Facebook8700万人情報流出問題とアップル新戦略が示すビッグデータ時代の新秩序

アップルCEOは子どもたちの行動データを商売にしないと約束(筆者撮影)

 クラウドコンピューティングはスマートフォンなどを通じて生活の中に浸透し、世の中を大きく変化させた。そのうちのひとつには、クラウドから収集される様々な行動データを再利用することでサービス品質を向上させる取り組みがある。

 しかし、ビッグデータは必ずしも社会を豊かにすること”だけ”に使われるわけではない。

 データがどのように利用されているのか(あるいは利用される可能性があるのか)という実態が明らかになってくると、データを多く収集できる立場にある企業に疑いや憎悪の目が向けられることも多くなってきた。

 現代で提案される様々なテクノロジ製品、サービスの多くがクラウドを利用していることを考えれば、この視点は自分たちが選ぶべき製品、プラットフォームを考える上での重要な指標となり得る。

 データの時代において、SNSのように人々の行動を追跡できるプラットフォームは、利用者が知らないところで思わぬ結果をもたらすことがある。クラウド上にはサービスも多いが、それらが本当に”タダ”なのか。我々は見極めていく必要がある。

”データで商売しようなんて思わない”とアップル

 先週、3月26日にアップルの教育市場向け発表会に招待されイリノイ州シカゴを訪問すると、米国内の話題はFacebookがデータ漏洩後の対応のまずさで叩かれている最中だった。その煽りを受け、他のSNSサービス事業者など、”データで商売しているに違いない”と目された銘柄の株価が急落していた。

 翌日にあったアップルによる発表は、革新的ではないが、堅実なアップデートを果たしたコストパフォーマンスの高い新型iPadと、教育市場向けに用意したアプリ、基本ソフトのアップデートなどに関するものだ。Facebookの話と直接は関係ないように思えるが、実は今後のテクノロジ企業が進む方向感を左右するかもしれない、ある”対比の構図”がそこに浮かび上がってくる。

 データを収集してビジネスとする企業と、データ収集に興味がない企業という対比だ。

 単なる偶然も重なったのだろうが、アップルはこの発表において「我々はデータで商売をしようなんて考えたこともない」と強い言葉でメッセージを発した。この言葉そのものが”称賛”されているわけではない。教育市場向けのアプリケーションで教師や子どもたちのデータを収集し、ビジネスをしないなんてことは、倫理的に言えば当たり前のことだからだ。

 しかし、その反対側に”当たり前ではない”と目される企業があれば話は別だ。

 英Futuresource Consultingの調査によると、米国のK-12(幼稚園から高校3年まで)教育市場向け端末において、グーグルのChrome OS採用製品は2016年の段階で58%にまで達している。昨年はさらにシェアを伸ばしたと言われており、6割を超えている可能性が高い。そして約2割がWindows端末で、アップルのiPadは15%を切るぐらいのシェアしか持たない。

 アップルがiPad Pro向けに開発した技術をベーシックな価格のiPadに盛り込んだのは、グーグルに大きく負け越しているからに他ならない。データの扱いに関して言及したのは、最大のライバルであり米教育市場を支配しているグーグルに向けたものであることは間違いない。

データ事業に対する強い嫌悪感を示す米社会

 価格下落で値ごろ感を増したテクノロジ関連株は一部に買い戻しが始まっているが、値を戻していない銘柄も多い。ユーザーの行動データを商売にしているとの噂を立てられたツイッターは、株価が20%ほど下落。その後も回復傾向にない。グーグル親会社のアルファベットも、約1135ドルだった株価は筆者がこのコラムを執筆している時点で約1005ドルまで売られている。

 ”Facebookから大量の個人情報が漏れ、大統領選でトランプを利するために使われた”

 ニューヨーク・タイムズとオブザーバーが3月17日に報道したケンブリッジ・アナリティカへの個人情報漏洩問題が、Facebookのみのスキャンダルに収まらず、”データをビジネスにするテクノロジ企業”全般への嫌悪へと拡がっていることへの影響が、他のネット企業にも波及しているためだ。

