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稼げば稼ぐほど幸福になれるのは、年収1000万円まで?収入とシアワセの関係は

市川衛医療の「翻訳家」
(写真:アフロ)

「もっとお金があれば、幸せになれるのに…」

 そう思ったことが、何度あったかわかりません。「株で〇千万円稼いだ」なんて記事を読むと、正直、ものすごく羨ましくなってしまいます。そんな自分ってイケナイとおもいつつ、どうしてもそう思ってしまう。なかなか、難しいですね。。。

 でも改めて考えてみると、お金を稼げば稼ぐほど幸せになれるのでしょうか?それとも、どこかで限界を迎えるのでしょうか?

 もし限界があるのであれば、それを知ることで、いまより収入を増やそうと必要以上にがんばりすぎたり、お金持ちに嫉妬してストレスを感じたりしないで済むかもしれません。

 今月8日、収入と幸福度の関係を調べたアメリカの研究結果(※1)が発表されました。

収入が増えれば幸福感も増すが、年収95,000ドル(およそ1,000万円)で頭打ちとなり、その後はむしろ下がることがある

 そりゃまあ、年収1000万円もあれば幸せだよね?という気もしますが、それ以上稼ぐと幸福度が下がってしまう、というのは意外かもしれません。

稼げば稼ぐほど幸せになれるのか?

 研究チームが利用したのは、世界的な調査会社ギャラップが行っている世論調査(Gallup World Poll)のデータです。2005年から2016年にかけて、世界164カ国の約170万人を調査しました。

 調査の対象者の「幸福度」は、次のような質問で調べました。

0から10まで段があるハシゴを想像してください。一番上の段は、あなたにとって想像しうる最高の生活だとします。一番下は、最悪の生活です。どの段が、いまのあなたの状態を表していると思いますか?

 いまの生活に満足している人(「幸せ」を感じている人)は7や8と答えるでしょうし、そうでない人は2や3と答えるかもしれません。この答えにより幸福度を数値化しようとするもので、現在、広く使われている調査法です。

 

 さらに調査では、対象者の精神的な状態についても聞きました。

 「昨日は、おおむねどんな気持ちでしたか?」と質問し、『幸せ・喜び・笑顔』などと答えた場合は前向きな精神状態とし、『ストレス・心配・悲しい』などと答えた場合は後ろ向きな状態だとしました。

 結果は、どうだったのか?幸福度と年収の関係について調べたのが次のグラフです。

幸福度と年収の関係(文献1より 筆者和訳)
幸福度と年収の関係(文献1より 筆者和訳)

 世界をいくつのかの地域に区切って分析しているので、グラフが何本も表示されています。日本を含めた東アジアは「EA」とラベルされているグラフです。右に行くほど収入が高く、上に行くほど幸福度が高いことを示しています。

 一見してわかるのは、どの地域のグラフも、年収が高くなるにつれて幸福度は上がっていきますが、ある所で頭打ちになっていることです。日本を含めた東アジア(EA)で言えば、11,000ドル(およそ1200万円)で頭打ちになりました。世界的に平均をとってみると、95,000ドル(およそ1000万円)で頭打ちになることがわかりました。

 意外なのは、頭打ちになった以後は、収入が増えるとグラフが低下に転じる(幸福度が減ってしまう)地域が多くあることです。日本を含む東アジアも、そのひとつです。

 

 精神的な状態について調べた調査でも、同じ傾向がみられました。前向きな精神状態の人の割合は、収入の増加とともに増えますが、ある時点で頭打ちになり、それ以上は減る地域が多く見られました。

 なお精神的な状態の場合、幸福度に比べて低い金額で頭打ちになっていました。たとえば東アジアの場合、前向きな精神状態を答えた人の割合が最も多くなったのは年収60,000ドル(およそ660万円)、後ろ向きな精神状態を答えた人が最も少なくなったのは年収50,000ドル(およそ550万円)でした。

なぜ、稼いでも幸せになれないのか?

 なぜ、このような結果が出たのでしょうか?研究チームは論文の中で、次のような可能性を指摘しています。

※年収の多い人は、仕事量や時間、課せられる責任などの負荷が増えるため、レジャーなどの時間が取りにくくなる

※年収が増えると、以前より質の高いものや、ハイクラスな人間関係でなければ満足できなくなる

 人間の幸福度と収入の関係については、以前から「ヘドニック・トレッドミル」と呼ばれる現象が知られています。ヘドニックとは「快楽」というような意味。トレッドミルは、フィットネスジムなどでおなじみのウォーキング・ランニング用のマシンですね。

 ものすごく憧れていて、「これさえあれば幸せになる」と思っていたものでも、手に入れたその時は満足して幸福度が増しますが、時間がたつとその状態が当たり前になってしまい、もとのレベルに戻ってしまう現象を指します。

 トレッドミルでどれだけ走っても、実際は元の場所から移動していない状態に似ていることから、こうした名前が付けられています。

 これまで行われた「収入と幸福度」の関係を調べる研究では、今回のような「どこかで幸福度は頭打ちになる」という結果を示したものが多いようです。

 どうしても「お金さえあれば幸せになれるはず」と思ってしまいがちですが、幸せになることが目的だとすれば、どこかで「足る」ことを知ることが、最も賢いやりかたなのかもしれません。精進します。

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(注)米ドルから日本円への換算レートは110円としました(2018年1月21日のレートを参照)

参考文献

(1)Happiness, income satiation and turning points around the world

Andrew T. Jebb, Louis Tay, Ed Diener & Shigehiro Oishi

Nature Human Behaviour 2, 33-38 (2018)

医療の「翻訳家」

(いちかわ・まもる)医療の「翻訳家」/READYFOR(株)基金開発・公共政策責任者/(社)メディカルジャーナリズム勉強会代表/広島大学医学部客員准教授。00年東京大学医学部卒業後、NHK入局。医療・福祉・健康分野をメインに世界各地で取材を行う。16年スタンフォード大学客員研究員。19年Yahoo!ニュース個人オーサーアワード特別賞。21年よりREADYFOR(株)で新型コロナ対策・社会貢献活動の支援などに関わる。主な作品としてNHKスペシャル「睡眠負債が危ない」「医療ビッグデータ」(テレビ番組)、「教養としての健康情報」(書籍)など。

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