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お酒を飲むと記憶力が良くなる?意外なニュースの真相は

市川衛医療の「翻訳家」
(写真:アフロ)

 この7月、英エクセター大学の研究者たちが「お酒を飲むと、記憶力が良くなる」という論文(※1)を発表して話題になりました。

 直感的には「そんなわけないじゃん!」と思ってしまいますが、論文によると、過去に複数の研究で実証されている現象なんですって。でも一体、なんで?いま考えられているメカニズムは、とても興味深いものでした。

 注)後半でも触れますが、この研究はお酒の飲みすぎを勧めるものではありません。念のため!

お酒を飲むと、直前の記憶が強化される

 ポイントは、強化される(定着しやすくなる)記憶とは「飲んでいる最中」のものではなく、「飲む直前」のものだということです。

 どんな実験だったか、概略をまとめました。

実験の内容イメージ(筆者作成・画像素材:いらすとや)
実験の内容イメージ(筆者作成・画像素材:いらすとや)

 実験の参加者は、まず2つのグループに分けられました。どちらのグループも、同じ単語や画像などを覚えるよう指示されます。

 その後、片方のグループは好きなだけお酒を飲みました。ちなみに1人あたり平均でフルボトルのワイン1本分ほどのアルコールを摂取した(アルコール量82.59g)ということです。酒豪の人が多かったんですかね・・・。

 そして「飲んだ直後」と「次の日の朝」の計2回、覚えた単語や画像を思い出すテストを受けました。

 「飲んだ」人と「飲まない」人でテストの成績を比較した結果です。

※1より筆者改変(項目名などを和訳しました)
※1より筆者改変(項目名などを和訳しました)

 飲んだ直後のテストでは、お酒を飲まない人(青)に比べ、飲んだ人(オレンジ)の結果は悪いものでした。

 しかし翌朝になると、飲まない人の結果が低下した(忘れてしまった)のに比べ、飲んだ人は向上し、両者の平均値は逆転(※2)しました。

 しかもアルコールを多く飲んだ人ほど、結果が良くなる傾向がありました。研究グループは「アルコールを飲むことによって、飲む直前の記憶が強化された(定着しやすくなった)」としています。

お酒と記憶、不思議な関係

 実はこの「お酒を飲むと、飲む直前の記憶が定着しやすくなる」という現象は、これまでに複数の研究(※3)で確かめられているのだそうです。

 脳では一体どんなことが起きているのか?考えられている有力なメカニズムは、次のようなものです。

筆者作成(画像素材:いらすとや)
筆者作成(画像素材:いらすとや)

 上の図は、脳の中で記憶が定着する仕組みの有力なモデルをざっくり表したものです。

 目や耳から入ってきた情報は、いちど「短期貯蔵庫」にプールされ(短期記憶)、そのうちの一部が定着し「長期貯蔵庫」に保管されます(長期記憶)。

 短期貯蔵庫には次々と新しい情報が届くので、定着しなかった情報は押し出されて(忘れられて)いきます。

筆者作成(画像素材:いらすとや)
筆者作成(画像素材:いらすとや)

 お酒を飲むと、アルコールの影響で、新しい情報が脳に届きにくくなります。すると、飲む前に短期貯蔵庫にプールされた情報が押し出されにくくなります。その結果として、長期貯蔵庫に保管される情報が増えるのでは?というのです。

「イヤなことを酒で忘れる」のは逆効果

 一方で、今回の研究を発表したセリア・モーガン博士(エクセター大学)らは、論文のなかで「アルコールを飲みすぎることは、長期的には(記憶を含めた)認知機能を低下させることがわかっており、一時的でわずかな記憶の改善を重視しすぎるべきではない」と警鐘を鳴らしています。

 今回の研究結果では、アルコールにより記憶が改善する傾向はみられましたが、その差はわずかでした。それを見て「アルコールは飲んだほうが良いんだ!」と考えるのは間違っているようです。

 今回の結果から学ぶべきは『イヤなことをお酒で忘れようとするのは逆効果』ということかもしれません。失恋やひどく落ち込んだときなど、ついついお酒に頼ってしまいたくなりますよね。でも、そのときは忘れられたように感じても、翌朝は辛い記憶がより定着してしまっている可能性があるということです。

 どうせお酒を飲むなら、楽しいことがあった後のほうが良いのかもしれません。

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※1 Improved memory for information learnt before alcohol use in social drinkers tested in a naturalistic setting

Sci Rep. 2017 Jul 24;7(1):6213. 論文へのリンクはこちら

※2 有意差(統計的に、意味があるといえるほどの差)はありませんでした

※3 Mann, R. E. et al, Pharmacol.Biochem. Behav. 20, 639-642, (1984).

Lamberty, G. J. etal, Physiol. Behav. 48, 653-658,(1990).

Bruce, K. R. & Pihl, R. O. et al. Exp. Clin.Psychopharm. 5, 242-250(1997). など

医療の「翻訳家」

(いちかわ・まもる)医療の「翻訳家」/READYFOR(株)基金開発・公共政策責任者/(社)メディカルジャーナリズム勉強会代表/広島大学医学部客員准教授。00年東京大学医学部卒業後、NHK入局。医療・福祉・健康分野をメインに世界各地で取材を行う。16年スタンフォード大学客員研究員。19年Yahoo!ニュース個人オーサーアワード特別賞。21年よりREADYFOR(株)で新型コロナ対策・社会貢献活動の支援などに関わる。主な作品としてNHKスペシャル「睡眠負債が危ない」「医療ビッグデータ」(テレビ番組)、「教養としての健康情報」(書籍)など。

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