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アリタリア航空荷物盗難事件。被害の傾向と対策

本田雅一フリーランスジャーナリスト

先日より伊アリタリア航空職員が、空港で組織的な荷物盗難を行っていたというニュースが世界中を駆け巡りった。CNNが報じた「アリタリア航空の係員ら86人逮捕、乗客の荷物盗む 伊」によると、ローマ・フィウミチーノ空港でアリタリア航空職員の49人が逮捕され、ミラノ・リナーテ、ナポリといった主要空港でも37人が逮捕されたという。

乗客からの苦情を受け、警察が1年半前から捜査を開始。主要空港で撮影した2000時間におよぶビデオ映像をチェックし、職員逮捕に結びつけたとのことだが、捜査中の容疑者はまだ数多く残っており、最終的な逮捕者が何人になるかは判らないという。

イタリアの警察当局が発表した映像が多くの報道機関より伝えられているが、実は筆者もゴールデンウィーク直前、今年4月14日に仕事でイタリアに向かった際、本事件と同じ犯行グループによると思われる被害に遭った。

荷物盗難に関する捜査の進展、アリタリア航空の改善への取り組みに関しては、今後の成り行きを見守りたいが、本記事では実際に被害に遭遇した筆者の視点から、いくつか思うことについて書き進めていきたい。

スーツケースの破壊、手慣れた対応

欧州への出張が多い知人から「欧州はスーツケースを壊されることが多いから気をつけて。特にイタリアは壊される確率が高い」と聞かされていた。とはいえ、往路は荷物も軽く、放り投げられたぐらいで壊れるはずもない。軽い盗みだけなら、鍵をかけていないファスナー式のソフトケースを狙うだろうと高をくくっていた。

錠が壊され、ロックダイヤルは回転せず、再ロックが不可能な状態になっていた。
錠が壊され、ロックダイヤルは回転せず、再ロックが不可能な状態になっていた。

旅程は成田からローマ、フィレンツェへの乗り継ぎ。乗り換えは2時間と短いトランジットだったが、フィレンツェに到着した時には、スーツケースの錠が壊され、中に入れてあったポーチなども空けられ、グチャグチャに再収納されていたのだ。

当初、筆者のスーツケースから衣服がはみ出ているのを見て不思議に思ったのだが、よく見ると二つある錠はいずれもロックされておらず、仮留め用の中央にある留め具だけで全体が支えられていた。到着からバッグ受け取りまでの時間を考えると、ローマでの積み替え時に破壊されたことは間違いない。

あちこちに細い棒が差し込まれた跡があり、コーナー保護のパッドまでこの通り
あちこちに細い棒が差し込まれた跡があり、コーナー保護のパッドまでこの通り

実はスーツケースを破壊されたのは、これが初めてではない。米国で9.11事件があった後、荷物の中身チェックを全数実施するので鍵をかけるなとTSA(アメリカ国土安全保障省運輸保安庁)が発表した直後、誤って鍵をかけたまま荷物を預けたためだ。その際、粘着テープで巻かれたスーツケース中には検査した旨の通知と、破壊したスーツケースについてTSAは保証しないとの旨、メモが入れられていた。

あるいは今回も、何かX線スキャンで怪しい物体が見えたのだろうか?と訝しみながらアリタリア航空の荷物係を訪問すると「鍵が壊れてる?何か盗まれました?ではここに住所や滞在先を書いて」と、荷物の状況を確認することなく、サクサクと荷物のダメージレポートを作成してくれた。

検査のために開けられた可能性を訊ねると、空港職員は「成田でスキャンされているのに、乗り換え時にローマで再スキャンして中身チェックすることはありません」とのこと。スーツケースの状況は確認しないのか?と言うと「見なくても状況は判る。よくある事だから。盗まれなくて良かったですね。ローマではよくモノがなくなるのよ」と筆者に説明した。

被害のしわ寄せは何処に

きちんと話をして、親切に説明はしてくれるものの、荷物の現状確認などはいい加減。何故だろう?と思ってたが、その理由は翌日すぐにわかった。彼らが補償する額は、さほど大きなものではなく、ちょっとしたスーツケースならば、修理でも新品交換でも、最大補償額をオーバーしてしまうのである。

