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キラキラしている子どもたちの育ちを支えたい!

前屋毅フリージャーナリスト
真剣な表情で木を切ることに挑む自由な学び舎の7歳の子    提供:旅をする木

|途上国のキラキラした子どもたちに衝撃をうけた

「子どもたちがキラキラしていたんですよ。途上国と呼ばれる国ばかり約30カ国を1年かけて旅して、それが、いちばん印象に残りました」

 そう語ったのは、得田優さん。大阪で広告の仕事をしていた得田さんが、会社を辞めて途上国へ旅にでたのは、2010年のことだった。

「通勤途中に地下鉄などで見かける日本の小学生とは、まるで違っていました。顔の表情とか、ぜんぜん違うんです。途上国の子どもたちのほうが、ずっと生き生きしていました」

 途上国と日本とでは、経済的には日本のほうが「豊か」なはずである。しかし子どもたちの表情が「豊か」なのは、途上国のほうだという。得田さんが続ける。

「旅をしているときに考えたのは、途上国の子たちは『あれしなさい』とか『これしなさい』と指示されて生きているわけではないからかな、ということでした。自分の意志で、ちゃんと生きているからかな。もちろん、経済的にはたいへんな部分もあるので、辛そうにしている子もいます。疲れきっている子もいました。それでも、生き生きしている子どもが多い印象でした」

|その子が学びたいことではない

 帰国したら、子どもたちを相手にする仕事をしたいと、彼は決めていた。本来の子どもたちはキラキラしている。日本の子どもたちだってキラキラできる、と考えたからだ。そして得田さんは、山梨県で環境教育を学びながら、子どもたちに自然体験をしてもらう仕事に就いた。

「そこで、子どもたちに向かって説明しているときに、後ろのほうで、つまらなそうにしている子がいたんです。その子を見たとき、『自分が教えたいとおもっているだけの講義で、その子が学びたいこと、知りたいことじゃないんだな』って感じました。『これで、いいのか。子どもたちをキラキラさせられるのか』という疑問が、ずっと消えませんでした」

 そんなときに出会ったのが、自然のなかで子どもたちが自分なりの過ごし方、遊びをとおして育っていく場を提供する徳島県の自然スクール「TOEC」だった。

「直感的に惹かれるものがあって、すぐに行ってみました。そこでの子どもたちの生活を見て衝撃をうけました。子どもたちが生き生きと、それぞれが自分の時間をちゃんと過ごしている。かといって、我がままに振る舞っているわけではない。キラキラしていました。途上国で出会った、あの子どもたちと同じ表情でした。こんな場所を自分もやってみたい、とおもいました」

 奥さんを連れて行き、「こんな場所をやってみたい」と相談した。奥さんの返事は、「いいんじゃない」だったそうだ。

|保護者も我が子がキラキラしているのを望んでいる

 奥さんの実家のある鳥取県の倉吉市で、子どもたちがありのままで育っていける場づくりを目指す「自然がっこう旅をする木」を得田さんが起ち上げたのは、2015年4月のことだった。このとき在籍していたのは、2歳になったばかりの得田さんの長男と、ほかに2歳児がもうひとりの2人だけである。

「TOECで見学したのは小学生のクラスだったので、自分も小学生を対象にしたかったんです。でも、自分がやるなら『自分の子どもの成長に合わせてやるのが、いちばんいいかな』と考えました。だから、小学生ではなくて、2歳児くらいを対象にしたんです」

 場所は、自分たちが住むために借りた家の1階部分を改修して充てた。我が子はともかく、もうひとりの子を誘うのに、どういう説明を保護者にしたのだろうか。

「何て説明したのかな、あまり覚えていない。自然が近くにある環境で子どもがやりたいことをやり、それを大人がサポートしていく場所をつくっていきたい、みたいなことを話したのかな」

 必死で勧誘した、わけではない。それは、現在も変わりない。旅する木の生活をSNSなどで発信したり、機会があるときに話したりしているが、それに共感した子どもや保護者が集まってきているのだ。現在は3歳から就学前の子どもたちが対象で、旅をする木では「ようちえん」で、10人の子どもたちが在籍している。それには、保護者の決断が不可欠となる。旅をする木に、保護者たちは何を期待しているのだろうか。

「たぶん、シンプルに、その子がその子らしくあってほしいとおもって選んでいるんじゃないでしょうか。『うちに来れば身体が強くなりますよ』といったことをボクは言っていないし、それを特別に目指してもいない。子どもは親の思いどおりにはならないものだし、子どもは自分らしく伸びていく。それを見守るしか大人にはできないし、それで親もいっしょに成長できる。それでいい、と考えている気がします。ほんとに優しい子に育っていきますけどね」

