見を聞くなどにより、国民の理解が得られるような基準を設定することが重要だと考えております。」(加藤修一参議院議員)

「十三条第三項ではその他被災者への医療の提供に係る必要な施策を規定しておりまして、この規定に基づき具体的にどのような施策が講じられるべきかは、疾病の状況のほか、被災者の意見、また国民の理解が得られる形になっているかといった視点も踏まえて検討されることとなります。その検討の結果、大人についても医療費を減免する施策が講じられることもあり得るというふうに考えているところでございます。」(金子恵美参議院議員)

つまり、官僚が編む内閣法による施策の穴に陥っていた地域や人々の医療支援体制が主眼の法律である。繰り返し出る第13条(放射線による健康への影響に関する調査、医療の提供等)の要点は次のようなものだ。

(1)国は、被ばく放射線量の推計、被ばく放射線量の評価に有効な検査等による被ばく放射線量の評価その他必要な施策を講ずる。

(2)国は、子どもである間に一定の基準以上の放射線量が計測される地域に居住したことがある者(胎児である間にその母が当該地域に居住していた者を含む。)やこれに準ずる者の健康診断は、生涯にわたって実施されることとなるよう措置する。

(3)国は、被災者たる子ども及び妊婦が医療(東電事故による被ばくに起因しない負傷や疾病を除く)を受けたときに費用を減免するための施策やその他被災者への医療の提供に必要な施策を講ずる。

副大臣らが強調した専門家会議の趣旨

専門家会議第1回では井上信治環境副大臣(当時)が、「国としてさまざまな科学的知見や調査結果を整理し、被ばく線量の把握をいかにしていくか、必要な検診はどのようなものか、また、医療費の減免が必要と考えられる範囲についても、医学的な見地から専門的に検討をすることが重要」と挨拶した。

桐生康生放射線健康管理担当参事官(当時)も、この第13条に基づいて、(1)放射線の線量の把握、(2)被災者の健康管理、特に健康診査や健康調査をどのように行うべきか、そして(3)医療支援の医療に関する施策のあり方についての議論をしていただきたいと会議の趣旨を説明した。

ところが、会議のテーマは(1)の推計による放射線被ばく線量把握に偏った。(2)のためには実態把握が不可欠だが、これは第4回と第8回を中心に外部委員の話を聞いただけで、(3)はほとんど話し合われていない。

会議のテーマは、被ばく線量の推計を議論を土台にした健康リスク評価や健康管理のあり方へと移った。第11回と第12回で健康不安や社会的・精神的影響についてヒアリングが設けられたが、第12回後半には環境省が「中間取りまとめ」案の説明を行った。

放置された医療に関する施策

第13回ではこの「中間取りまとめ」案に対し、春日文子委員(国立医薬品食品衛生研究所 安全情報部長)から「被ばく線量と健康管理の一部については時間を割いて議論をしてきたが、医療に関する施策のあり方については十分な時間が取れなかったと認識している」との指摘と共に、「『専門家会議では、その最終的な目的である今後の支援のあり方の検討、医療の施策のあり方には、十分に踏み込むことができなかった。この点は今後、新たな枠組みにおいて至急検討すべきである』という一文盛り込んでいただきたい」と具体的な修正案文が提示された。

右から長瀧座長、北島智子環境保健部長、放射線影響健康管理担当の得津馨参事官
右から長瀧座長、北島智子環境保健部長、放射線影響健康管理担当の得津馨参事官

しかし、第14回で示された最終の取りまとめ案で、その箇所は、「環境省の専門家会議としては現時点で提言することが困難な分野が多いことから、原発事故による被災者の健康問題を総合的に支援するための議論はできなかった。これについては、今後別の枠組みにおいて省庁横断的な検討を早期に行うよう要望するとの意見があった」と一委員の意見に押しとどめられ、専門家会議の結論としては反映されていない。

