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カレー愛あふれる人たちが学ぶ、日本で唯一の専門機関 カレービジネス成功の秘訣も伝授

圓岡志麻フリーライター
日本の国民食、カレー。その知られざる魅力の謎を紐解くべく、カレー大学に取材した(写真:アフロ)

日本の国民食、カレー。

海外にルーツをもつ食品なのに、国内の至る地域にご当地味が存在する。またチェーンから専門店まで多くの店舗があり、毎日のように飽きず食べ歩く熱烈なファンを抱えるのも、カレーというジャンルの特徴だ。

そんなカレーを専門的に学べる専門教育機関がある。その名もカレー大学だ。

何を教えるのか? また学ぶことでどんなメリットがあるのだろうか。今回はそうしたカレー大学についての疑問を解き明かしていきたい。

「カレーを愛する人々の声に答えるために」大学を設立

カレー大学創立者であり、学長を務めるのは井上岳久氏。

横濱カレーミュージアムをプロデュースしたほか、これまであまたの飲食店やメーカー、自治体などに対してカレーにまつわるコンサルティングを行い、さまざまなビジネスを成功に導いてきた。メディアでもひっぱりだこの、カレー業界の第一人者だ。

取材に対応してくれたカレー大学学長の井上岳久氏。横濱カレーミュージアムをプロデュースした経歴を持ち、現在までに数々のカレービジネスを成功させてきた。カレー総合研究所代表取締役(写真:カレー大学)
取材に対応してくれたカレー大学学長の井上岳久氏。横濱カレーミュージアムをプロデュースした経歴を持ち、現在までに数々のカレービジネスを成功させてきた。カレー総合研究所代表取締役(写真:カレー大学)

その氏が、カレーを愛する人々からの「カレーについて教えて欲しい」という声に応えるために2014年に開いたのがカレー大学なのだという。

また、カレー店などのコンサルティングをする中で、ある気づきを得たからでもある。それは、「カレーを甘く見て失敗する人が多い」という事実だ。

「カレーなら簡単に売れると思っているが、それは間違い。趣味や家庭料理の延長でビジネスをしようとするのは、無免許運転のようなものです」(カレー大学学長 井上岳久氏)

確かにカレーはラーメンに比べると自己流で作り方を研究している人も多そうだ。ルーがあればおいしく作れてしまうカレーだが、一方で、インドやタイ、欧風、日本のご当地メニューまでいろいろな種類があることからも分かるように、世界における歴史も長く、奥が深い。

また誰でも作れ、好きな人が多いということは裏返せば、プロの味としてお金を払ってもらうことの難しさをも示す。

そこで井上氏はカレー大学で、趣味を満足させるだけでなく、ビジネスを始めたい人にとっても必要不可欠の基礎知識をていねいに教えたいと考えたのだ。

まず「カレーの定義」から学ぶ

ではその内容について触れていこう。

なお、カレー大学には広く基礎知識を教える「総合学部」のほか、カレー店の経営を扱う学部、レトルトカレーの開発を扱う学部などの専門学、また専門家を育成する大学院などもある。専門学部や大学院は総合学部を卒業した人のみが対象だ。

今回は誰もが受講できる、総合学部の講義内容について聞いた。

総合学部は1日集中型の5時間の講義で、

①カレー概論

②カレーの歴史

③カレーの社会学

④カレー商品学

⑤カレー調理学

⑥食べ歩き学

の6つを学ぶ。

まず概論では、カレーの定義について知る。国民食と言われるほどのカレーであるが、井上氏によると99%の人が「カレーの定義」を聞かれても答えられないそうだ。

③カレーの社会学では、現代社会におけるカレーの位置づけを学ぶ。例えば年間どれぐらいのカレーを食べているか、ご当地カレーで「6大都市」と呼ばれるのはどこか、などの知識だ。

ここで、筆者のかねてからの疑問であった「なぜ日本人はこれほどカレーが好きなのか」「国民食と呼ばれる理由は」などの質問をぶつけてみた。井上氏によると、これは難しい問題なのだという。

「6つぐらい説があります。そのうちの1つでよく言われているのが、戦前の軍隊、戦後の給食でカレーが採用されたからという説。半強制的に食べさせられるのでそこで味を覚えて、家庭にも広がっていく大きな背景になったと」(井上氏)

筆者は、カレーの匂いを嗅ぐと急に食べたくなる現象から、「スパイスの習慣性」も関係しているのではないかと考えた。

井上氏によると、確かにそれもあるが、アメリカなどでは広く食べられているわけではないので、やはり日本特有の理由があるとのことだ。やはり軍隊や給食で、国民の多くが食べたことが、カレーの世界への第一歩、通過儀礼となっているのかもしれない。

「カレー店の食べ歩きにも法則性が必要」

⑤⑥は実務である。趣味がカレーと言えば「作る派」と「食べ歩き派」の2つに分かれる。総合学部ではそれぞれを行う上での基礎を「調理学」「食べ歩き学」として教えるのだという。

「食べ歩き学」講座の目的は、食べ歩く際のルールを知ること。井上氏の食べ歩きの経験を通じ体得した、「この順番で回ればカレーの系統が頭に入る」という食べ歩きの法則を伝授する。

「よく、本などを読んで有名な人が教える通りに回ろうという人もいますが、『自分の嗜好性に基づいた自分なりの方法』を組み立てる方法を教えるのがこの講座の特徴。なぜなら、カレーは好きな味とそうでもない味がすごく分かれる、嗜好性の高い食品だからです。まず自分の嗜好を分析して、そこを基準に始めた方が早道なんですね」(井上氏)

