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iPhone Xか8か。実機から感じる決断のポイント

本田雅一フリーランスジャーナリスト
11月3日に発売されるiPhone Xのパッケージ

iPhone Xか8シリーズかで迷うあなたに

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 発表から2ヶ月近くが経過し、いよいよ11月3日にiPhone Xが発売される。

 技術進歩に合わせて性能・機能を向上させたiPhone 8/8Sに対して、新しい技術トレンドを盛り込んで”iPhoneのフォーマットを更新”しようと試みたのがiPhone Xだと、発表会のレポートで筆者は繰り返し書いてきた。

 スマートフォンというジャンルを産みだしたiPhoneも、初代モデル発表から10年以上を経て技術が進歩し、製品作りの環境は大きく変わってきている。最新の技術やコンセプトを当てはめれば、これまでとは異なる製品になるだろう。とはいえ、すでに使い慣れたiPhoneは大きくは変えにくい。多くのアプリをどのように引き継ぐかという問題も出てくる。

 当初の志やコンセプトを堅持したiPhone 8シリーズは「初代から続くiPhoneの系譜を引き継ぐ正当後継モデル」、iPhone Xは「様々な制約やルールをいったんリセットし、新しいiPhoneの基本形を模索したモデル」ということだ。

 しかし、そこには「完成度と安心感のiPhone 8」と「斬新で未来感のある(しかし未完成な)iPhone X」というニュアンスもあった。発売前に言葉にはできないが、少なくとも筆者の頭の片隅には懸念があった。

 その懸念とは、第一に操作性、第二にアプリの互換性と発展性、第三に顔認証システム「Face ID」の振る舞いだ。

 もし、これらの懸念が払拭できるならば、4.7インチiPhoneに近い持ちやすさを持ち、5.5インチのiPhone Plusに近い表示面積を誇り、デュアルカメラの望遠側にも(待望と言える)光学手ぶれ補正が加わったiPhone Xは、たとえその高価な定価設定を考慮したとしても入手したくなる製品だ。

 なぜなら、筆者は発表会におけるハンズオンで他のOLEDディスプレイ採用機に比べて忠実な色再現、高い輝度などしばらしいディスプレイ表示を確認。さらに、継ぎ目がほとんど感じられないチリを徹底的に詰めた作りの良さ、ステンレスとガラスの質感に、電子機器であることを忘れそうになるほどの”モノとしての魅力”を目の当たりにしていたからだ。

 しかし、発表された価格とともにいくつかの懸念はある。発表会から2ヶ月近い時間が経過した現在、ここでは筆者が懸念していたiPhone Xの疑問について、実機を使って確認してみた。

深度情報の取得で拡がる可能性

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 Face IDはiPhone Xにおける最大のハイライトだが、同時にいくつか「きちんと動くのかな?」という懸念を持っている方もいるのではないだろうか。

 ”見つめるだけ”で個人を見分けるというSFのような設定の機能は、ハリウッドの精緻な特殊メイク用マスクをも見分け、帽子やメガネで変装しても本人であることを見分けるという。ちなみに”見つめる”ことで認識する機能はオン/オフが可能で、見つめなくとも顔の形状だけで本人を特定することもできる(その場合、知らず知らずのうちにロック解除されている可能性もあるだろうが)。

 しかし、それだけではない。

 Face IDに使われているのは、赤外線を方眼状にドット照射し、それを赤外線カメラで捉えることでカメラから被写体への細かな距離(深度)を計測。3D形状を認識する技術である。

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 この機能は(現時点では顔が対象だが)様々な物体の形状をリアルタイムで把握できる可能性を持っている。現時点では応用例サンプル的に「Animoji(アニモジ)」……利用者の表情をiPhone Xが検知し、それに合わせてキャラクターが表情を変えていくアニメを作るiMessageの機能……が提供されている。

 インカメラに対して、iPhone 8Plusのデュアルカメラと同じようなポートレイトモード、ポートレイトライティングモードを実現しているのも、やはり”深度”を計測して被写体と背景を正確に分離できるからに他ならない。背景と被写体の分離という面では、本来のアウトカメラ用よりも優れている面もある。

 またまだリリース前のため手元の端末では試すことができないが、写真・動画SNSのSnapChatはこの機能を用いて顔の写真や動画にフェイスペインティングを施す機能を追加するという。β版を試用してみたが、極めて追従性はよく将来的に面白い機能に発展しそうだ。

 おそらく時間が経過すれば、さまざまなアイディアが集まり、Face IDに使われている深度計測機能を使ったアプリが登場することだろう。しかし、Animojiのようなお遊びならともかく、個人を特定してプライバシーやクレジットカード情報などを守る……となると、慎重に評価せざるを得ない。

想像を超える完成度のFace ID

 一方でアップルは発表当初より、指紋認証のTouch IDより優れた点として「速さ」「正確さ」の二点を繰り返し訴求していた。つまり、指紋を使うよりもずっと”顔認識”の方が安全ですよということだ。

 このうち「速さ」に関しては、実際に使ってみればすぐにわかる。どんな状況でも、iPhoneの前で目線を向ければ(前述したように”見つめる必要性”はオプションでオフにもできる)即座に個人を認識してくれる。

 もうひとつの「正確さ」はTouch IDよりも正答率が高く、誤って認識する確立は1/100万でしかないとのことだ。しかし、いや本当?と思っている人も多いのではないだろうか。たとえば筆者はこの1年で49キロ減量したのだが、その結果、顔つきはかなり変化している。そこまでの急激な変化はないにしろ、伸ばしていたヒゲを剃るなどの変化は考えられるだろう。

 寝ている間に3Dスキャンされ、変装マスクを作られてしまえば、基本的には3Dの形状は同じではないのか???

