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高所得でもリスクになる?コロナ流行による不安・抑うつの要因は

市川衛医療の「翻訳家」
(写真:アフロ)

3月1日(月)、吉岡貴史さん(福島県立医科大学)をはじめとする研究グループは、新型コロナ感染症が流行した2020年、不安や抑うつを経験した人にどんな属性(性別・収入など)の人が多かったかを調べる研究を発表しました(※)。

新型コロナによる感染への恐怖や、雇止めなどの収入変動、そしてソーシャルディスタンスの推奨による孤独など、ストレスの要因になりそうなものはたくさんあります。そのどの要因が重要かを調べ、よりポイントを絞った対策に活かそうとするものです。

調査は2020年8〜9月に、インターネット調査会社を通じて、全国からランダムに選ばれた15-79歳の28000人に対して行われました。その結果見えてきたのは、研究者たちにとってある意味「意外」なものだったと言います。

なぜ、この調査・分析を行ったのか。いまコロナによる不安を抱える人に、どんな対策をすべきなのか。

発表された論文の共同執筆者であり、今回行われたインターネット調査(JACSIS)の研究代表者である、田淵貴大さん(大阪国際がんセンター)に聞きました。

※筆者注 

論文は、プレプリントサーバーmedRxivに公開されたもので、今回の論文に関わった著者以外の専門家からの科学的検討(査読)を受けていません。一般的に、論文として専門誌などに掲載される場合には、研究に関わっていない他の専門家による査読を経る必要があります。

今回、著者たちは内容に緊急性があるとして査読前の結果を公表しています。その点を留意したうえで、下記の内容を読んでください。

社会における「格差」がメンタルに影響する

ーー研究を行ったきっかけを教えてください

(田淵)ひとことで言えば、新型コロナウイルス流行がもたらす「社会における格差」を明らかにすることです。新型コロナによる経済的な影響や社会的な繋がりの喪失などが、社会の一部の人に強く現れていないかどうかを調べよう、ということです。

世界的に、新型コロナウイルスによる社会の変化は人々のメンタルヘルスに悪影響を与えることが知られています。それは日本においても恐らく同様だと推測されますが、どのような人たちがメンタルヘルスを悪化させているかはこれまで明らかになっていませんでした。

そこで、新型コロナ時代の日本人のメンタルヘルス(不安・抑うつ)について、リスク因子を明らかにしようと考えました。さらに、若い女性の自殺が増加しているという報道や研究結果が相次いでいるのを受け、若年女性の不安・抑うつのリスク因子も同時に明らかにしようと考えました。

もちろん不安・抑うつを抱える方の全てが自殺を考えるというわけではないのですが、自殺のリスク因子のひとつであることはよく知られており、政策上重要なテーマと考えました。

新型コロナへの「恐怖」が不安・抑うつのリスク因子に

ーーなるほど。研究の結果、どのようなことがわかりましたか?

まず、15-79歳全体でみた場合の結果です。

まず性別に関しては、男性より女性に不安・抑うつが多いという結果でした。年齢に関しては、45~59歳の人と比較して、15~29歳、30~44歳の人に不安・抑うつが多いという結果でした。これは他の国から出ている研究結果と一致しています。

学歴や所得、婚姻状況や雇用形態といった社会経済的指標に目を移すと、正規雇用の従業員と比較したとき自営業の人に不安・抑うつが多く確認されました。また、介護負担やドメスティック・バイオレンス(DV)といった、自宅滞在時間が多くなることで影響が大きいであろう項目についても調査しましたが、やはり介護やDVの経験がある人は、ない人と比較して不安・抑うつが多いという結果でした。

今回の研究では、「特別警戒都道府県に住んでいるかどうか」「新型コロナウイルスに恐怖感があるかどうか」「新型コロナに関連した差別/偏見を受けたかどうか」など新型コロナウイルス時代ならではのリスク因子候補についても分析を行いました。

その結果、新型コロナウイルスに対する「恐怖感」がある場合、ない人と比較して不安や抑うつの割合が多いことがわかりました。

低所得だけでなく、高所得もリスク因子に

ーーなるほど。そうした結果の中に、意外に思ったものはありませんでしたか?