以上、総合学部で教える内容を、少しずつつまみ食いさせて頂く形で見てきた。盛りだくさんで、カレーにまつわる多くの謎に答えをくれそうな内容だ。

ネットでいろいろなサイトを検索すれば調べられるのかもしれないが、得られる答えは玉石混淆だろう。であれば、カレーの現場を見て回り、井上氏が培ってきた直接情報の方を、カレーを愛する人であれば知りたいと思うはずだ。

それに、認定試験にパスすれば、大学から「カレー伝導師」の資格を授与されるのも魅力だ。認定試験は講座内容がしっかり頭に入っていれば問題なく答えられるもので、9割が合格するという。

1日で3万5000円となかなか財布に痛い額だが、趣味にかけるお金と思えば決して高すぎることはないだろう。同好の士を見つけ、さらに自らのカレーの世界を広げることもできるかもしれない。

3月に開催された総合講座の風景。次の開校予定は6月だという(写真:カレー大学)
3月に開催された総合講座の風景。次の開校予定は6月だという(写真:カレー大学)

コロナ禍では、趣味でカレーを学びたい人の数が増加傾向に

コロナ前は年8〜12回、現在は年4〜6回、それぞれ6~8名の定員で開催しており、受講生はこれまでに1500名以上に上る。

受講者の内訳としては、店を開きたいなどのビジネス目的と、カレーを学びたい一般の人が半々。卒業生を見ると、カレーメーカーの社員や後にレストランを開業した人、インド専門旅行会社の社長などが並ぶ。

ただコロナ禍でWEB講座も開始しており、こちらでは一般の人が上回ったという。外食や旅行を控える分、自分の趣味やスキルアップにお金をかける人が増えた。そうした自分投資需要が高まったことが背景にあるだろう。通学講座よりお手軽な値段で受講できるのも理由として大きいのかもしれない。

また、2023年2月からは、さらにライトに学べる「オープンキャンパス」も開講している。現在までに「カレーマーケティング『カレーミュージアム成功秘話』」、「インド伝承医学アーユルベーダとカレー~日本流アーユルベーダカレーのおススメ」の2本が開講している。

なお専門学部や「カレー大学院」はより本格的な講座で、カリキュラムも多い。例えば大学院は月に1~2回、8ヵ月間受講する。ライターやカメラマン、研究家など、何らかの形でカレーの仕事をする人が対象で、2023年3月時点の7期目では5~6名の学生が受講している。また授業内容も難しく、学生のうち半数ぐらいは卒業試験に落第してしまうという。

異業種の企業が開発するレトルトカレーに注目

しかし卒業するメリットは大きいようだ。例えば鹿児島県で指折りの建設会社、七呂建設会社の社員は「レトルトカレー開発学部」での受講経験を、自社の1500棟達成記念品であるレトルトカレーの開発に生かしたという。

地元の名産である黒豚を使用した「黒豚プレミアムなキーマカレー」(税込540円)は、おいしいと地元で評判になったほかメディアでも取り上げられた結果、全国から注文が殺到するほどに。

カレー大学の受講者が開発した「黒豚プレミアムなキーマカレー」(税込540円)(写真:カレー大学)
カレー大学の受講者が開発した「黒豚プレミアムなキーマカレー」(税込540円)(写真:カレー大学)

「黒豚プレミアムなキーマカレー」を実際に試食してみた。大きな特徴は粗めに挽いた黒豚肉の存在感。噛み応えがあり、濃厚な旨味が感じられる。フルーティな甘味とスパイシーさのバランスもよい(写真:筆者撮影)
「黒豚プレミアムなキーマカレー」を実際に試食してみた。大きな特徴は粗めに挽いた黒豚肉の存在感。噛み応えがあり、濃厚な旨味が感じられる。フルーティな甘味とスパイシーさのバランスもよい(写真:筆者撮影)

評判の理由はコストパフォーマンス。高級食材である黒豚を使っているので、本来値段も高くなってしまうところ、建設会社という地域に根ざした企業が採算を度外視して売り出したものなので、おいしいのに安いと評価されたのだ。

そのほか、アウトドアの時計メーカーが開発した「アウトドア用カレー」なども成功例として挙げられるという。

こうした、カレーメーカー以外の企業がレトルトカレーを開発している例はよくあるようで、その企業ならではのアイディアを加えているので商品として面白く、価格も安いことが多い。カレーファンにとって狙い目だろう。

飲食店の例では、焼肉店がスキー場で展開した期間限定店舗「安比高原スキー場食堂」が挙げられる。2ヵ月で1万食を売上げ、2022年12月の売上げはゲレンデで1位になったそうだ。

「カレーは嗜好品で、『すごい味』『誰もが好きな味』というのがない。だからどこに焦点を置くかが、経営のポイントになります。また一般的に、飲食店が稼げるのは夜。しかしカレーは昼が主体なんです。利益を出そうと思ったら普通の飲食店とは全然違う経営をしなくてはならない。ランチの回転数や夜の集客をいかに上げるか、アイドルタイムや夜食はどうか、考えていく。そういうところにもカレー店ならではのセオリーがあるんですね」(井上氏)

このように、専門学部や大学院では「繁盛店を目指す」ための知識を伝授してもらえるようだ。

以上、カレー大学の講座内容について聞くなかで、日本のカレー業界において果たしている役割についても分かってきた。今後既存のカレー専門店やメーカー以外の企業の参入が進むことにより、日本のカレーシーンも興味深い変化を遂げていきそうだ。

※とくに記載のないものは税別価格で統一

フリーライター

東京都立大学人文学部史学科卒業後、トラック・物流の専門誌の業界出版社勤務を経てフリーに。健康・ビジネス関連を両輪に幅広く執筆する中でも、飲食に関わる業界動向・企業戦略の分野で経験を蓄積。保護猫2匹と暮らすことから、保護猫活動にも関心を抱いている。

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