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過去最高42.3兆円 医療費・大幅増の「主犯」とは 

市川衛医療の「翻訳家」
イメージ(写真:アフロ)

いま医療費が増え続けているというのは、みなさんご存知だと思います。先日、2015年度の国民医療費が発表され、過去最大の42.3兆円(総額)になると見込まれていることがわかりました。

もはや金額が膨大過ぎて、どれだけのものなのかよくわかりません。

何か比較できるものはないかと思い、我が国の昨年度の税収を調べてみると、およそ56兆円ということ。

1年間の税収と比べても遜色ない額が医療費に使われているんです。

厚労省保険局資料「医療費の伸びの要因分解」より
厚労省保険局資料「医療費の伸びの要因分解」より

ちなみに2005年度の国民医療費は、33.1兆円です。この10年間で、およそ10兆円も増えたことになります。

もちろん医療は、私たちの暮らしにとって不可欠なものですから、多少の伸びは仕方ないと思いますが・・・。

一体なんで、こんなに増えたのでしょうか?

理由としてまず思いつくのは「高齢化」です。

年を取ると、どうしても病院に行くことも、薬を使うことも増えます。いま日本は高齢化が急スピードで進んでいますから、そのせいだというのは自然な考えです。

ところが資料を読むと、実は高齢化は「主犯」ではないことがわかります。

最大の原因は、「高齢化」ではない

厚生労働省が9月15日に作成した「医療費の伸びの要因分解」では、2015年度に医療費が伸びた要因を分析しています。

厚労省保険局資料「医療費の伸びの要因分解」より (赤丸は筆者)
厚労省保険局資料「医療費の伸びの要因分解」より (赤丸は筆者)

少し見にくいですが、赤丸を記したところが、医療費の伸びの内訳です。

高齢化の影響 1.2%

その他(医療の高度化等) 2.7%

人口増の影響 -0.1%

確かに高齢化は、医療費を増やす原因になっていますが、それ以上に原因になっているのは医療の高度化のようです。

「最新治療」が医療費を高騰させる

毎年、新しい薬が開発されます。なかには、これまで治らなかった病の患者さんを救う、画期的な薬もあります。

とても嬉しいことですが、しかし新薬のお値段は、年々高額になる傾向があります。

たとえば去年9月に発売されたC型肝炎の薬「ハーボニー配合錠」。

これまで治療が難しかったC型肝炎を完治させる力を持つ画期的な薬ですが、発売当時、1錠8万円の値段が付けられました。

1人の患者さんを治療するのに、必要な費用は670万円程度に上ります。(現在は価格が改定され、1錠5万5千円程度)

高級な新車が買えるほどの金額です。でも必要な患者さんには公費が補助され、月々の自己負担は1~2万円に抑えられます。

その差額は、私たちが納める税金や、健康保険料から支払われます。

1錠8万円の薬が「安い」わけ クスリの価値はどう決まる?

人類の歴史のなかで、医療の技術は進歩を続けてきました。その中で、多くの病が治療できるようになりました。

新しい薬は、これまで治療できなかった難しい病気の改善が求められるわけですから、開発費用がかさむようになっているのです。

クスリの「価値」に興味を持とう

どうすれば良いのでしょうか?

いま厚生労働省は、高額な薬が広く使われた場合、その値段を引き下げる仕組みを作ることで、当座をしのごうとしています。

一方でこうした制度改定は「医療機関経営への影響」もあるとして、医師側からは慎重論も出ています。

超高額薬剤の薬価、検討方針固まるが、診療側委員は「期中改定」には慎重姿勢―中医協総会

「売れた薬は値段を引き下げる」仕組みは、確かに当座の解決にはなるのですが、一方でリスクもあります。

というのも、最近出た薬のなかには、海外で開発されたものが少なくありません。「売れると値段が下げられる」ということであれば、海外の製薬会社が、日本で薬を販売することに消極的になってしまうかもしれないのです。

「難病を劇的に治す薬が開発されたのに、日本では発売されない」

そんな事態が起きることだけは避けなければならないでしょう。

では、どうすれば良いのか?

個人的には、クスリの「価値」に注目することが大切だと思います。

いま日本の医療制度では、従来のものより少しでも良い治療法に関しては、原則的に保険でカバーする態度をとっています。

すごく単純化して言えば、「これまで治療法のなかった難病を治し命を救える薬」も、「これまでの治療法よりほんのちょっとだけ成績を改善できる薬」も、同列に扱われてしまうことになります。

消費者の立場としては、すごく質の良い製品にはたくさんお金を払いたいし、そうでもないものに対しては、できるだけお手ごろなものを選びたくなりますよね。

医薬品に関しても、普通に流通している製品と同じような「価値に対して値段をつける」仕組みが、今後必要となっていくのかもしれません。

実はいま、医療技術の「価値」に注目してコストを考えようとする取り組みが試験的に始められています。

2018年度の費用対効果評価に基づく再算定、オプジーボやハーボニーなど12品目に決定―中医協総会

こうした動きは一見、治療の「切り捨て」につながるようにも感じられます。でも財源が無限ではないなかで「必要な人にはきちんと治療が届く仕組み」を今後も持続できるようにするためには、避けられないことなのではないかとも感じます。

何気なく使っている「クスリ」の値段は、本当にその価値に見合っているのか?

そうした視点が、医療を消費する側の私たちにも、今後求められるようになっていくのかもしれません。

医療の「翻訳家」

(いちかわ・まもる)医療の「翻訳家」/READYFOR(株)基金開発・公共政策責任者/(社)メディカルジャーナリズム勉強会代表/広島大学医学部客員准教授。00年東京大学医学部卒業後、NHK入局。医療・福祉・健康分野をメインに世界各地で取材を行う。16年スタンフォード大学客員研究員。19年Yahoo!ニュース個人オーサーアワード特別賞。21年よりREADYFOR(株)で新型コロナ対策・社会貢献活動の支援などに関わる。主な作品としてNHKスペシャル「睡眠負債が危ない」「医療ビッグデータ」(テレビ番組)、「教養としての健康情報」(書籍)など。

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