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増える「働く」「同居人がいる」女性の死 データが示す要因と対策は? #今つらいあなたへ

市川衛医療の「翻訳家」
(写真:アフロ)

1月21日、2021年の自殺統計(速報版)が発表され、年間の自殺者は20830人と2020年よりはわずかに減ったものの2万人を超えたことがわかりました。

特に危惧されているのが、「働く女性」の自殺が増えていることです。

下の図は、コロナの影響があった2020年の1年間の自殺者数を、その前の5年間(2015~2019年)の平均値と比べたものです。

いのち支える自殺対策推進センター 資料より筆者作成
いのち支える自殺対策推進センター 資料より筆者作成

コロナが社会に影響を与えた2020年であっても、その前の5年平均と比べると、男性は職業のある・なしに関わらず自殺者が減りました。

一方で女性は、仕事を持たない人はわずかに減っているのですが、仕事を持つ人は375人増と大幅に増えていることがわかります。そして少なくとも2021年の前半までは、この傾向が続いています。

いったいなぜ、仕事を持つ女性に、自殺が増えているのでしょうか。そして、いまどんな対策が求められているのでしょうか。

自殺対策や、その調査研究に取り組む「厚生労働大臣指定法人・一般社団法人 いのち支える自殺対策推進センター」代表理事の清水康之さんに聞きました。

清水康之さん(筆者撮影)
清水康之さん(筆者撮影)

データから見えてくる要因

ー なぜ仕事を持つ女性に、自殺者が増えているのでしょうか

(清水)ひとつの可能性として考えられるのは、性別そのものというより、「非正規で働く人がコロナ禍で十分に守られなかった」のではないか、ということです。

実は2020年は、50代~60代の男性の自殺者が大きく減っています。この層には、正社員や自営業者が多くいます。その一方で、働く女性の中には、非正規で働く人が多い傾向があります。

コロナの感染拡大の対策として、雇用調整助成金など様々な対策が行われました。もちろんそれは大事なことですが、正社員や自営業者はその恩恵にあずかりやすく、非正規で働く人はこぼれ落ちてしまった、という可能性があるのではないでしょうか。

もうひとつ注目すべきデータがあります。

仕事を持つ女性の中でも、同居人がいない人より、いる人のほうが増えています。つまりパートナーと一緒に住んでいたり、子育てや介護をしていたりする女性の自殺が増えているということです。

いのち支える自殺対策推進センター 資料より筆者作成
いのち支える自殺対策推進センター 資料より筆者作成

コロナ禍による行動制限で、同居する人と家庭にいる時間が増えました。そこで、例えば夫による家庭内暴力(DV)が増えたり、普段は保育園や学童保育などで預かってもらえる子どもの世話を家庭で見なければならなくなったりした。それと仕事の両立がストレスになったことは十分に考えられます。

そしてコロナ禍により、例えば赤ちゃんを育てる家庭への保健師の訪問や、健診などの支援が差し控えられるケースが増えました。

ただでさえ孤立しやすい子育てをする女性が、支援の手が減ることにより、孤独感や将来への不安を強めてしまった、ということも考えられます。

筆者作成
筆者作成

悩みを抱える女性に向けて

ー 悩みを抱える女性が、思いつめる前に試してほしい対策などはありますか?

(清水)Yahoo!の自殺対策ページにも載っている、心療内科医の海原純子さんのアドバイスが参考になると思います。

今年の「冬季うつ」を乗り越える 2日間の「リセット」プラン #今つらいあなたへ

記事からの引用ですが、「冬場は気持ちが落ち込みがちになり、冬季うつと呼ばれる『季節性感情障害』が起こりやすいことがわかっています」、そして、その対策として、「リセットの時間を持つこと」が勧められています。

またそうした時間が取れない方に向けて、「『この働き方で1年続けられるか』と自分に問いかけること」が勧められています。

もし、それは無理だと思われた方には「必要に応じて業務を手分けしてもらう手段を考える、職場の上司や産業医に相談する、家族や友人に状況を説明する、相談窓口に連絡するなど周囲に助けを求める」ことが勧められています。

厚生労働省ページ「まもろうよ こころ」より
厚生労働省ページ「まもろうよ こころ」より

【参考サイト】

厚生労働省「まもろうよ こころ」では、相談窓口、ゲートキーパー、自殺対策の取り組みなどの情報がわかりやすく紹介されています。

求められる対策①報道の役割「パパゲーノ効果」

ー 仕事をもつ女性はもちろん、いま悩みを抱える人に向けて社会としてできる対策として、どんなことがあるのでしょうか?