推計重視の放射線被ばく線量把握

放射線の推計が重視される一方、「中間取りまとめ」案では実態の直視も危うい。福島県が0~18歳の県民約37万人を対象に行った「甲状腺検査」では、昨年度までにすでに104人に甲状腺ガンまたはその疑いがあることが判明している(下表)。事故前には、日本における甲状腺ガンは100万人に1人か2人しか認められていなかったにも関わらずである。

福島県の県民健康調査「甲状腺検査」における二次検査結果(単位:人)【注1】

2014年8月24日第16回福島県「県民健康調査」検討委員会資料2-1から作成
2014年8月24日第16回福島県「県民健康調査」検討委員会資料2-1から作成

実施対象年度別 福島県地図【注2】

出典 2014年8月24日第16回福島県「県民健康調査」検討委員会資料2-1
出典 2014年8月24日第16回福島県「県民健康調査」検討委員会資料2-1

【注1】対象は平成23年3月11日時点で0~18歳の福島県民約37万人。「二次検査受診者」とは、1次検査(エコー検査)を受けた29万6026人(2014年6月30日現在)のうち、5.1ミリ以上の「結節」や20.1ミリ以上の「のう胞」などが見つかった中で、すでに二次検査(細胞診)に進んだ人数。「悪性ないし悪性疑い」は二次検査受診者の結果、ガンまたはその疑いとされた数。

【注2】検査は福島県内を一斉に行ったものではなく、2011年度は汚染度が高いことが分かっている「白」地域、2012年度は「緑」地域、2013年度は「桃色」地域で、3年をかけて県内をほぼ一巡をした。毎年の検査母数と地域が違うため、一般人には、年度と地域と発症件数の相関関係が一見して分からない。

目の前の被災者より翻訳された報告書重視

驚いたことに、中間取りまとめ案は、上表で表したような第一級の症例分析を行うことなく、「原子放射線の影響に関する国連科学委員会」(UNSCEAR)が2013年に出した報告をもとに、「チェルノブイリ事故後のように甲状腺がんが多数増加するとは考えられない」「福島県の県民健康調査『甲状腺検査』の結果として結節やのう胞が比較的多く見つかっているが、これは高精度なスクリーニングを集中的に実施したためである」(6頁)ことを「基本的な考え方」に置いた。なぜかより重症なガンを横に置いて「結節やのう胞が比較的多く見つかった」ことに注目し、多く見つかったことを検査を集中的に行ったからだと取りまとめたのである。

さらに、「線量推計に不確かさがあることを踏まえれば、UNSCEARは『最も高い被ばく線量を受けた小児の集団においては、甲状腺がんのリスクが増加する可能性が理論的にはあり得る』としている。本専門家会議はこうした評価に同意する」(9頁)と、どこか遠い国の話のような書きぶりとなっている。

立法趣旨に反する県外対策の放置

第13回では先述の春日委員から「『福島県外の住民の外部被ばく線量は福島県内の外部被ばく線量を上回るものではない』と断定すべきものではない」から「福島県外の住民の外部被ばく線量は、福島県避難地域の外部被ばく線量を上回るものではない」にしたらどうかとの提案があったが、長瀧重信座長(国立大学法人長崎大学名誉教授)が「反対意見はないか」と問い、鈴木元委員(国際医療福祉大学クリニック院長)が他のことに議論を逸らしてやり取りは立ち消えた。

鈴木元・国際医療福祉大学クリニック院長(写真 左)
鈴木元・国際医療福祉大学クリニック院長(写真 左)

第14回に出された最終案では、目次にあった「福島県における対応」と「近隣県における対応」の文言は消えたが、本文において福島県内外を分ける考え方はまったく消えておらず、「UNSCEAR2013年報告書でも、福島近隣県での対応の必要性は指摘されていない」(23頁と30頁)などの表現で、県外の対策を求めた立法趣旨に反する結論になっている。

