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インフルエンザ新薬「ゾフルーザ」に耐性ウイルス検出 もう使わない方がいいの?

市川衛医療の「翻訳家」
ゾフルーザ剤型写真(シオノギ製薬ホームページより)

 インフルエンザの治療薬として、新たに登場した「ゾフルーザ」

 「1回飲めば効く新薬」と評判になっていますが、最近になって、ゾフルーザに「耐性」を持つウイルスが相次いで検出されたと報道されています。

ゾフルーザ耐性、新たに3株、検出率は10.9%に 日経メディカル2019年2月5日

「2月1日時点で、バロキサビル マルボキシル(商品名ゾフルーザ)の耐性株が新たに3株、報告された。」

「累計では解析対象となったAH3亜型46株のうち5株から検出され、検出率は10.9%となった」

出典:日経メディカル2019年2月5日

 耐性とは、要はゾフルーザが「効きにくい」ウイルスが生まれたということです。SNS上では、耐性ウイルスが検出されたことで「もう使わないほうが良い」という意見も出ているようですが、どうなのでしょうか?

 これまでに分かっているデータから、新薬ゾフルーザとの向き合い方について考えます。

新薬「ゾフルーザ」これまでの薬と何が違うの?

 ゾフルーザに関するこれまでの研究のデータは、医療関係者向けの「インタビューフォーム」という書類にまとめられています。

 そこから、この薬の効果や特徴をまとめてみます。

 まず気になるのは、その効果。

 製薬企業が行った臨床試験によると、インフルエンザの症状が現れた人が発症から48時間以内にゾフルーザを使った場合、何もしなかった場合に比べ、およそ1日(26.5時間)早く、せきやのどの痛みなどの症状がなくなりました。

ゾフルーザとプラセボ(偽薬)と比べると、およそ1日症状が早く治まった(ゾフルーザ・インタビューフォームより)
ゾフルーザとプラセボ(偽薬)と比べると、およそ1日症状が早く治まった(ゾフルーザ・インタビューフォームより)

 ではこの効果、これまで使われてきた治療薬と比べると高いのでしょうか?

 2001年から国内で使われている「タミフル」と比較した試験の結果は…

 症状がおさまるまでの期間はほとんど違いなし。つまり、「効果は変わらない」という結果でした。

 じゃあ、何が新しいの?ということですが、ゾフルーザには大きく2つの特徴があるとされています。

 ひとつは、飲むのが1回きりでいいということ。タミフルは1日2回、5日間飲み続ける必要があります。それと比べると、手軽で飲み忘れの心配がなくていい、ともいえるかもしれません。

 そしてもうひとつは、ウイルスの感染力を早めに抑えられる可能性がある、ということです。

 インフルエンザウイルスは、感染した人のせきやくしゃみに含まれるウイルスを介して別の人に感染が広がっていきます。当然、含まれるウイルスが多ければ多いほど感染を広げやすくなります。

咳やくしゃみで、どれだけ感染を広げやすいか?の指標が「ウイルス力価」 画像:Pixabay
咳やくしゃみで、どれだけ感染を広げやすいか?の指標が「ウイルス力価」 画像:Pixabay

 この、どれだけ感染を広げてしまいやすいか?を調べた値を『ウイルス力価(りきか)』と言います。

 臨床試験によると、ゾフルーザを使った場合、次の日には力価が大幅に減少しました。つまり感染力が抑えられたということです。

 これは薬を使わなかった場合はもちろん、タミフル(オセルタミビル)を使った場合と比べても早いという結果でした。

ゾフルーザを使うと、ウイルス力価(感染力)を抑えられた(ゾフルーザ・インタビューフォームより)
ゾフルーザを使うと、ウイルス力価(感染力)を抑えられた(ゾフルーザ・インタビューフォームより)

 まだ多くのデータが集まっているわけではないので推測の域を出ませんが、「家族や同居人など、どうしても接さざるを得ない人への感染を広げたくない人」にとっては、ゾフルーザは役に立つ可能性があるのかもしれません。

実は予想されていた『耐性ウイルス』の出現

 こう見てくると、『良いところ、あるじゃないか!』と思えるゾフルーザですが、ひとつ薬の開発段階から危惧されていたことがあります。

 それは耐性ウイルスが発生しやすいのではないか?ということです。

 ゾフルーザに含まれる有効成分(バロキサビル マルボキシル)は、ウイルスが作り出す物質にとりつき、増殖を邪魔する働きがあります。

 臨床試験の際に、ゾフルーザを患者さんが内服した後に詳しく調べてみると、このとりつく部分の形が変わり薬が効きにくくなっているウィルス(耐性ウイルス)が見つかりました。

