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【震災裁判傍聴記】名取市閖上訴訟第4回弁論 原告が検証資料の開示を請求

池上正樹心と街を追うジャーナリスト

東日本大震災から、まだわずか4年余りしか経っていなのに、記憶の風化がどんどん進んでいるように思える。

被災地の情報を全国に発信しようと思っても、いまや被災地の裁判ネタさえ「ローカル扱い」にされ、メディアに載せることが難しくなっている。

そんな感覚が身についてしまってるので、とくに大きな被害に遭った被災地に通うたびに、あの日から時が止まったままのような「日常世界との格差」を実感することになる。

例えば、震災当時、在宅していた4000人ほどのうち、突出した割合の700人以上もの数多くの命が亡くなり、40人が行方不明のままとなっている宮城県名取市の閖上(ゆりあげ)地区でも、どうしてこれだけ数多くの人たちが犠牲になったのかと、若い夫婦の起こした裁判がいまも続けられている。

この地域の被害を大きくした原因の1つは、あの日、市の全域で、大津波を知らせるはずの防災行政無線が鳴らなかったことだ。

ちなみに、震災の2日前に起きた2011年の3月9日の地震ときや、1960年のチリ地震津波のときには、防災行政無線は鳴っている。

また、避難を呼びかけるための市の広報車などが町に繰り出さないなど、市からの避難指示が「何もなかった」ことも明らかになっている。

そうした「市の事前対策や、当日の避難誘導が不十分だった」などとして訴えを起こしているのは、震災当時、生後8ヵ月の長男や両親ら家族4人が閖上地区で犠牲になった夫婦とその親族。

25日の午後、その第4回弁論が仙台地裁(高取真理子裁判長)で開かれたので、傍聴に行った。

ところが、あまり傍聴者は来ていないのかと思いきや、この日、記者席を含めた48の傍聴席は、早々と満席になり、入れないメディアの記者たちもいた。

「真実を風化させまい」と、何度も集会を重ねて頑張ってきた、原告の夫婦のストレートな思いが、地域を中心に多くの人たちの共感を呼んだのだろう。

この日、原告側代理人からは「次回弁論の際、より広い法廷に変更してほしい」という要望も裁判長に出された。

裁判が始まったのは、2014年11月だが、今年4月には、真相究明のための「東日本大震災名取市閖上訴訟を支援する会」http://kazokunotameni.jimdo.com/が発足した。その背景には、地域に当時在宅していた6人に1人が犠牲になったことだけではなく、いまも数多くの被災者が仮設住宅で深刻な生活を強いられている事情もあるという。

とくに原告の40代の夫は、閖上という町の責任を背負う覚悟で闘ってきた。

それだけに、同会の洞口日出夫事務局長によれば、「原告を支えなければいけない」という賛同者は増え続け、80人を超えた。今後は、原告の思いを全国に発信していきたいという。

そんな満席の法廷で、原告の30代の妻は、声を詰まらせながらこう陳述した。

「名取市は、防災行政無線だけでなく、せめて地域防災計画の通り、広報車やサイレン、ヘリコプター等による住民の避難指示を適切に出していれば、私たちの大切な家族や、多数の尊い命を救うことができたはずです」

「このまま、あの日の真実がわからず、そうした真実をもとにした教訓がいかされないのでしたら、私たち家族の死は無駄になってしまいます。なぜこんなにも多くの犠牲者が出てしまったのか。その原因と真相を究明することで、これから起こるかもしれない震災で、何百、何千もの命が救えるようにしたい」

そもそも、このような裁判を原告が起こすに至るまでには、長いいきさつがある。

まず、閖上地区の遺族でつくる「名取市震災犠牲者を悼む会」(相沢芳克会長)が、3回にわたって公開質問状を佐々木一十郎市長に出したものの、「市はのらりくらりと質問をはぐらかして答えようとしなかった」(原告男性)という。

そこで、第三者検証委員会の設置を求め、市議会に請願してみようということになり、4000人の署名を集めた。こうして、2012年12月、請願は全会一致で採択され、半年ほど後の2013年7月になって、同会の要望を受ける形で「東日本大震災第三者検証委員会」(委員長:吉井博明・東京経済大教授)が設置された。

同委員会が検証した内容は主に、

(1)津波到達までの70分の市の初動対応や避難誘導、事前対策の策定状況

(2)閖上地区に被害が集中した背景を解き明かすための住民の避難行動

(3)防災行政無線の不具合

の3項目。検証過程については、筆者も名取市に通って委員会を傍聴し続けてきたが、2014年3月にとりまとめられた最終報告書には、市の事前の防災対策の不備や、当日の対応についての厳しい指摘が並んだ。

それに対し、夫はこう訴える。

「第三者委員会は結構やってくれましたけど、私からすると2割か3割くらいしかわかっていない。(地震のあった)14時46分から19時までの行動が明らかになっていない。中でも、災害対策本部で何をやっていたのか。市の行動がまったく記載されていません。せっかく検証報告ができても、これからの新しい町づくりに役立てないといけないはずなのに、市議会にも市民にも、説明報告が一切ない」

この第三者委員会においては、事前の地域防災計画についてかなり検証していたものの、真実が明らかになったわけではない。

この日、原告側は、第三者委員会の検証資料の開示を裁判所に請求した。市が行った検証であるにもかかわらず、検証資料を市が保管していないことがわかったからだ。

また、「(被告は)市の地域防災計画についても、都合のいい部分しか出していない」などと指摘する。

一方、被告の市は、裁判において「法的な責任はない」として、請求の棄却を求めてきた。

そのうえで、「被告の主張立証に必要な範囲で証拠を提出することは訴訟活動上、当然のことである。災害対策本部の具体的行動についても、分単位で行動を明らかにすることは不可能であるし、本件審理において必要とは思わない」などと主張している。

次回の口頭弁論は、8月10日の13時30分から行われる予定。

心と街を追うジャーナリスト

通信社などの勤務を経てジャーナリスト。KHJ全国ひきこもり家族会連合会副理事長、兄弟姉妹メタバース支部長。28年前から「ひきこもり」関係を取材。「ひきこもりフューチャーセッション庵-IORI-」設立メンバー。岐阜市ひきこもり支援連携会議座長、江戸川区ひきこもりサポート協議会副座長、港区ひきこもり支援調整会議委員、厚労省ひきこもり広報事業企画検討委員会委員等。著書『ルポ「8050問題」』『ルポひきこもり未満』『ふたたび、ここから~東日本大震災・石巻の人たちの50日間』等多数。『ひきこもり先生』『こもりびと』などのNHKドラマの監修も務める。テレビやラジオにも多数出演。全国各地の行政機関などで講演

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