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「ほめる」と脳が回復する!言葉が持つ驚きのパワーとは

市川衛医療の「翻訳家」
(写真:アフロ)

脳卒中リハビリの分野で、ひとつの研究成果が注目されています。

リハビリの際に、ある言葉を言われるかどうかで、改善のスピードが大幅に違うというのです。

傷ついた脳の回復を助ける、いわば魔法の言葉。どんなものなのでしょうか?

いらすとや
いらすとや

その正体は至ってシンプル。

ほめる。

だた、それだけです。

2010年、アメリカや日本など7カ国で国際研究が行われました。

脳卒中の患者さん179人を調べた結果、歩くリハビリをする際に「ほめられた」患者さんは、「ほめられなかった」患者さんより、歩くスピードが大幅に速くなることがわかったのです。

専門家も驚いた「ほめる」効果

なんだ、ほめれば良くなるなんて、当然じゃないか…と感じられたかもしれません。

でも研究のリーダーで脳卒中リハビリの世界的権威、ブルース・ドブキン教授(UCLA神経リハビリテーション科)に直接伺ったところによると、最新のリハビリ器具や医薬品でも、これほどの効果をあげるのは容易ではないのだそうです。

実験の結果が明らかになったとき、私は自分の目を疑いました。データに誤りがあるのではと思い、集計を担当したセクションに確認したほどです

ブルース・ドブキン氏 youtube.com/watch?v=YTjoe1TvmM8より
ブルース・ドブキン氏 youtube.com/watch?v=YTjoe1TvmM8より

専門家をも驚かせた、その効果について詳しく見てみましょう。

Dobkin et al. Neuro Neural Repair. 2010
Dobkin et al. Neuro Neural Repair. 2010

ちょっと見にくいですが、上の表は、リハビリの結果、どれだけ早く歩けるようになったか?を調べたテストの結果です。

ほめられたグループは、10秒間で9.1m歩けるようになった一方で、ほめられなかったグループは7.2mに留まりました。

リハビリ開始前からの改善効果は

およそ1.8倍。

全く同じ内容のリハビリをしたのに、結果には大きな違いがあわらわれたのです。

歩く速度は、生活の質に大きく関係します。例えば横断歩道を信号が変わらないうちに渡れるかどうかによって、外出のハードルは大きく変わりますよね。

いらすとや
いらすとや

ほめることによってリハビリへのやる気が生まれ、改善に結びついたのでしょうか?もちろん、それもあるかもしれません。

でもドブキン教授は、この結果の背景に、もっと奥深いメカニズムがあると考えています。

私たちの脳には、「報われる」ことに反応する特別なシステムがあります。

今回の研究で、私たちは「ほめる」というシンプルな方法により、このシステムを刺激することに成功しました。それにより、大きな改善を得られたと考えています

脳の “報酬系” を活性化させる

ドブキン教授が注目しているのは、脳の報酬系と呼ばれるシステムです。

わかりやすくその役割を説明すれば、何らかの欲求が満たされたときに活性化し、その個体に「気持ちいい」感覚を与えること。

例えばノドが渇いて仕方がないときに冷たい水を飲むと、頭の中を「気持ちいい!」感覚が駆け巡ります。このとき、報酬系が活性化してドーパミンという物質を放出していると考えられています。

実は最近の研究で、ドーパミンは脳の「構造」の変化に影響を与えていることがわかってきました。

簡単にいえば、脳にはドーパミンが得やすいように、自らの構造を変えていく性質があるということです。

先ほどの脳卒中リハビリの例について考えてみます。早く歩けたときに“ほめられる”と、報酬系からドーパミンが放出されます。

脳は、ドーパミンを得やすいように自身の構造を変えようとします。その結果、歩くときに必要な神経回路が強化され、より歩きやすくなった……。ひとつの可能性として、こんなメカニズムが推測されます。

(もちろん断言はできませんが)

昔からほめて伸ばすということがいわれますが、その考え方は、あながち間違っていないのかもしれません。

上手にほめる 3つのポイント

下記は、脳卒中リハビリの専門家から教えてもらった上手にほめる「3つのポイント」です。

「具体的」にほめよ

「すかさず」ほめよ

目標は「低く」せよ

まず具体的という点。例えば歩くリハビリであれば、歩くスピードを計測し『すごいですね!昨日より0.5秒早くなっていますよ』というふうに「具体的」に伝えるのがポイントです。

また、何か進歩があったらすかさずほめることも大事。

その一方で、達成が不可能だと感じられるような高い目標を掲げると、かえってやる気がなくなってしまうリスクがあります。

そこで、最初は低い目標から始めて、段階的にハードルを上げていくといいのだそうです。

この3つのポイント、脳卒中のリハビリのみならず、人生のいろいろなステージに応用可能なものだと思えてきます。

子育て受験勉強、さらにはダイエットなどの際に、この3原則を適用してみても良いかもしれませんよね。

最後に、ドブキン教授の言葉で、心に残ったものをひとつご紹介します。

脳はいつも、ほめられたがっています。

これは脳が自らをよりよいものとするために持つ基本的なシステムです。

私たちが調べるかぎり、国籍や人種、文化にかかわらず同じシステムを、私たちの脳は持っています。

だからこそ、周囲の助けが必要です。

その人の成長を見つめ、よりよい方向に行ったときにそれを気づき、ほめてくれる人が、必要なのです。

医療の「翻訳家」

(いちかわ・まもる)医療の「翻訳家」/READYFOR(株)基金開発・公共政策責任者/(社)メディカルジャーナリズム勉強会代表/広島大学医学部客員准教授。00年東京大学医学部卒業後、NHK入局。医療・福祉・健康分野をメインに世界各地で取材を行う。16年スタンフォード大学客員研究員。19年Yahoo!ニュース個人オーサーアワード特別賞。21年よりREADYFOR(株)で新型コロナ対策・社会貢献活動の支援などに関わる。主な作品としてNHKスペシャル「睡眠負債が危ない」「医療ビッグデータ」(テレビ番組)、「教養としての健康情報」(書籍)など。

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