ほとんどが事前の予想通りでしたが、一部は予想と異なっていました。それは所得との関係です。

中間所得者と比較して低所得者だけではなく、高所得者も不安・抑うつのリスク因子になっていました。なぜなのか、この研究からはわからないのですが、長引く経済的影響が高所得者にも不安や抑うつを来しているのかもしれません。

若い女性の不安・抑うつ コロナとの関係は

今年1月、警察庁と厚生労働省は、2020年の自殺者数は前の年と比べて750人増え、20,919人(速報値)だったと発表しました。

これまで年間の自殺者数は減り続けていたのですが、リーマンショック後の09年以来11年ぶりに増加に転じました。性別ごとに見ると、男性は去年から135人減っている一方で、女性は885人増えています。

この背景として、若い女性の就業率が高い飲食業や宿泊業などが新型コロナの影響をうけやすいこと、芸能人の報道が影響したのでは?など、様々な指摘がされています。

ーー今回の調査では、特に若い女性に注目して、「不安・抑うつ」のリスク因子に関する調査もされたんですよね?

(田淵)「はい、若年女性に注目したとき、日本全体の結果と同様、「介護をしている人」「DVの経験がある人」「新型コロナウイルスに対する恐怖がある人」は、それぞれない人と比較したとき不安・抑うつの割合が多く見られました。

さらに、若年女性だけに見られた因子として、「新型コロナウイルスに関連した差別や偏見」が挙げられました。

ーー なるほど、今回の調査の結果は、自殺などの対策にも役立てられるものでしょうか?

この研究は、自殺のリスク因子を分析したものではありません。

そのため、研究結果の全てが自殺対策に直接役に立つものではないことは強調しておきたいところです。

しかし、不安・抑うつは自殺の重要なリスク因子です。不安・抑うつに対する政策提言を通じて、自殺対策にも一定程度は寄与できると考えます。

 「介護」「DV」への支援・対策の重要さ

ーー わかりました。最後に、いま新型コロナの影響により心理的なつらさを抱えている人に、どのような対策が重要と考えられているか、教えてください。

これまで日本政府が行ってきたような、全世帯を対象とした給付金や、自営業を対象とした家賃支援給付金などは、不安・抑うつのハイリスク者である低所得者や自営業の方への支援として役立つ可能性があると考えています。

また、今回の研究結果を踏まえ、上記の対策に加えて、「介護負担の軽減」すなわち介護を行っている人への支援や、自宅で過ごす時間が長くなったなかで「ドメスティック・バイオレンス(DV)」の予防や被害を受けた人への支援に繋がる対策に力をいれることが、全体のみならず若年女性に対しても有用だと考えます。

(取材協力)

田淵貴大(たぶち・たかひろ)さん

地方独立行政法人大阪府立病院機構 大阪国際がんセンター がん対策センター疫学統計部 副部長

JACSIS (the Japan “COVID-19 and Society” Internet Survey)研究代表者

田淵貴大さん 画像:本人提供
田淵貴大さん 画像:本人提供

医療の「翻訳家」

(いちかわ・まもる)医療の「翻訳家」/READYFOR(株)基金開発・公共政策責任者/(社)メディカルジャーナリズム勉強会代表/広島大学医学部客員准教授。00年東京大学医学部卒業後、NHK入局。医療・福祉・健康分野をメインに世界各地で取材を行う。16年スタンフォード大学客員研究員。19年Yahoo!ニュース個人オーサーアワード特別賞。21年よりREADYFOR(株)で新型コロナ対策・社会貢献活動の支援などに関わる。主な作品としてNHKスペシャル「睡眠負債が危ない」「医療ビッグデータ」(テレビ番組)、「教養としての健康情報」(書籍)など。

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