一滴の水も使われない小豆島の新ダム水利権

新内海ダム堤体から瀬戸内海を望むダム訴訟原告の山西克明さん(筆者撮影)

2014年3月14日に起きた伊予灘を震源とする地震でひびが入ったのではないかと地元住民に懸念されている新内海(しんうちのみ)ダム事業の強制収用を巡る裁判で、10月6日、高松地方裁判所(香川県)は住民敗訴の判決を出した。

伊予灘地震前の内海ダム堤体の修復工事(2014年3月11日、佐伯幸男さん撮影)
伊予灘地震前の内海ダム堤体の修復工事(2014年3月11日、佐伯幸男さん撮影)

職員不在による越流がダム推進に利用され

香川県営の新内海(うちのみ)ダム計画の始まりは、1961年の大雨で貯水量14万トンの小型の旧ダムが「ナイアガラの滝のよう」に越流し、ダムの壁に詰めていた石と泥が水もろとも下流に流れて田畑や家が浸かったことにある。

洪水吐ゲートを操作すべき職員が不在だった。住民は、見たこともない光景にダム決壊を恐れ、「決死隊」を組織して命綱として腰ひもを巻いてゲート操作を行った。

「ナイアガラの滝のよう」だったと描写した山西克明さんはダム直下に暮らしている。「住民は怯えて、ダムを改修して欲しいと町を通じて県にお願いをした」と当時を克明に覚えている。ところが、このお願いは阪神淡路大震災まで捨て置かれた。1996年11月にようやく「修理」の話が町議を通して持ち出されたが、旧ダムを丸ごと沈めて7.5倍も大きなダムを新たに作る計画に変わっていた。県のパンフレットには「内海ダムの上端から水があふれ、ダム斜面が崩壊する被害」と記され、職員不在による人災がダム推進に利用されるようになった。

山西さんたちが調べて見ると、ダム直下に3つの断層があることが分かった。巨大化するダム直下に暮らすのは怖いと、その上流に広がる日本三大渓谷美が謳われる「寒霞渓」を名に冠した「寒霞渓の自然を守る会連合会」を結成、新たなダム建設の反対を訴えた。

ダムの健全性を確かめる前に万歳三唱

反対を貫いた山西さんらが用地買収に応じなかったため、香川県は、土地を強制収用する「事業認定」手続を開始した。県が公益上の必要性などを申請し、国が法が求める要件を満たしていると判断すれば強制収用ができる。山西さんら原告はその判断の取消を求めて提訴し、2009年から争った。

出典:「新内海ダムの湛水式」を紹介した香川県ウェブサイト
出典:「新内海ダムの湛水式」を紹介した香川県ウェブサイト

しかし、香川県は、訴訟には目もくれずに2010年にダム本体工事に着工、2012年12月には「湛水試験」を開始した。湛水試験とは、ダムが安全に建設されたかどうかを確かめるために、満水位まで貯めてから水位を下げる試験である。水漏れしないか、堤体がひずまないかを水位の上げ下げで確認できた時点で、初めてダム建設は完了し、受益をもたらすようになる。

出典:「新内海ダムの湛水式」を紹介した香川県ウェブサイト
出典:「新内海ダムの湛水式」を紹介した香川県ウェブサイト

ところが、香川県はダム事業が完了しない段階、すなわち湛水試験開始の時点で万歳三唱するセレモニーを行った。

「水漏れ」「クラック」問題ないと香川県

問題はその後である。新内海ダムは満水とならず、湛水試験が完了しないばかりか、今年1月の大雨で満水に近づくと、ダム堤体にクラックが現れて水漏れが始まったと言うのである。2014年3月9日には写真のような「水漏れ」が住民により撮影され、翌々日にはその表面だけを取り繕うような修復工事が行われた。

地震4日前の新内海ダム堤体の「水漏れ」(2014年3月11日佐伯幸男さん撮影)
地震4日前の新内海ダム堤体の「水漏れ」(2014年3月11日佐伯幸男さん撮影)

香川県河川砂防課によれば、修復は「皆さんからのお話もあったので、施工業者である飛島建設が、施工業者としては修復したいと言うのでやってもらった」と言う。また、住民が「水漏れ」だと言うものは「ダムの表面の微細なひび割れに雨が貯まったものが雨が止んで出てきたもの」であるから心配ないと説明する。

地震4日前のダム堤体修復工事(2014年3月11日、佐伯幸男さん撮影)
地震4日前のダム堤体修復工事(2014年3月11日、佐伯幸男さん撮影)

この修復工事の3日後に起きたのが瀬戸内海の西側に位置する伊予灘が震源の地震(最大震度5)だった。気象庁発表で小豆島では震度4を記録。住民が翌日の3月15日に行くと、ダム堤体に「クラック」が拡大していたと言う。

伊予灘地震の翌日に撮影されたクラック(2014年3月15日、佐伯幸男さん撮影)
伊予灘地震の翌日に撮影されたクラック(2014年3月15日、佐伯幸男さん撮影)

同日には、再びゴンドラに乗った作業員が表面を取り繕う修復作業を行った。香川県河川砂防課は、この現象についても「安全上、問題ないという判断をしています」と意に介さない。よくあることだと言うのである。

筆者が確認することができた5月の時点では、その作業跡は見えにくくなっていた。補助金を出している立場の国土交通省関東地方整備局は「クラック」を見に行ってもいない。このことを報じた報道機関もひとつも存在しなかった。

住民が撮影したクラックの位置を現場で確認した(2014年5月26日筆者撮影)
住民が撮影したクラックの位置を現場で確認した(2014年5月26日筆者撮影)

1滴も使われていない新ダム水利権

驚くことはまだあった。この新ダムで確保した水は使われていないのである。

ダムが運用できるのは、ダムの安全性が確認できてからである。受益者である小豆島町水道課は「湛水試験が完了していないため、新ダムで水利権が増える分は取水していない」と言う(2014年10月9日現在)。見かけは完成していながら、使っているのは旧ダムで許可された日量1000トンにとどまり、新ダムで確保したさらなる日量1000トンは結局、1滴たりとも使っていない。

新内海ダム堤体右岸から2キロ先の瀬戸内海を望む(2014年5月26日筆者撮影)
新内海ダム堤体右岸から2キロ先の瀬戸内海を望む(2014年5月26日筆者撮影)

「南海トラフ巨大地震」では小豆島では震度6強が想定され、山西さんら原告は「堰堤決壊」のリスクがあるのではないかと訴えてきた。利益は得られずリスクばかりを背負わされる事業の取消を訴えた司法にも裏切られ、「愛想もこいそもありませんわ。全面敗訴です。私達原告が言ったことは、ただの一文字も認めないんです」と、判決の翌日、筆者のもとには山西さんから電話がかかってきた。

このダムが設置された別当川(べっとうがわ)は全長わずか4キロメートルで、ダムは山頂からはわずか1.5キロメートル、河口までの2キロメートルに約3000人が暮らす。「ダム堤体が壊れてくることがあったら、私たちには逃げ場がありません」(山西さん)との声は、目下、瀬戸内海から吹く風にかき消されている。