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35人学級に、学校現場は満足しているわけではない

前屋毅フリージャーナリスト
(写真:アフロ)

 小学校全学年の35人学級を実現するための国費を盛り込んだ2021年度予算が、3月2日の衆院本会議で可決された。いよいよ本格的に少人数学級への取り組みが動きだすことになる。しかし、それで終わりではない。

 新型コロナウイルス感染症(新型コロナ)の感染予防のために、少人数学級への要望が高まった。教室での密状態を避けるためだ。そして実に約40年ぶりに学級規模の引き下げが実施されることになった。その経緯から、少人数学級は新型コロナ対策だけのため、とおもわれがちである。もちろん、その目的もあるが、それ以外にも大きな目的があることを忘れてはならない。

 なぜ、少人数学級の実現が必要なのか。それを理解するには、現場の教員の声に耳を傾けるのがいちばんだ。『もっと!少人数学級』(旬報社)には、少人数学級を体験した教員たちの思いも綴られている。

 たとえば小学校教員の高橋公平さんは、「クラスの人数が少ないと授業中よく『喋る』と感じます。もちろん学習に無関係なおしゃべりではなく、授業の課題解決の場面や行事の縦割りの異学年交流などでも一人ひとりができることを進めようという想いがあると思います」と書く。

 そして、「教師と子ども、子どもたち同士のかかわりの『濃さ』が、子ども一人ひとりの主体性を伸ばしているのだと考えています。『主体的・対話的で深い学び』につながる子どもたちの姿ではないでしょうか」と続ける。

 佐藤光音さんは、中学の教員としてクラス全員が帰りの会で作文を読み合うという実践経験を書いている。その活動のなかで、「ともすれば落ちこぼれ」になりそうな子がクラスの人気者になっていく。

 作文をとおして、クラスの子たちが彼に対する理解を深めていった結果だそうだ。大勢のクラスだと、それは難しいかもしれない。佐藤さんは、次のように書いている。

「人数が半分になれば一人ひとりの声を聞く機会が倍になり、それぞれの個性を互いに理解する深さが深まります」

 少人数学級では人と人との物理的距離は離れるが、精神的距離は近づく。子どもたちの成長にとっては、はかりしれない「効果」をもたらす。

 もちろん、授業も充実する。佐藤さんは、「例えば、机間巡視。人数が少なければ一周回るのにかかる時間が大きく変わります」と書く。教員が子ども1人あたりに目を配れる時間が、クラスの人数が少なければ少ないほど多くなるというのだ。それは、学習効果にも大きく影響してくるだろう。

 いよいよスタートする35人学級で、こういうことが実現されていくのだろうか。あまり期待しすぎないほうがいいかもしれない。

 先の佐藤さんの話も、実は25人学級での経験なのだ。佐藤さんは33人学級での経験もあるが、「33人学級で同じように作文の読み合いをしてもここまでの深まりにはたどり着くことはできませんでした」と書く。

 約40年ぶりに引き下げられて35人学級になっても、まだまだ学級単位としては大きすぎるのだ。子どもたちが大きく成長し、学習効果も上げていくためにも、35人に留まらず、さらなる少人数学級の実現が必要なのだ。

 同書のなかで山﨑洋介さん(ゆとりある教育を求め全国の教育条件を調べる会)は、「約11万人の教員、国・地方合わせて約1兆円の追加予算」で20人学級が実現できると述べている。学級人数を毎年度1人ずつ引き下げていって15年間で20人学級を実現し、その間に教員養成と教室など施設の確保もすすめていく、と具体的な方策も提言している。

 35人学級がスタートするといっても、それがゴールではない。さらなる少人数学級を実現していかなければ、子どもたちのためにはならない。

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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