はぐらかされる放射線感受性を考慮した対策

客観的に見れば妥当であると思える委員の意見を反映しないやり方は、外部委員とのやり取りの中でも顕著だった。国会事故調委員だった崎山比早子・医学博士は、第4回専門家会議で10分の発言機会が与えられ、国会事故調報告をもとに、「放射線感受性は、年齢や個人によって異なることから、弱者を考慮した対策が必要」であると多くの根拠をあげて指摘した。

ところが、重箱の隅をつつく意見で話が逸れ、軌道修正する他議員の発言があったにも関わらず、「中間取りまとめ案」にはそれが反映されていない。「不妊、胎児への影響のほか、心血管疾患、白内障を含む確定的影響(組織反応)が今後増加することも予想されない。こうした評価は、WHO 報告書や UNSCEAR2013 年報告書での評価と同様である」と、ここでも翻訳された報告書をもとに結論を導いている。

一方で、その海外の意見の取り入れ方が恣意的である。第4回専門家会議で崎山さんは、「一定線量以下では、リスクがない」のではなく、「リスクは線量に比例して増える」ことが国際的な合意事項であるとし、「放射線が安全なのは放射線がゼロのときのみ」だと述べた。ところが以下のような押し問答の中で、それがはぐらかされていく。

鈴木元・国際医療福祉大学クリニック院長「線量の低いところのリスクは非常に小さいので(略)、バックグラウンドの揺らぎの中にどうしても隠れてしまうというのを私たちは言っているので、ゼロかどうかという議論はしていないのですよ」

長瀧重信座長(国立大学法人長崎大学名誉教授)「安全なのは線量がゼロだという結論が出るのか」

丹羽太貫(福島県立医科大学理事長付特命教授)「ゼロリスクの問題ですけども、我々はリスクが無いかあるかを議論しているわけではありません。がんについて言えばもともとのリスクが30%なのですね、問題は放射線を受けた場合、ある線量でこのリスク値がどれほど上昇するかということをスタートにしています。そしてどれぐらいのリスクなら我々の生活の中で容認できるかということを検討しております」

石川広己(日本医師会 常任理事)「福島の原子力事故があって、さらに増えたときに、その住民の健康を守るのはどうするのかという議論をするわけですよ。ですから、これは普通よりも高くなっている放射線のところにさらされている住民、あるいは我々もそうかもしれません。それに対してどうするかという議論だから、あまりそこのところの議論で終始しないで、もっと前に進めたらいいと思うのですよ」

崎山(医学博士)「今までの決まりであった1mSv以上の場所に住んでいる方々に対する、その健康診断とか、あるいは保障とか、そういうことをされるのでしょうか。そういう結論を引き出してほしいと私は思うのですが、いかがですか。」

長瀧座長「まだ、今は線量の議論が主でして、線量を見て、それから、その線量に基づいて何をするかという議論に入っていきます」

崎山(医学博士)「汚染したところに住むことを余儀なくされている方が、また制度的に1年に1回ずつ検診を受けるというような(略)その人が自主的に診療を受けたいと思うときにそういうことをしたほうがいいというふうに、要するに、医療を保障してほしいということです。」

丹羽太貫・福島県立医科大学理事長付特命教授
丹羽太貫・福島県立医科大学理事長付特命教授

そしてこの問題は横へ置かれ、その後の議論につながらなかった。こうしたはぐらかしは氷山の一角である。

そして中間取りまとめの最終となる第14回で、傍聴者までを締め出した。会議終了後、環境省の北島智子環境保健部長らは、中間取りまとめを受けて、来年度の施策案を策定し、パブリックコメントを行うと、記者の質問で明らかにした。

しかし、この1年の経過を辿れば、たとえ、国民から意見を募ったところで、それが反映される希望をどこに見出せばいいのか。中間取りまとめもその成立プロセスも、「原発事故子ども・被災者支援法」13条で明示された立法趣旨にさえ反しているのである。