 しかし、そうした”似せる”テクニックを複数種類試しながら、機械学習で繰り返し本物と偽物の区別がつくように学習データベースを作っていった結果、ほとんど誤認識のないFace IDを作れたのだそうだ。

 もちろん、誤認識は”誤って偽物を本人と思う”だけではない。しかし、人は急に変化はしないものだ。毎日の微妙な変化……認証時にiPhone X自身が識別した”ゆらぎ”……を逐次学習していき、一般的な体重の変化や顔つきの変化(老化など)には対応できるようになっている。

 もちろん、長く伸ばしていたヒゲと髪の毛を同時にそり落とした時、Face IDで認識が失敗する確率がゼロというわけはない。しかし万一、認識に失敗したとしても、直後にパスワードでログインすると「これは本人であり、他人だと認識したのは単なる”揺らぎ”である」と判別し、次回以降の判別制度向上のためにフィードバックされる。

 では真っ暗な場所での認識はどうなのだろうか?

 Face IDは赤外線のドットをマトリックス状に照射し、そのドット配置を赤外線カメラで読み取っているのだから、真っ暗な場所でも形状認識は可能なはずだ。しかし、懸念されるのは、”見つめる”ことで認証を取るという仕組みが採用されていることである。

 見つめているかどうかを判別するには、通常のカメラで表情を捉え、眼球の様子を映像分析する必要がある……と思ったからだ。そのためには少なくともインカメラが映像を捉えられるだけの明るさが必要となる。

 ところが、どのように目線を認識しているかは”非公開”とのことだが、真っ暗な中でもきちんと視線を認識し、目を開いて見つめるまではロックが外れなかった。つまり明るさは関係ないということになる。

 では互換性はどうか?アプリ側からはTouch IDとまったく同じ手順で認証機能を呼び出せるとのことで、画面表示上「Face ID」とするにはコードの書換が必要だが、機能そのものはそのままでも動く。

 Face IDは各種アプリのログインやSafariからのログインなどでも利用でき、もちろんApple Payからも利用されている。必ずしも画面に対して顔を正対させる必要はなく、ある程度顔が映るだろう位置関係で目線を送るだけで認証されるので、決済時のクレジットカード認証にもまったく不便はない。

 今のところFace IDにネガティブな要素は思いつかない。少なくともFace IDとTouch IDであれば、前者の方がはるかに使い勝手がよく、しかも深度計測をAPIとして提供、アプリで活用できる点を含め、将来の発展性も感じられる。

従来ユーザーも”あっという間”に慣れる新UI

 一方、操作性に関しては明らかに従来のユーザーに負担を強いられそうに思えるが、こちらも問題はなさそうだ。

 iPhoneを操作する際の起点であり、個人認証デバイスでもあったホームボタンがなくなるのだから、完璧に統一されてきたiPhoneの操作体系はここで変化を余儀なくされ、ふたつの道に分断されることになる。

 ホームボタンの代わりに割り当てられたのは、画面下端からのスワイプである。下端からスワイプし、画面中央部でホールドするとタスク切り替えとなる。タスク切り替え画面でいずれかのタスクをタップ&ホールドすると、各タスクに「-」マークが表示され、自由にタスクを終了させることができる(従来通り、上方向にスナップしてもタスクは終了できる)。

 一般的なiPhoneにおいて、下端からのスワイプはコントロールセンターの呼び出しだが、それは右上隅から画面中央へのスワイプで行うよう変更されている(真上からのスワイプは、従来通りの通知センター呼び出し)。

 これはかなり迷うのではないか……と想像していたが、ものの10分も触らないうちに、すっかり慣れてしまい、ボタン操作をほとんど行うことなくジェスチャーだけでiPhone Xを使っていた。

 言葉で書くと雰囲気は掴めないかもしないが、従来からのiPhoneに慣れている利用者も、ホームボタン相当の操作とコントロールセンターの呼び出し。この二つを知っていれば特に問題なく使えるだろう。なお、画面キャプチャはサイドボタン+音量上ボタンの同時押しで取得することができる。

iPhone X非対応アプリは従来iPhoneと同じように表示

 次に懸念していたのは、画面の縦横比が変化したことによるアプリの互換性。

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 縦横比が変化するため、iPhone Xの大画面を活かしたアプリとするには、あらためてユーザーインターフェイスのレイアウトをしなおさねばならない。この対応が進むには、ある程度の時間がかかるだろう。