 Facebookは事態を収拾するため、このデータを用いて米大統領選に介入したと目されるアカウントの情報を自ら公開しはじめているが、当初、5000万人分とされていた情報流出は精査の結果、8700万人まで拡大しているという。この問題が他のネット企業にも波及して止まないのは、その背景にあるクラウド上で展開するサービスの事業モデルに対する漠然とした疑問があるからだ。

 それは過去数年にわたって”鬱積してきたもの”でもある。無料な上、親切で便利なサービスが、本当に”タダ”あるいは”格安”で、本当に人々の暮らしの質を高めるためだけのものなのか。頭のなかに疑念を感じてきた人は少なくないはずだ。

 たとえばスマートスピーカーに。アマゾンやグーグルがデータ収集する窓になっているのではないか、といった懸念を持っている人たちもいるはずだ。そうした背景の中、Facebookのように毎日の行動や発言、友人関係などが、ひとつの企業が管理するサーバ上で追跡され、それが大統領選という米国にとってもっとも大きな意味を持つイベントで活用されたことで、その鬱積した不満、嫌悪感が堰を切ったように溢れ出している。

 匿名の行動情報について、どこまでプライバシーとして守られるべきかは、もちろん、応用分野にもよるだろう。たとえば生体信号と健康、事故、医療などの事案の関係性などは、直接的に提供者に利益が還元される可能性がある。

 一方、アップルは教育現場をサポートするアプリを、校内ネットワーク内で閉じた通信で成立するよう設計した。教師や生徒たちには200Gバイト分のiCloudストレージが無償提供されるが、これはあくまで各種メディア素材や成果物を収めるストレージ。アプリそのものは、教師と生徒の間で行われるプライベートの通信で動作する。

 ウェブブラウザを基本に動作するChromebookでは、教師と生徒の間に発生するさまざまな操作、行動がサーバ上で処理されるが、iPadを用いたソリューションならば、インターネットに対してそれら操作履歴は一切送信されない。

同じような立ち位置に見えて、まったく異なる事業モデル

 実際にグーグルが「G Suite for Education」(Gmail、Google Documentなどおなじみの機能に加えて、課題制作と配布、進捗管理などを行うGoogle Classroomや、体験学習をサポートするVR機能などを統合したクラウドベースのアプリケーションスイート)においてデータを集めているのか。集めているとして、それをどのように使おうと計画しているかは明らかではない。

 仮に今後、米教育市場においてアップルが巻き返したとしても、シェア変動とプライバシー問題に直接結び付けられるかどうかはわからない。しかし視点を変えて業界全体を俯瞰すると、この問題はスマートフォンやタブレットといった、情報通信技術を用いたエレクトロニクス製品における勢力図に、小さくない影響を与えていくかもしれない。これまであまり問題とされてこなかったテクノロジ企業を評価する上での視点が、今後は追加されることになると考えられるからだ。

 アップルが利用者の行動をデータ化し、それをマネタイズすることに「興味がない」と断言しているのは、彼らの本業がハードウェア事業者だからに他ならない。彼らはネットワークサービスも提供しているが、もっと大きなキャッシュフローを生み出している自社製品の価値を高めるために、サービスやコンテンツを整備している。

 一方、グーグルの本業は何かと言えばネット広告に他ならない。高精度なターゲティング広告をグーグルの企業競争力の源泉とするならば、その先にはデータの収集と分析が透けて見える。彼らはハードウェア端末を売ることに興味があるのではない。自分たちが開発・提供する基本ソフトが世の中で広く使われることの方が重要なのだ。

