うちもやられるのではないか

 大阪市北区にある心療内科クリニック放火事件で、発達障害の当事者の間にも動揺が広がっている。このクリニックは、「大人の発達障害」を診断できて、コミュニケーション・プログラムやリワークをしている数少ない医療機関として知られていたからだ。

「身近な存在だったのでショックが大きいし、これから自分たちも冷ややかな目で見られるのではないか」

 現場から地下鉄で3つ目の心斎橋にある発達障害カフェバー「金輝」の利用者の中にも、同クリニックの通院者たちがいて、そう戸惑っていたと、店長の橋際義さん(37歳)は明かす。

 同クリニックには発達障害だけでなく、精神疾患やアルコール依存症など様々な症状の患者が通っていた。数多くの命を奪った事件については(12月20日午後2時現在)、容疑者の動機もわからず、診察券を持っていたと報道されているものの、診断名もわかっていない。

「当初、予約は3か月待ちという情報も聞いていたくらい、人気の病院の1つでした。貴重な拠点を失って、ほとんどの当事者は前に進めていない状態の中、薬がもらえなくなってどうしよう?という発想すら結びついてない人も多いのではないか。とくに発達障害の方だと今後、臨機応変に対応できないのが心配です」

 そう話す橋際さんも、職場での人間関係に悩み、会社を辞めざるを得なかった。発達障害の診断を受けていたこともあり、同じように社会から取りこぼされた人たちの居場所をつくろうと、自ら2016年に「金輝」をオープンした。

「自分が把握している情報では、50~60歳代くらいの人を受け止めてくれる居場所がない。その年代の方々が相談しようにも、価値観が違っちゃうと、何かしらの行き違いも生じてしまうと思うんです」

 橋際さんも、事件のあった3日前の日中、店内に40~50歳代くらいの酔っぱらい男性が突然入って来て、意味のわからないことをいろいろと言われた。他人事ではないように感じる、という。

「今回の犯人とは少し年代も違うようですが、うちもやられるのではないかと考えると、怖いです」

何ともしてやれない寂しさを感じる

 関西地方の発達障害当事者会と家族会で構成する「さかいハッタツ友の会」代表の石橋尋志さんも、仲間の間で衝撃が大きかったという。

「一般の人の中にも一定数いるのですが、内的とらわれといって、“こうでないといけない”“こんなことが許せない”という思いがあるんです。それが歪んだ形で出てくる“認知の歪み”は、内的とらわれから発生すると思うんです。そういう人は、医師の言葉にも耳を貸さないし、自助会に行っても“あの人は違う”ということがあるんです」

 石橋さんによると、外的要因の投薬やスキルアップではなく、その人の内面に本人自身が目をむける療法をしている支援者は、あまりいないという。

「ピアサポーターの力でお互いに共感しあい、勇気づけてもらって、エネルギーをもらえる自助グループは、アルコール依存や発達障害、精神疾患に効果があることが証明されています。私見ですが、発達障害において一般に精神科医ができることは診断と投薬くらいしかない。お気持ちのある支援者ほど、本業ではない部分にまで篤心ゆえに手を差し伸べて、結果として逆恨みされることがある。私もボランティアする側ですが、どこかで手を引っ込めると、相手は“裏切られた”“見捨てられた”と受け取ってしまうことが多い。野球で例えると、全員の守備範囲の間にポトンとボールの落ちる、とら何ともしてやれない寂しさを感じることがあります」(石橋さん)

「発達障害当事者協会」(東京都新宿区)の嘉津山具子事務局長は、「今回被害に遭った院長は、働く人に寄り添ってくれる医師でした。約600人いたといわれる患者さんのうち、どのくらい発達障害の人がいたのかわかりませんが、コンサータなどの薬は処方医が登録制になっていて、簡単に転院できるわけではない」として、これから「数少ない成人発達障害の専門医が行き場のなくなった患者を受け入れてくれるのか」と心配する。

 メディアでは「自宅に火をつけたのは消防の発動を遅らせる目的では」とコメンテーターが話すなど悪質な計画的犯行というトーンで報じられているが、むしろ誰からも自分は必要とされていると実感できなくなった容疑者が、退路を断ったうえで行動に移したのではないかという心情も想像できる。とはいえ、このような数多くの人を巻き込んだ犯行を決して許すことはできない。

 犯行に至るまでの間、容疑者の中に何が起きていたのか。その真相を明らかにしてもらわなければ、多くの命が奪われた教訓は得られない。