(清水)ひとつ大事なのは、報道の役割です。

2020年に、著名人の自殺が相次いだのを受けて、その「自殺報道」の影響を強く受けたと思われる自殺が急増しました。その反省から、こうしたニュースを報じる際に、同時に相談窓口の情報が記載されることが増えました。メディアの報道姿勢は、良い方向に変化していると感じています。

そのうえで、メディア各社には一歩踏み込み、「自殺に陥ろうとする人を食い止める報道」を増やしてほしいと思います。

「パパゲーノ効果」と呼ばれているのですが、「死にたい気持ちを抱えながらも生きる道を選び続けている人」のケースがメディアにより伝えられると、自殺を抑制する効果があることがわかっています。

NHKは、Eテレおよびウェブサイトで「わたしはパパゲーノ~死にたい、でも、生きてる人の物語」として、自殺を考えたけれど踏みとどまった人のエピソードを取材、紹介しています。

TikTokも、昨年の自殺予防週間に合わせて「#あなたと生きるを考える~毎日つらいと感じるあなたへ」をテーマに自殺予防啓発プロジェクトを行ってくれました。

テレビ、ネット、SNS、多様なメディアで「パパゲーノ効果」を持つ情報が発信されることが、働く女性を含めた、いま悩みを抱える全ての人が自殺を踏みとどまるきっかけを作ることに繋がると思います。

NHKウェブサイト「わたしはパパゲーノ~死にたい、でも、生きてる人の物語」より
NHKウェブサイト「わたしはパパゲーノ~死にたい、でも、生きてる人の物語」より

求められる対策②不足する「相談窓口」の担い手を増やす

(清水)そしていま、圧倒的に不足しているのが民間の相談窓口の担い手です。

メディアなどで窓口の存在が知られるにつれ、相談件数は増えていますが、そこに対応する人が足りません。

せっかく勇気をもって悩みを相談しようとした人が、長い待ち時間のすえ、諦めざるを得ないことが多く起きており、何としてもこれを改善しなければなりません。

2021年に菅政権が、孤独・孤立対策に力を入れるとして、民間NPOなどを支援する予算を付けてくれました。それは素晴らしいことなのですが、しかし民間支援団体としては悩ましい部分もあります。こうした予算の多くはいつまで続くかわからない不安定な財源だからです。

自殺を考えるほど悩んでいる人を支える取組には、専門的な技術や経験が必要になります。

悩みを受け止めるだけでなく、時に「死にたいと思うことはありますか」と踏み込む。そしてもしその気持ちがあると聞いたら、原因は経済的な悩みなのか、対人関係なのかなどを聞き出し、適切なアドバイスをしたり、行政の窓口につないだりする。

そうした技術やマインドを持った人を育成するには、お金も時間もかかります。来年事業がどうなるかわからない状況では、なかなか、いわゆる「基盤整備」に投資することが困難です。人を雇ったのに、次の年になって予算が打ち切られてしまったら、その人の雇用はどうするんだ、ということにもなるからです。

また相談員になりたいと思う人にとっても、不安定な状況のなかでは、一歩踏み出すのが難しくなります。

清水康之さん(筆者撮影)
清水康之さん(筆者撮影)

勘違いをしないでほしいのは、いま行政が自殺対策へ十分な取り組みをできていないからこそ、民間の団体が頑張っているんだということです。

だからこそ、「予算は1年単位」というこれまでの決まりを柔軟に変えて、せめて3年単位で予算を保証するような制度を政府や自治体には求めたいです。

すでに自治体の中には、柔軟な期間で資金提供を行うケースも出てきています。

横浜市 令和3年度地域ユースプラザ運営法人の募集

流山市 生活困窮者自立支援事業業務委託に係る公募型プロポーザル

こうした先駆的な取り組みが国や多くの自治体にも拡がることを願っています。

2022年は「試される年」です。自殺が減少トレンドに戻るか、それとも増加に転じてしまうか。その分かれ目となる年だからこそ、以下のことが求められます。

死にたい思いを抱えながらも生きる道を選んだ人の存在が広く知れ渡ること

悩みを抱える人が、相談しようと思ったらすぐに話を聞いてもらえる環境があること

支援の手が届かずに失われる命を守るために、少しでも多くの人がそのことに目を向けてくださることを願っています。

ーー

※取材協力

清水康之さん

自殺対策 NPO法人「ライフリンク」代表。04年まではNHK報道ディレクター。高校中退。ICU卒(セプテン)。元内閣府参与。自殺対策全国民間ネットワーク代表。厚労大臣指定法人・一般社団法人いのち支える自殺対策推進センター代表理事(JSCP:Japan Suicide Countermeasures Promotion Center)

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです。】

医療の「翻訳家」

(いちかわ・まもる)医療の「翻訳家」/READYFOR(株)基金開発・公共政策責任者/(社)メディカルジャーナリズム勉強会代表/広島大学医学部客員准教授。00年東京大学医学部卒業後、NHK入局。医療・福祉・健康分野をメインに世界各地で取材を行う。16年スタンフォード大学客員研究員。19年Yahoo!ニュース個人オーサーアワード特別賞。21年よりREADYFOR(株)で新型コロナ対策・社会貢献活動の支援などに関わる。主な作品としてNHKスペシャル「睡眠負債が危ない」「医療ビッグデータ」(テレビ番組)、「教養としての健康情報」(書籍)など。

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