 結果的によく似た市場で、よく似た立ち位置にある”プラットフォーマー”と言われる両社だが、事業モデルの違いは行動データに対する考え方の違いとして現れている。

”データがより良い社会を作る”一方で……

 一方、さらにテクノロジ業界全体に視野を広げると、また違った風景が見えてくる。

 このところテクノロジ系スタートアップ、あるいはそうしたベンチャー企業との協業に興味を示す企業と話をしていると、多くの場合「将来、この事業で収集したデータが、○○の領域で有効に活用できる」といった話が出てくる。IoTブームの頃、ありとあらゆる製品プランに「○○をIoT化すると~」といった文言が含まれていたものだが、その頃を思い出すような勢いだ。

 たとえば生命保険会社は、加入者の生活習慣と健康状態、疾病などとの関連性を知りたいと考えている。極めてカジュアルな形ではあるが、フィットネストラッカーと生命保険を組み合わせた商品はすでに存在する。どこまでバイタルサインを獲得できるかにもよるが、これは自動車などを運転するドライバー(特に職業として運転が必要なドライバー)向けの保険などにも応用できるだろう。

 生活習慣と健康状態について、何らかの傾向を見つけることができれば、保険会社だけでなく加入者も生活習慣改善のアドバイスなどでフィードバックを得られる。あるいは具体的なデータに基づいて、職業ドライバーに休憩などを促すこともできるだろう。

 しかし彼らが目指しているのは、保険商品としてより良いものにする、というだけではない。収集・分析した結果をデータとして、それらを必要とする企業に販売したいと考えている。

 テレビやネット動画の視聴動向、どのようなニュースに興味を持っているのか。人の行動、そして行動をモニターできる場面があれば、そこにはデータビジネスの可能性があるが、これからの時代、もっと多様なデータ収集が行われる可能性がある。それらは社会を豊かで心地よいものにする側面もあれば、プライバシーを尊重すべきという議論も巻き起こるだろう。

何が起きているのか”理解”すべし

 現在ではごく当たり前として捉えられるようになっているが、ネット上での様々な行動は様々な形で追跡されている。どんな情報に興味を持ち、どんな商品を購入し、どんな人達と交流し、どのようなコンテンツを楽しんでいるのか。

 自分が好むだろう商品を見つけてくれたり、きっと愉しめるだろうコンテンツをおすすめしてくれることは、決して不快なことではない。保険料が安くなったり、健康に対するアドバイスがもらえたり、あるいはバイタルを提供することで安価に自動車が購入できるような時代が来るかもしれない。何をどう選択し、透明性が保たれている中でプライバシーとセキュリティに関する線引を自分自身で選べるならば、データで誰がどんな商売をしようと関係はない。

 しかし、収集された情報がどのように扱われるのか、まったく想像できない状況を心地よいと思わない人もいる。この15年ほどは、次々にクラウドへとアプリケーションが溶け出した時代だった。しかし、クラウドの活用とプライベートな通信で閉じたアプリケーション。今後は用途ごとにバランスを取ることが、コンシューマ向けのサービスやアプリにも求められるようになるだろう。

 が、その前に、利用者の立ち位置で見るならば、あらたに流行しはじめた技術を見る際に、そのデータの流れや活用の幅といった視点で、その仕組を見るべきだろう。望むか望まないかに関わらず、インターネットをサービス、製品の基盤として活用している限り、行動データは何らかの形で使われ、利便性を高めることもあれば、プライバシーを侵害することもあり、場合によっては選挙結果に影響を及ぼす使われ方もする。

 重要なことは、そうした活用がされる可能性について理解しておくことだ。今、目の前で使っている製品は、ハードウェアを使っているようでいて、しかし実際にはサービスにアクセスしているだけなのかもしれない。

 そういった視点で俯瞰してみると、Facebookのデータ流出事件の影響をもっとも大きく受けるのはグーグルなのかもしれない。彼らが提供しているプラットフォームは、多様なメーカーが無料で入手した上で採用している。ではなぜ無料で使えているのか。ほんとうに”タダ”なのか。疑問の払拭は容易ではない。