 ところが使い始めても、あまり違和感を感じない。なぜなら、今までのiPhoneとホームボタン以外は変わらない体験になるよう設計されているからだ。

 上下に黒帯(下帯にはホーム操作時の目安を示す横方向のバーが表示される)が表示されて表示エリアが16:9に制限される。つまり、従来レイアウトのアプリはiPhoneより少し大きめ、iPhone Plusよりも少し小さめの表示ながら、これまでと同じ感覚で動くのだ。OLEDディスプレイの黒が沈んでいるため、黒帯表示とベゼルの境目がほとんど区別できないことも自然に感じる理由かもしれない。

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 一点、違和感を感じるとするなら、キーボードレイアウトがiPhone X対応アプリとそれ以外で変化することだろうか。iPhone X対応アプリはディスプレイが縦長になることを前提に、言語切り替えボタンがキーボードレイアウト外、下側に外れ、その分、キーレイアウトに余裕が出るため打ちやすくなる。しかし、新旧レイアウトの異なるキーボードがアプリの対応状況に応じて混在することになる。

 同様の状況は過去にもあった。致命的と言えるような問題ではなく、時間が解決するだろう。

感性に響く作り込み

 iPhone Xの”目新しさ”に対して、やや引いた目線で見ていた読者もいるかもしれない。しかし、実のところiPhone Xは意外にも練り込んで企画・開発されており、高い完成度で投入されている。

 遅ればせながらだが、iPhone Xのステンレスフレームとカバーガラスで作られた筐体は、その接合面が徹底的に詰められ、まるで一枚のインゴットから削り出したかのような塊感がある。ステンレスフレームの輝きも美しいが、スペースグレーのシームレスな仕上がりを魅力的に感じる人もいるだろう。

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 いずれも素直に高級感と仕上がり精度の高さを認めざるを得ない。

 それは機能や性能といった数値化することができない部分だが、iPhone Xのこだわり方は尋常ではない。それは外装以外の部分にも現れている。

 たとえばOLEDを使うスマートフォンはたくさんある。iPhone XがOLEDだといったところで「今さら?!?」と思っている方も多いだろう。そうした疑問に対して「調達数を確保できないから」というのが、大方の予想であり、おそらくは正解だ。

 しかし、もうひとつ重要なポイントがある。

 OLEDは素晴らしいディスプレイだが、完璧なわけではない。最大輝度ならば液晶の方が出しやすいだろうし、コストの問題もある。基本的な特徴が優れているからといって、ベストなソリューションではない。

 しかしiPhone Xが採用したOLEDに関しては、このジャンルで随一のすばらしい仕上がりだ。OLEDといっても様々なディスプレイがあるが、アップルはこれまでと同じように”正しく表示”することを念頭に開発を行ったようだ。

 OLED採用の他のスマートフォンは、とかく色純度の高さをひけらかすような鮮やかな画面を前面に出すが、iPhone Xの表示は自然そのままの風景を描写する。アップルは過去数年にわたって、コンピュータでの広色域データの扱いについて整備してきた。

 デジタルシネマ向けのP3カラーを下敷きにしたディスプレイP3をアップルのシステムが一貫して採用したことで、OLEDの色純度をひけらかすように鮮やかに見せるのではなく、リアリティを描くための新しい絵の具として使いこなされている。

 

新たな10年の第一歩

 念のために確認しておくと、iPhone 8シリーズとiPhone Xは同じシステムLSIを共有している。処理能力や今後、アップデートされていくだろう将来のiOSへの対応度という意味でも同等と考えていい。

 これはカメラも同じで、iPhone 7シリーズに対して大幅に表現力が高まったカメラの画質はiPhone Xと8シリーズで”ほぼ”共通だ。少なくとも広角のまま撮影する上での差はない。センサーとプロセッサが同じなのだから当然だ。

 カメラアプリでズームを「2X」にすると、望遠側レンズの明るさがF2.8からF2.6となって38%取り入れる光量が増える他、従来は組み込まれていなかった望遠側レンズへの光学式手振れ補正機能が加わるなどの改良点が見つかるが、決定的な差かどうかは意見がわかれるところだろう。

 しかし、冷静に評価したとしてもiPhone Xは評価すべき一歩を記しているように思う。

 手のひらにすっぽり収まるコンパクトなサイズ感に、iPhone 8Plusを超えるカメラ画質とFace ID。もしスマートフォンに最先端を求めないないならば、iPhone Xを選択する必要はない。しかし、これから先、新しい進化を遂げられるのかどうか。

 これからの10年をアップルがどのように考え、iPhoneの将来性を高めようとしているのか。その歩みに付き合ってみるのも悪くないと思うなら、iPhone Xはなかなか良いチョイスだと思う。

フリーランスジャーナリスト

IT、モバイル、オーディオ&ビジュアル、コンテンツビジネス、モバイル、ネットワークサービス、インターネットカルチャー。テクノロジとインターネットで結ばれたデジタルライフと、関連する技術、企業、市場動向について解説および品質評価を行っている。夜間飛行・東洋経済オンラインでメルマガ「ネット・IT直球レポート」を発行。近著に「蒲田 初音鮨物語」

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