 12歳以上を対象とした臨床試験では、ゾフルーザを投与された370人のうち、およそ10%にあたる36人から耐性ウイルスが検出されています。

 つまり薬を使った場合に耐性ウイルスが現れること自体は、開発段階から既に予測されていたことだったともいえます。

【注】ある薬に耐性が生まれたからと言って、すべての薬に効きにくくなるわけではありません。本稿で「耐性ウイルス」と言った場合、「ゾフルーザ」が効きにくくなったウイルスのことを指します。

 心配なのは、この耐性ウイルスに感染していた場合、いちどウイルス力価が下がっても、その後、もういちど上がる傾向が見られたことです。いわば感染力を「取り戻す」という現象が起きるわけです。

耐性ウイルスが検出された場合のウイルス力価の変化。耐性ウイルス(I38アミノ酸変異有)は投与後3日目以降に一時的に上昇している (ゾフルーザ・インタビューフォームより)
耐性ウイルスが検出された場合のウイルス力価の変化。耐性ウイルス(I38アミノ酸変異有)は投与後3日目以降に一時的に上昇している (ゾフルーザ・インタビューフォームより)

 ただし、この耐性ウイルスを実際の細胞に感染させてみると、通常のウイルスに比べて増殖する能力が低かった、という実験結果もあるようです。

 そして現状のデータでは、ゾフルーザを使えば使うほど耐性ウイルスが増えるのか?薬を使っていない人にも耐性ウイルスが広がってしまうのか?などについては、確たることはわかっていません。

 つまり現段階では、耐性ウイルスが出たからといって、使わないほうが良いとも悪いとも言えない状況だといえます。

新薬ゾフルーザ どのように向き合えばいいのか

 これまでとは違った特徴を持つインフルエンザ治療薬ゾフルーザ。

 「良い面がある」といったと思ったら、「こういうところは心配だ」という話があったりして、モヤモヤされた方もいらっしゃると思います。結局はどのように向き合うのが、役に立つ考え方なのでしょうか。

 大前提として、薬をどのように使うかは、その人の体調や年齢、さらには状況によって変わります。医師や薬剤師などの専門家と適切に相談したうえで、治療法を選択してください。

 その前提のうえで、例えば高齢者の独り暮らしで飲み忘れが心配だったり、同居している家族とどうしても寝室を分けられないなど感染を広げてしまうリスクが高い場合などに、ゾフルーザをひとつの選択肢とできないか医師に相談してみる、という考え方はありうるかもしれません。

 ただしその場合でも、試験でおよそ1割もの人から耐性ウイルスが検出されているわけですから、ゾフルーザを使ったからといって油断せず、マスクの着用など咳エチケットや、家族も含めて手洗いなどを徹底する、というのが役に立つ考えだと言えそうです。

 さらにいえば、症状を短くする効果自体は従来の治療薬と変わらない一方で、ゾフルーザは新しい薬のため薬剤費が比較的高くなっています。

 「わざわざ新薬を使わなくても従来の治療法で良い」という考え方もありえますし、そもそもどちらの薬を使っても「1日早く治るだけ」ということを考えれば「薬を使わずに家でゆっくり寝て治す」という選択肢も十分にあり得るものです。

「新薬」とどう向き合うか

 いずれにしろ言えることは、ゾフルーザは新しい薬であり、多くの人に投与され始めてから時間がたっていません。今後の耐性ウイルスの広がりも見通せず、また想定外の副作用などが見つかるリスクもあります。

 それよりは、長く使われた歴史があり、効果も副作用の出方もある程度わかっている薬のほうが安心できるという考え方もあります。

 なんだか『新薬』と聞くと、「すごく効きそう」で「使わなければ損」という気分にもなってしまいそうですが、むしろ専門的には『新薬だからこそ慎重に接する』という姿勢が勧められています。

 いま使おうとしている薬が『新薬かどうか』はいちど忘れて、その薬のメリット・デメリットを聞いた上で『いま、どうしても使うべき理由があるのか』について立ち止まって考えてみるというのが、消費者として最も役に立つ考え方だと言えるかもしれません。

【参考資料】

医薬品インタビューフォーム「ゾフルーザ」 

※筆者は、ゾフルーザを販売している製薬企業など組織や関係する個人などから、報酬や資料の提供を含む一切の利益の供与を得ていません。

医療の「翻訳家」

(いちかわ・まもる)医療の「翻訳家」/READYFOR(株)基金開発・公共政策責任者/(社)メディカルジャーナリズム勉強会代表/広島大学医学部客員准教授。00年東京大学医学部卒業後、NHK入局。医療・福祉・健康分野をメインに世界各地で取材を行う。16年スタンフォード大学客員研究員。19年Yahoo!ニュース個人オーサーアワード特別賞。21年よりREADYFOR(株)で新型コロナ対策・社会貢献活動の支援などに関わる。主な作品としてNHKスペシャル「睡眠負債が危ない」「医療ビッグデータ」(テレビ番組)、「教養としての健康情報」(書籍)など。

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