2020年東京五輪スタジアムにアスリート達が無関心でいるべきではないワケ

英国在住の建築家ザハ・ハディドさんによる奇抜なデザイン(下図)が独立行政法人「日本スポーツ振興センター」(JSC)の国際デザインコンクールで最優秀賞を受賞したのは2012年11月16日だ。以来、「緑の安らかな空間が失われる」と懸念した人々が調べ始めると、様々な問題が噴出した。今や建築家や環境アセスの専門家たちが問題の是正を求めている。現・国立競技場の解体工事の入札の締め切りは7月16日と迫っているため、見直しは早急に必要だ。

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建築家ザハ・ハディドによる最優秀賞受賞作品 出典:JSC最終結果

オリンピックムーブメンツ・アジェンダ21とは

7月11日、千葉商科大学丸の内サテライトで開催されたシンポジウムで、「神宮外苑を国立競技場を未来へ手渡す会」共同代表で作家の森まゆみさんは「この案を選んだ人たちが『オリンピックムーブメンツ・アジェンダ21』を知っていたとは思えない」と指摘した。

オリンピックムーブメンツ・アジェンダ21」とは、国際オリンピック委員会(IOC)が1992年の地球サミットを踏まえて、1999年に作った行動計画だ。簡単にいうと少数派、女性、若者を大切にしながら自然、社会、経済環境をよくしようというメッセージに貫かれている。競技施設からスポーツ用品に至るまで開発行為への環境配慮が定められている。

競技施設については、次のように書かれている。

「既存の競技施設をできる限り最大限活用し、これを良好な状態に保ち、安全性を高めながらこれを確立し、環境への影響を弱める努力をしなければならない。既存施設を修理しても使用できない場合に限り、新しくスポーツ施設を建造することができる。」

新設する場合でも、地域にある制限条項に従い、「まわりの自然や景観を損なうことなく設計されなければならない」とある。

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参加と合意形成研究会シンポジウム「新国立競技場計画の持続可能性は?」(撮影筆者)

今回問題となっている新国立競技場のある神宮外苑地区は、新宿区、渋谷区、港区の3区にまたがる面積約64.3ヘクタールの区域で、大正15年(1926年)に「風致地区」に指定された由緒ある地区だ。

風致地区とは都市計画法第58条で定められた建築規制である。1969年には「風致地区内における建築等の規制に係る条例の制定に関する基準を定める政令」ができて、面積が10ヘクタール以上の風致地区の高さ、建坪率、外壁から道路までの距離の制限と「建築物の位置、形態及び意匠が当該建築の行われる土地及びその周辺の土地の区域における風致と著しく不調和でないこと」と、量と質とで景観が保全されるよう定められた。東京都はこれに基づいて東京都風致地区条例を作り、15メートルの高さ制限を行ってきた。

オリンピックムーブメンツ・アジェンダ21に従えば、今ある国立競技場を改修して使うべきところである。それを壊して、高さ70メートルの新国立競技場を作ろうというのである。

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現・国立競技場 出典:(JSC

後付けの規制緩和と環境アセス

実は、元々は現競技場の改修が考えられていた。JSCが発注して、2011年3月25日に屋根付きで収容人員7万人の耐震改修が777億円でできるという案を「久米設計」が示していた。市民による情報開示請求でそれが分かったのは、解体が決まってからだ。

JSCはこれを隠したまま、2012年3月6日には、石原慎太郎(当時東京都知事)、安藤忠雄(建築家)、森善朗(日本ラグビーフットボール協会会長)らが委員を務める「国立競技場将来構想有識者会議」を開き、同年7月に新築ありきで冒頭のコンクールの募集を開始した。報告書で確認すると「提案条件」には、高さ70メートルまでOKと書いていた。巨大で巨費を要するデザイン案が応募されてきたのは、この提案条件に原因があったのだ。

2013年9月7日に東京五輪の招致が決まっても、同会議は、立ち止まることなく、8万人を収容し、コンサートにも活用でき、2019年ラグビー・ワールドカップと2020年五輪のメインスタジアムとするなどを「新国立競技場基本設計条件」として定めた。

この時点では法律・政令・条例で定めた高さ制限に違反し、オリンピックムーブメンツ・アジェンダ21が求める環境アセス(環境影響を回避、低減させる手続)も行っていない。

環境アセスについては、東京都が、2013年12月24日に国際オリンピック委員会(IOC)の要求に基づいて「2020年東京オリンピック・パラリンピック環境アセスメント評価委員会」(会長 柳憲一郎・明治大学法科大学院教授)を初開催した。今年2月に「2020年東京オリンピック・パラリンピック環境アセスメント指針」を定め、5月に評価項目や手法について、都の環境局長に意見を出した段階である。

これでは事業の採算性などが抜けており「調査項目が不十分」であるとして、「参加と合意形成研究会」を立ち上げたのは元国際影響評価学会の元会長である原科幸彦千葉商科大学教授である。今回のシンポジウムはその観点から同研究会が主催したものだ。

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一方、地区計画で定めている高さ制限については東京都の都市計画審議会が2013年5月に審議した。しかし、議事録を見ても、「建築物等の用途の制限、容積率の最高限度、壁面の位置の制限、建築物等の高さの最高限度などを定めます」と抽象的な説明のみで規制緩和が妥当かどうかの質疑さえなかった。日本建築家協会がこうしたことを重視したことからJSCは7月に入り非公開で説明会を行っている。

ただし、風致地区については、許可権限が今年4月に東京都から区に許可権が委譲されており、手続はこれからだ。日本建築家協会・関東甲信越支部の南條洋雄・渋谷地区会代表は(写真)、7月5日に許可権者である新宿区と渋谷区に基本計画案の見直しを求める声明を出し、専門家として協力をしていきたいと述べている。

市民団体「神宮外苑を国立競技場を未来へ手渡す会」は勉強会の資料や動画をウェブサイトで公開し、パンフレットを作って「国立競技場を改修して使い続けよう」と地道な呼びかけを続けている。

国立競技場の行方については国際社会からも注目されている。英字誌エコノミストは、「極刑に値する罪」を意味する「Capital Crimes」とかけて「首都の犯罪」と題して、この問題をとりあげた。北京オリンピックはスポーツイベントとしては成功でも文化的には惨事だった、東京は違うと思うだろうが、前東京五輪を考えると安心はできないと、警鐘を鳴らしている。2020年五輪を目指すアスリート達なら、アナタは惨事を避けるために何をやったかと後ろ指を指されないよう、無関心ではいられない問題である。