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松井市長に提言書を送った久保校長を処分、「見せしめ」なのか

前屋毅フリージャーナリスト
(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

 松井一郎大阪市長に提言書を送ったことで、大阪市立木川南小学校の久保敬校長を大阪市教育委員会(市教委)は20日、文書訓告とした。久保校長の提言書に正面から向き合うことをせず、市長や市教委の方針に異を唱えたことに対する「見せしめ」のような処分は、これから波紋を広げることになるだろう。

|混乱を招いたのは松井市長の独断発言

 文書訓告の内容は、「他校の状況等を斟酌することなく、独自の意見に基づき、本市の学校現場全体でお粗末な状況が露呈し、混乱を極め、子どもの安心・安全が保障されない状況を作り出していると断じた」と批判しているらしい。この認識からして、おかしい。

 新型コロナウイルス(新型コロナ)の感染拡大を受けて今年4月23日に政府は、3回目となる緊急事態宣言を東京都、兵庫県、京都府とともに大阪府を対象に発出することを決めた。それを前にした19日、松井市長は記者会見で、緊急事態宣言が発出された場合には市立小中学校は休校とせず、原則としてオンライン授業を実施する考えを示し、大きく報じられた。

 突然の市長発言をマスコミ報道で初めて知ることになった学校現場は、大いに驚いた。いちばん驚いたのは市教育委員会(市教委)で、まったく寝耳に水で、それでも翌日から協議に入り、ようやく政府が緊急事態宣言発出を決める前日の22日になって、午前中は自宅でのオンライン授業などを経てから登校し、午後は帰宅してプリント学習するなど「独自」の方針を決めて各学校に通知した。

 こうした方針は、本来なら先に市教委が主体となって決めるべきものである。にもかかわらず市教委を無視して松井市長が独断で決めたわけだから、まず、市教委は市長に抗議すべきだった。しかし抗議することもせず、市長の意向に沿うべく、市教委は慌てて協議を始めたのだ。

|久保校長の提言は正論なのに処分されるのか

 市長の発言に沿える体制が整っているのなら、遅ればせながら協議することも意味があったのかもしれない。ただ、オンライン授業を市内の全小中学校で実施できる状況にはなかった。児童生徒に1人1台の端末配備がようやく実現したばかりで、それを使いこなすまでにはいたっていない。その前に、オンライン回線の容量不足のために、全小中学校が一度に回線を利用すればパンクする状態だった。とても全小中学校でオンライン授業を基本にできるような状態ではなかったのだ。

 それは、市教委もじゅうぶんに理解していた。そのため、オンライン授業ができる日時を地域ごとに割り当てる、回線がパンクしないような苦肉の策を編みだす。それにしても1地域で1週間に1時間程度の割当でしかないのだから、原則オンライン授業ができるわけがない。

 当然ながら学校現場は混乱した。そうした学校現場の苦しみを、提言書というかたちで久保校長は訴え、市長に学校現場への理解を訴えた。

 それに対して市教委は、先に引用したように「本市の学校現場全体でお粗末な状況が露呈し、混乱を極め、子どもの安心・安全が保証されない状況を作り出していると断じた」として処分したのだ。お粗末な状況で混乱を極め、子どもの安心・安全が保証されない状況がつくりだされたのは事実であり、久保校長が訴えたことは間違いではない。その状況をつくったのは松井市長であり、それに追随した市教委である。処分されるべきは松井市長であり、市教委だといえる。

 にもかかわらず、市長の責任を問うわけでもなく、自らが反省するわけでもなく、久保校長だけを市教委は処分した。「逆らう者は許さない」を絵に描いたような処分でしかない。大阪市民は、日本の教育関係者は、これを見過ごしていいものだろうか。

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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