 保護者も、我が子がキラキラしていることを望んでいるのだ。

|小学校をつくる

 旅をする木が小学校部門となる「自由な学び舎」を始めるのは、2019年だった。公立小学校のように認可された学校ではなく、無認可である。得田さんの長男が小学生になる年齢になったからだ。

「だからといって、自分の子どもに旅をする木を強制するつもりはありませんでした。『公立の小学校に行ってもいいんだよ』って言ってました。実際、公立小学校に見学にも行きました。そのうえで、本人が旅をする木を選んだんです」

 現在、旅をする木の自由な学び舎には4人の子どもたちが在籍している。どの子も旅をする木のようちえんに在籍していたが、得田さんの長男以外は、いったんは公立小学校に入学している。それから戻ってきたのだ。

「戻ってきた理由を詳しく訊いたわけではありませんけど、本が読みたいのに読書の時間がすごい短いとか、まわりがガヤガヤしていて落ち着かなかった、自分がやりたいとはおもわないことを強制的にやらされるのが嫌だとか、いろいろなことを話していましたね。この子たちは本も読めるし、漢字も書ける、テストでも点数はとれる。だから勉強が嫌とか、そういうことではない。友だちだって好きなんです。ただ一方的にやることを押し付けられることに、なんか違和感を感じたみたいです」

 自由な学び舎では、その日にやることが事前に決まっているわけではない。登校してきて、子どもたちが自分で決める。本を読んでいたい子はずっと読書しているし、ずっと工作に熱中している子もいれば、絵を描いている子もいる。みんんが、いっしょになって活動することもある。

 昼食時にはキッチンスタッフによって熱々の献立が用意されているが、全員がそろって食べるわけではない。昼食時間は決められているが、その時間なら、自分のペースで自分の好きな場所で、好きなものを食べればいい。

 ただ基本は、「やらされる」のではない。自分の意志で決めて、動いている。だから、キラキラしている。

|興味があれば子どもは勉強だってする

「ボクが『勉強なんかしなくていい』と言っているわけでもありませんよ」と、得田さん。勉強しても、いっこうに問題ない。公立小学校で使う教科書をコツコツと自分のペースでやっている子もいるという。子どもたち、それぞれが自分のペースで勉強にも取り組んでいる。

「遊びも勉強も同じ学びのラインにあるんです。お店ごっこをすると売り買いで計算をしなければならない場面もあるし、いっしょに遊ぼうとしたら、友だちを誘うためにコミュニケーションのとり方を工夫しなければいけない。いっしょに遊んでいると、自分の思いどおりにならないこともあるから、そのときに自分の感情をコントロールしたり、相手を説得したりしなきゃいけない。そういうときに、必要なことを学んでいる。必要だ、知りたいから学ぶんです。遊んでること、生きていること自体に、たくさんの学びがふくまれているんです」

 それでも、「遊び」が中心の生活で、中学に進学したときに授業についていけるのか、と心配したくもなってしまう。それに、得田さんは次のように答えた。

「そういう心配はない、とは言い切れません。もし、ついていけなかったとしても、うちの子たちはだいじょうぶ、とボクはおもっています。この子たちを毎日見ていておもうのは、勉強が嫌いなわけではなくて、いま知りたいことに必死に取り組んでいるということです。だから学校の勉強がやりたいことになれば、ちゃんと、やるはずです。知らないことを、どうやって調べて、実験してみて、自分の知識にするか、遊びのなかで子どもたちは身につけています。学校の勉強だって同じだから、自分が知りたいとおもえば、すぐ身につけてしまうと、ボクはおもっています」

 知識を詰め込まれるのではなく、学び方そのものを自分のものにしている。そうやって学んで身につけたものは、ほんとうに自分のものになっているにちがいない。だから、キラキラしている。

 旅をする木と一般的な学校のあいだには、明らかに違いがある。旅をする木のような考え方が、いまの日本の教育にも必要とされているのではないだろうか。得田さんに意見を訊いてみた。

「いまの公立の学校のスタイルが合っている子もいるとおもいます。そんな子が、無理やり旅をする木のスタイルに合わせる必要はない。大事なのは、その子にとって、どんなスタイルが最善なのかということです。それを、子どもたちが選べる環境になればいいな、とボクは考えているんです。旅をする木も、公立学校の選択肢のひとつとしてある、そうなったら面白くなるとおもいますよ」

 同じ枠にはめこもうとすると、窮屈に感じる子もいれば、はみだす子もでてくる。それでは、キラキラできない。子どもがキラキラしていられるためには、その子に合った場所が必要である。教育に必要とされているのは、どの子もキラキラしていらられるための多様な選択肢なのかもしれない。

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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