アリタリア航空に限らず、多くの航空会社は手荷物係で受け取ったダメージレポートを元に、スーツケース破損の補償申請期限を14日以内ぐらいに設定している。筆者は10日以上の滞在だったため、すぐに申請を行った。そもそも筆者のケースでは、錠の付いた留め具が使いものにならなくなったため、そのままでは旅行を続けることができない。4日後には、フィレンツェからローマ経由でカリアリに入らねばならなかった。

そこで判ったのは、修理するにしても、新品を買うにしても、50ユーロという補償上限が設定されていることだ。滞在が短く修理ができないなら、自腹でスーツケースを買うしかないという。壊れたスーツケースは日本に送り、日本で修理に出せば直る可能性はあるとのこと。

かつてはスーツケースの破壊に関して、どの航空会社も無償修理で対応していた。修理不能な場合は、同等の新品が支給された経験もある。しかし、2000年前後からこの規定は見直されており、アリタリア航空の規定が特別に不親切というわけではない。

しかし、こうした規定はあくまで荷物を通常通りに扱っていた中で、たまたま壊れた場合の話だろう。錠の隙間にピッキング用ツールを差し込んで壊すことは想定していないはずだ。

「トランジット時、荷物は常にアリタリア航空の管理化にあるのではないか?人為的に壊されていたなら、その責任はアリタリア航空にあるのでは」となどの話題に言及するとガチャリと電話を切られてしまう。

致し方なく日本のサポートに電話すると、苦情対応はFAXか電子メールのみとの音声案内。メールによるカスタマサポートでは「日本まで持ち帰っていただければ、提携業者による修理を受けられます。新品に買い換える場合、日本では75ユーロ相当までが上限となります。日本まで持ち帰ってもらえませんか?」となり、やはり出先では対応できないとのこと。

結局、後述する方法でなんとかスーツケースを使い続け、日本にまで持ち帰ることができたのだが、この話には続きがある。日本に持ち帰り、成田でアリタリア航空からダメージレポートを受け取り、修理業者に宅配便で送ったものの、最終的には「ダメージが大きく、修理箇所が多いため、アリタリア航空が規定する修理金額の上限を超える」との判断が下され、修理不能で戻って来たのである。

さて、どうしたものかと思案して気付いたのが、この一連の流れの中で最終的に修理代(あるいは新品への買い換え費用)を負担するのは保険会社ということだ。

面倒な交渉をするのか、携行品損害保険を使うのか

こうした様々なやり取りは、かなり単純化して書いており、実際にはもっと複雑で多くの労力がかかっている。正直に言えば、年に5〜6往復、6年も使ったスーツケースだし、時間を使うよりも仕事をした方がマシだ、と思いはじめていたところに、今回のニュースが飛び込んできた。航空会社との交渉を諦めるといっても、損害に対する補償を諦めるという話ではない。旅行傷害保険の携行品損害保険を使うという方法だ。

筆者の場合、日常的に使っているクレジットカードに、1品10万円以内、最大150万円までの携行品損害補償が付帯している。こうした旅行向きのクレジットカードを保有していなくとも、旅行に行く際には、別途、自分で保険をかけていくという方も少なくないだろう。筆者の場合も、免責金額の3000円を自己負担するならば、携行品損害で修理あるいは相当品の購入金額を保険会社がサポートしてくれる。

今回のケースではないが、以前にスーツケースが壊れた際、職員から「航空会社はスーツケースの補償範囲を狭くしている。携行品損害保険を持っている方がほとんどなので、そちらで補償してもらうことを勧めます」と言われ「携行品損害保険を使うならば、全損でダメージレポートを出しておきますよ」とアドバイスされたこともあった。

携行品損害のレポート提出も、これはこれでなかなか面倒な作業なのだが、航空会社と終わりのない闘争を繰り広げることに比べればずっと楽だ。多くの人は、そんな不毛な時間を使うことはせず、保険会社に請求をしているのではないだろうか。

電子機器(そもそもリチウムイオン電池を内蔵するデジタルカメラやパソコン、タブレットをスーツケースに入れて預けるのは賛成できないが)や現金を盗まれた側も、一時的には頭に血が上っても、最終的には保険請求をして自己解決した方も多いのではないかと推察される。中には、自分の事例が犯罪なのか否かも自信が持てず、外国で航空会社職員と議論することもできず、しかがたないと諦めてしまった方もいるかもしれない。いずれにしろ行き着く先として最も楽なのは、諦めるか保険請求をするかだ。

筆者が今回の経験の中で調べてみたところ、ローマ空港ではスーツケースそのものの紛失、中身を抜き取られての盗難被害は、数年に渡って常態化しており、その多くが保険によって補償されている(スーツケース破損だけでなく、航空会社による補償よりも保険会社の補償の方が手厚いことが多いため)。さらに荷物の扱いは航空会社が直接行うのではなく空港施設管理会社に委託しているため「自分たちの会社が問題を起こしている」という意識が低いのではないだろうか。

朝日新聞は「ローマ空港、消える預け荷 アリタリア社員49人逮捕」の中で「多額の賠償金を支払ってきたアリタリア社は「弊社も被害者であり、捜査に全面的に協力している」との声明を出した。」としている。

しかし、本当にそうだろうか。それ以前にコストのかかる預け荷物の補償を、可能な限り損保会社に押しつける形へと誘導するかのような運用ルールが、航空会社、利用者ともに「しょうがないから、保険請求で解決しよう」との空気感を産み、数10人が数年に渡って預け荷物からの盗難を行うという、組織ぐるみと疑われてもしかたのない事態を引き起こしたように感じる。

問題はアリタリアだけではない

さて、今回発覚したような問題に遭わないために、利用者はどんな対策があるのだろう。年に何度も仕事で海外に出かける筆者だが、多くは米国かドイツ。預け荷物トラブルが多いという欧州への出張の場合、トランジットはオランダという環境の中で、預け荷物のトラブルに遭遇したことは一度もなかった。しかし、問題はアリタリア航空だけのものではなく、欧州を動いていると「スーツケースが開けられたり、壊されるのは日常茶飯事」と言う人もいる。筆者の同業者で、欧州取材の多いあるフリーランス記者は、荷物量を減らして手荷物だけで日米欧間を長期出張している。

まず貴重品をスーツケースに入れるのは論外だろう。特にリチウムイオン電池は預け荷物に入れることを禁じている航空会社が多く、盗難以前に、見つかった場合は安全のため抜き取られる場合もある。電子機器や現金、そしてもちろん宝石や時計などの貴重品は、手荷物で持ち運ぶべきだ。

ロックできなくなったスーツケースをラッピングサービスで包んだ。利用者は意外に多い
ロックできなくなったスーツケースをラッピングサービスで包んだ。利用者は意外に多い

また消極的かつコストがかかる方法だが、バゲージラッピングサービスの利用も勧めたい。これは樹脂製ラップでバッグを包んでくれるサービスで、スーツケースの紛失時のトラッキング機能や保険機能付きで、荷物1個あたり1000円あるいは8〜10ユーロぐらいかかる。たとえば成田空港でも提供されており、欧州では小さめの空港を含め、かなり隅々まで普及しているようだ。ロックできなくなったスーツケースを日本まで持ち帰ることができたのも、このラッピングサービスが欧州の空港に普及していたためだ。

こうしたラッピングを剥がしてまで中身を物色となると、手間と時間がかかるため窃盗団も開けないことが多い(ただし、預け荷物受取所で、カッターでラップが剥がされている荷物を見かけたこともあるので、完璧というわけではない)。願わくは、こうしたサービスを利用しなくても済むよう、航空業界全体で問題に対処してほしいものだ。

フリーランスジャーナリスト

IT、モバイル、オーディオ&ビジュアル、コンテンツビジネス、モバイル、ネットワークサービス、インターネットカルチャー。テクノロジとインターネットで結ばれたデジタルライフと、関連する技術、企業、市場動向について解説および品質評価を行っている。夜間飛行・東洋経済オンラインでメルマガ「ネット・IT直球レポート」を発行。近著に「蒲田 初音鮨物語」

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